4,忘れないでね
蛍「翠扇お嬢様、今日もお疲れ様です! いまちょうど甘味を作っていたんですけど、おひとついかがですか? 蒸した乾飯を水飴で棒状にして、きなこと砂糖をまぶしたお菓子です。あっさりした甘さなので、いくつでもいけますよ! あっ、こら黒之助! 三毛子! お前らのじゃないってば!」
マンションまで帰宅して、頭が痛いという涼介にはソファを勧め、瑠唯自身はソファには座らず床に腰を落として、ソファに寄りかかりながら「巡る世界の五重奏」のプレイを再開した。
攻略対象者である弟系ムードメーカーキャラの蛍は、帝国妖魔対策部隊の詰め所では炊事部所属なので、詰め所の中を移動しているとかなりの高確率で遭遇できる。
難易度低めで、その気になればすぐにルートに入れるタイプの初心者に優しいキャラだ。(※ただし、恋愛イベントが始まると重度のヤンデレとなります。それが本性です(*´∀`*))
「は~……蛍くんが持っているのなんだろう、美味しそう。きなこもちみたいな感じ? そして黒猫と三毛猫を従えて出てくるなんて。なにこの既視感」
ぶつぶつと言っていると、涼介が背後で寝返りを打つ気配があった。
「ゲーム配信しているわけでもないんだから、プレイしながらそんなに喋らなくてもいいのに。蛍のすすめてくるそのお菓子は、前に食べたことがあるな。埼玉県のどこかの銘菓だと思う。美味しかった」
「いいねえ、実際にある和菓子なんだ。こういう和風ファンタジーって『当時はハイカラでした』みたいな感じでアイスクリンとかビスキュイとかカステーラが出てくるイメージなんだけど、素朴な和菓子もいいよね。食べてみたいなぁ」
瑠唯がお菓子への憧れを募らせて喋っている間に、涼介はスマホでさくっと検索してくれていた。「これ。そのうち買いに行こう」と画面を見せてくる。
あらためて「食べたい~!」と言ってから、瑠唯は不意に真顔になってしまった。
「涼介ってさ……。彼氏だったら、すごく理想的なタイプじゃない? なんでもすぐ調べてくれるし『買いに行こう』って、相手の希望に合う形で次の予定も立ててくれるし。『俺は興味無い』『ひとりで行けよ』とか絶対言わないその感じ、大層おモテになるのでは」
ん~、とソファの上で仰向けになり、涼介は天井を見て「俺、モテるかな?」と呟く。即座に否定しないところに、謎の余裕を感じた。
「さっきだって、ナチュラルに立野くんにフラグ立てていたよね。妹としてぞくぞくしちゃった。絶対に私よりも才能がある……。言うならばそう、乙女ゲームが上手い」
「ゲーム?」
ぴんとこない顔で聞き返されたが、瑠唯はうんうんと腕を組んで頷いた。
「攻略サイトに頼らなくても、エンディング直前で、あとはもう誰を選んでもオッケーくらいに全員のフラグ立てたデータ作れそう。そんなのもう、涼介が翠扇だよ……っ」
ああ、うん? と涼介は不思議そうに首をひねりつつ、ソファの上で体を起こした。
「「巡る世界の五重奏」に関しては、もう結構攻略サイト読んじゃったんだよな。書いていないこともあるし、前世の知識とは少し食い違うところもあるけど、概ね一致する。俺は彩花だし、翠扇は瑠唯なんだけど……」
そう言いながら手を伸ばしてきたので、瑠唯は「これが欲しいのかな?」と思いながらコントローラーを手渡した。
受け取った涼介は、止まっていた画面を確認し、まずは蛍に対して「1,うわー、ありがとう! 大切に食べるね! うふふ、ネコチャンたちにはあげないよ!」という可愛いセリフを迷わず選択してから会話を進め、遭遇イベントを終わらせる。
「詰め所の中も、懐かしいなぁ。俺は翠扇が現れてから日陰者になって、一軍には入れてもらえなくなったけど、結界能力者として二軍以下とはいえ普通に働いていたんだ。日陰者落ちが悔しくて、自分に話しかけてくる相手にはもれなくツンツン接していたから、妖魔対策部隊内での人気はなかったと思う。それでいつの間にか周りからひとがいなくなって、みんな翠扇の男になっていた」
くうっと瑠唯は拳を握りしめ、思わず力説した。
「乙女ゲーのヒロインって、やっぱりやばいね! 彩花視点からすると、かなりいけすかない女だ! いきなり『選ばれし者』として現れて、それまで彩花とその母親が手にしていた本家当主の役割を全部かっさらっていき、なおかつ極上の男性たちを『どーれーにしよーうかな!』って独り占めするわけでしょ? やばい……。彩花が闇落ちして悪役令嬢になっても仕方ない」
「そうだな。闇落ちはしたけど、翠扇が欲望に負けて男と交わり力を失えば、また自分の時代が来ると信じていたから、せっせとトラップを仕掛けていたな。そのくせ、強くて天真爛漫な翠扇への憧れも捨てきれず、最後には翠扇の身代わりとなってラスボスにとらわれて……くっ」
何か辛いことを思い出したらしい涼介が、苦しげな息を漏らす。
情緒を乱されまくっていた瑠唯も、雰囲気に流されて「彩花―!」と叫んだ。マンションなので、そこはご近所を意識して控えめにしておいたが。
ひといきついたところで、涼介が瑠唯に顔を向けてきた。
「騒いだら喉乾いた。何か飲んでいい?」
「うん。立たなくていいよ。キッチンの物の位置は昔と変わっているから、私がお茶かコーヒーいれる。どっちがいい?」
「コーヒーで」
オッケー、と答えて瑠唯は立ち上がる。コントローラーを持ったままの涼介が「シナリオは進めないから、詰め所の中歩き回っていいかな?」と聞いてきた。
「いいよー。涼介にとっては懐かしの世界なんだもんね。でも、やりすぎて頭が痛くならない程度に、気を付けてね!」
「うん。そうなんだけど、記憶が蘇ったいまの状態がいつまで続くかわからないから、少しでも情報を得ておきたい……。寝て起きたら、全部忘れているかもしれないだろ」
キッチンに立った瑠唯が、電気ポットに水を注いで電源を入れていたら、涼介が独り言のようにそう言った。
ちらっと見ると、寂しげな横顔をしている。
「忘れないよっ。私にとっての涼介は大切な彩花お義姉さんだよっ」
「お兄さんだよっ」
すかさず言い返してきた涼介だが、画面に目を戻すと真剣な顔になり「このエリア、翠扇は衛兵に止められないで入れるんだ。彩花はだめだったけど、翠扇は一軍のエースだから許可証の範囲が広いのか?」と言いながら詰め所の中のとあるエリアへと進んで行った。
その次の瞬間、まるでブレーカーが落ちたようにばちんとすべての電源が落ちて、部屋の中が暗闇に包まれた。
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※「五家宝」美味しい!!