3,そのルートは危険な予感が……する!
“蛍” CV三海慎也
帝国妖魔対策部隊 朱雀班所属(五行属性・火)
平時は炊事部に所属しており、美味しいものを作ることと食べることが大好き。特に甘味に目がない。
弟キャラ的ムードメーカーで、明るい性格。いつも仲間内での諍いを止める役割で、主人公に対しても礼儀正しい。
好感度が上がり固定ルートに入ると、ひとが変わる。ヤンデレ化し、主人公への執着をあらわにする。重い束縛系彼が好きな方にオススメ(*´∀`*)
「あ、無いです。これは無いですね」
一通り読んでから、瑠唯は正直に言って料理注文タブレットに視線を戻した。
ふーん、とつまらなそうに相槌を打ちつつ、涼介は画面を眺めてスクロールし、情報を読み込んでいるようだった。
その様子をちらっ、ちらっと見ながら瑠唯は小エビのサラダと海鮮ドリアとチョリソー&ポテトとドリンクバーを入力する。「選んだよ」と言いながら涼介にタブレットを渡して、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「涼介が前世で私をいじめていた意地悪令嬢の義姉彩花だったとして……、攻略対象者らしきひともこの世界にいるとする。……私は?」
タブレットを受け取り、悩む様子もなく入力しつつ、涼介は顔も上げぬまま答えた。
「もちろん翠扇だよ」
「あー」
言葉が出てこない。
どう言えば良いかわからず、涼介が注文を確定してタブレットを戻したのを見て、ドリンクバーに向かった。グラスに氷をがしゃがしゃと入れ、コーラをざぶざぶと注いで戻り、ひといきに飲み干してからようやく続きを口にした。
「乙女ゲームのヒロイン転生って、だいたい悪役だよね!?」
「えっ? なに?」
突然テンションをぶち上げて質問を繰り出した瑠唯に対して、涼介はきょとんとした顔をする。そのくせ「俺も飲み物持ってくるから」と言って変なタイミングで席を立つ遠慮の無さが、兄妹らしい。
黒いが泡立っていない、つまりアイスコーヒーらしき飲み物にストローを刺して戻ってきて、喉を潤してから何もなかったように「何?」ともう一度聞いてきた。
「だから、だいたい『悪役令嬢』に転生した方が正ヒロインで、本来のゲームや小説内における正ヒロインは当て馬になるわけですよ! 涼介、そのへんわかる? 悪役令嬢ものは履修している?」
「ああ……、コミックアプリで一巻無料でサジェストされたときにたまに読むけど……。そうだな。普通は現世から物語の中に転生して、自分がヒロインをいじめる悪役令嬢だと気づいて『このままだと断罪されて、破滅する! どうにか回避したい!』から始まるよな」
「そう。つまり、物語の知識を下敷きにした世界観において、悪役令嬢こそまともなヒロインであり、本来の正ヒロインは『攻略対象者たくさんで目移りしちゃう。はー、ハーレム良きかな良きかな』って男漁りをする変な女になるわけ! 変な……女に……どうして。乙女ゲームが好きなだけなのに。そこがゲームの世界だって気づいたらなるべく最後の分岐までは全キャラ効率よく攻略して好感度上げたくなるなんて、プレイヤーならふつうに考えることだよっ。よほど推しが限定されてない限りやっちゃうよっ」
ううっ、と泣き真似をした瑠唯を、涼介はぼんやりと見ていた。
やがて、瑠唯がそれ以上話さないということは自分のターンと了解したのか、口を開く。
「わかる。乙女ゲームには複数エンドはないのかもしれないけど、ギャルゲーだと最後は一人だとしても、それまでの過程で複数と関係を持つことができるのもあるから。たまに難しい攻略キャラがいて『エロシーンのスチルは最後のみ。他のキャラと一度でも関係を持った場合は、どれだけ好感度を上げてもエンディングが見られない』とかあるけど。こうなるとそのキャラを絶対落とすと決めたセーブデータ以外は、できるだけたくさんのキャラを同時進行で好感度上げていくよな」
「詳しいね」
すうっと涼介は目を逸らした。
兄妹であまり生々しい話をしたいわけでもないので、瑠唯もそれ以上は特に言及せずに「とにかく」と話を切り替えた。
「この世界では、涼介が悪役令嬢からの正ヒロインってことはない?」
「無い。なんだ正ヒロインって。前世は断罪エンドじゃなくて身代わりでさらわれからの妖魔食われエンドだから、妖魔が存在しない現世では気にしても仕方ない。だいたい、俺が現世で男の時点でBLにしかならないだろう。攻略対象者たちが女性で転生しているなら別だけど、さっきの立野くんっていうキャラは蛍だった」
「いや、立野くんはキャラじゃなくて立野蛍っていう名前の大学生で、キャラなのは『巡る世界の五重奏』の中での蛍で……。私が翠扇? でも立野くんは攻略したくない」
頭を抱えつつも、譲れない一線について、思わず口にしてしまった。
(だって立野くんだよ? 中学、高校と一緒で別に仲が良くも悪くなく、たまに同じ委員になったりして、家が近いから一緒に帰ったりすることもあったけど……。たしかに彼は礼儀正しいムードメーカーだった、そういえば。爽やかでクセがないから、印象にも残りづらくて)
本人にもその自覚があるのか「俺って、いつも『立野くんっていい人だよね!』って言われるんだよね。それ以外無いんだろうな」なんて言っていたはずだ。そのときは「お、なんだそれは自慢ですか?」と思い、話題として食いついたりもしなかった。
もしかして、本人には切実な悩みだったのかもしれないが。
あのときの「俺って『いい人』って言われるだけ」発言には何か意味があったんだろうか? たしか林間学校で二人で荷運びをしていたときの会話だけど……と思い出す瑠唯の前で、涼介はふたたびスマホの画面を開き、ぼそぼそと言った。
「このゲーム、他の攻略対象者も表の顔と裏の顔みたいなキャラクター紹介ばっかりだな。『出会ったときは女好きのドクズに見えたが実は一途』とか『冷酷で表情が無く翠扇とも口をきかないほどにお高く止まっているが、とあるイベント以降は独占欲丸出しで迫ってくる』とか……はいはい、たしかにあいつはそういう感じだった」
何やら前世の記憶と照合しながら、納得した様子で頷いている。
「ああっ、もう最悪のネタバレを踏み続けている気分だけど、私はどれかな~。う~ん……ドクズからの一途はドクズ時代で疲弊しそうだし、冷酷からの独占欲は今さら何? こっちは冷めきってますけど勝手に盛り上がらないでくれます? って思っちゃいそうだし……ゲームならいいけど現実はなぁああ!」
悶えている瑠唯をよそに、涼介はさっと立ち上がり、少し離れたテーブルで片付けをしていた蛍の元まで歩いて行った。
かがみこみ、テーブル横の通路に落ちていたフォークを拾い上げて、渡している。
「落ちたのが見えた」
「ありがとう、ございます。わざわざすみません」
「べつに」
用事は終わったとばかりに、涼介はさっと引き返してきた。蛍が、その背を目で追いかけているのが、瑠唯の位置からでも確認できた。
戻ってきてから、ペーパータオルで指を軽く拭いている涼介を見て、瑠唯は黙っていられずにこそっと告げる。
「好感度上げてどうするつもりですかね! ヤンデレ蛍ルートですか?」
「ふつうに、落としたものに気づいていない店員さんを見たら、声かけない? 好感度が上がるようなことは何もしていない」
なんでもないことのように涼介は言い、ネコ型配膳ロボットが料理を運んできたのを機に、ひとまず食事をすることにした。
その間「やっぱり、一気に思い出そうとすると頭が痛いから待って。このゲームの制作者のこととかも気になっているんだけど、調べるの追々で」と涼介が言うので、瑠唯もわかったと即答する。
攻略対象者であるところの蛍とは、その後特に会話する機会もなかったが、レジに立ったのが蛍だった。
満面の笑顔で「ありがとうございました!」と言ってくる。
「自分の店じゃないから、デザート増やしたりとかのサービスはできないんだけど、また来てね。生き別れのお兄さんも。これは俺からお土産。生き別れたときの目印に、二人でお揃いでどうぞ」
そう言いながら、売店コーナーで買ったとおぼしき猫のキーホルダーを瑠唯に渡してきた。黒猫と三毛猫だ。
横からのぞきこんできた涼介が「俺、黒猫にする」と遠慮なく受け取り、蛍に向かって笑いかけた。
「ありがとう。大切にする」
「……はい」
ぽーっとした蛍の顔を見て、瑠唯は「これはいけない」と危機感を強めた。
(蛍ルートには入りたくない! でもこのまま立野くんが涼介に惚れてしまうのも、涼介にはいっさいその気がないだけに不毛! ここは阻止しなければ!)
勢いで「お兄ちゃんは私が守らねば!」という決意を固める瑠唯であった。
断じてブラコンではない。
これは蛍ヤンデレ化防止の意味合いもあるので、本人のためでもある。そんな性癖の扉をこじ開けず、彼にはぜひ「いい人」のままでいて欲しい。
「ありがとう! また来るね!」
三毛猫のキーホルダーを手にして、瑠唯も精一杯の笑みを向けたのだった。
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