21,したたかな誘いは続く
「私の推しは、麒麟の陸人さんだったんですよ……ほら……現実でも素敵な感じだったし。現実のほうがクズ感もなくて、むしろ乙女ゲーより素敵というミラクル」
ぼそぼそと、瑠唯は当たり障りのない話題を口にした。
夜、場所は宮橋邸である。
全員が少しずつ知っていた諸々の情報をすり合わせた結果、水島渚が「遠慮なく検挙してきます」と出て行き、双子の母である千賀子も笑顔のままこめかみに青筋を立てて「加勢するわ」と同行を申し出て、食えない男である北沢真澄も「リヒテナのギャングの手の内には詳しいですよ」と爽やかに言って先の二人とともに出て行った。
瑠唯と涼介は、リヒテナから来日したギャングが捕まるまで、少なくとも土日は宮橋邸から出ないようにと留め置かれた。
食事は、何かと申し訳無さそうな顔で説明をする父の伊佐美と一緒であったが、伊佐美はまだ仕事があると食後慌ただしく去り、兄妹は用意された一室でのんびりと過ごすこととなった。
部屋を余している屋敷で、兄妹同室である必要はなかったのだが、奇しくも母親の千賀子と同じように、笑顔のままこめかみに青筋を立てっぱなしの涼介が別室を承服しなかったのである。曰く、「この家の中には、クレイラ殿下も柊さんもいるんだ。護衛が出払っているいま、瑠唯の身を守るのは俺しかいないだろう」と。
「陸人さんは、あのお医者さんだよね。わかる、すごく感じが良かった。ああいうひとなら俺も賛成だ」
瑠唯のもちかけた雑談に対し、涼介がどことなく冷えた声でコメントをする。顔は笑顔なのに、目が全然笑っていない。
それもこれも、墓所での出会い頭の瑠唯の発言が尾を引いているのは、瑠唯としても重々承知している。
誤解は解けた――少なくとも、瑠唯が涼介をも誤認させようと試みてした発言が嘘であることは、この時点で涼介に説明済みだ。
何しろ墓所で柊と乱闘になりかけたので、取り返しのつかない事態になる前にとすぐに明かすことになったのである。
結局、リヒテナのクレイラに対しても、浅はかな嘘はつかなかった。ただ、瑠唯としては「リヒテナに行く気は無い」と自分の考えを伝え、クレイラにも「わかったよ」と快諾されている。
(だけど……クレイラ殿下は、涼介に並々ならぬ執着をしている気配が……。私には夜這いしないとしても、涼介が心配。同室で良かった)
話題としては避けているが、涼介自身、前世自分を食った相手がこの世界にもいることに気づいたはずだ。クレイラは危険なのだ。
避けているといえば、瑠唯は結局「前世の自分が誰を選んだか」を、涼介に聞けないままでいる。知らなくても困らないしと、自分に言い聞かせてやり過ごすこととした。
話は途切れがちで、瑠唯はごろんと布団に転がり、天井の電灯を眺めながら涼介へと声をかけた。
「私はまだ『巡る世界の五重奏』をほとんどプレイしてないからわからないけど、これってゲーム中の何かのイベントとリンクしているのかな?」
借り物の浴衣を身に着けた涼介もまた、隣の布団に寝そべり「そうだなぁ」と言う。
「俺はゲームをプレイしていなくて、前世の記憶と攻略サイトの知識しかないけど」
「前世の記憶のインパクトが強すぎる。あ、ごめん話の腰を折って。どうぞどうぞ」
思ったままのことを口にしてしまってから、瑠唯は先を促した。涼介は「うん」と笑いながら寝返りを打つ。
視線を感じて瑠唯も寝返りを打つと、向き合う姿勢となった。
「クレイラ殿下が……ラスボスかどうかは置いておくとして。『地下墓所の妖魔』は、記憶にある。攻略サイトでも結構序盤のイベントとしてあった」
「……序盤のイベント? 序盤? へ、へえ……。てっきり、ラスボスが出てきたからもうゲーム終了間際なのかと。そろそろ、私と涼介のバックにエンドロールが出ているのかな? なんて。そ、それが序盤……」
変な汗が出てきた。
(たしかに、この世界における攻略対象者とは出会ったばかりだし、好感度はまだ上がっていないと思うけど……! そもそも現実では彼らと結ばれる展開なんて考えられなくて!)
ひたすらに焦る瑠唯の脳裏を過ったのは、「嫁にする」「情婦になれ」「婚姻相当のことを」と、目もくらむような美貌で口説き文句らしきものを口にしていた柊の姿である。本人も照れていたが、言うことはだいたい全部言っていた。あわや年齢制限展開に持ち込まれるのかと、瑠唯がドン引きするほどに。
瑠唯の中での柊は、よほど時間が余ったときに攻略しようとしか思わなかったキャラクターだ(ちなみに、最後まで攻略しないだろうと目していた相手は蛍だが、生身の人間として全員と出会った現在は、真澄も攻略したくないキャラとなっている。どうにも裏の有りそうなお兄さんは怖すぎる)。
それが、いまとなっては……。
「……いやいや、無い無い。現実ベースで考えれば、あのひとは一番無い」
「誰?」
瑠唯の独り言は、真顔の涼介に聞きつけられる。ひやっとする視線を向けられて、瑠唯は「なんでもありません!」と無理やり話を終えた。
涼介は深追いすることなく、淡々と話し続ける。
「地下墓所の妖魔イベントは、次のイベントの序章って感じ。墓所の中から見つかるものが問題で……。俺が気にかかっているのは、この世界ではまだ、墓所の本格的な探索が行われていないことなんだよな。理由としては、いくら柊さんに毒耐性があるとしても、宮橋家の次期当主を闇雲に危険にさらせないからじゃないかと」
「なるほどねー! だから毒耐性の研究を進めていたんだよね」
「そう。少なくとも、毒耐性の人間があと何人か見つからない限り、探索はできないという判断だと思う……まあその、ここに二人いるわけなんだけど。探索できる耐性の持ち主が」
涼介がもっとも重要な結論にたどりついたところで口を閉ざし、二人の間には重い沈黙が横たわった。
それを破ったのは、床の間の掛け軸をまくりあげて現れた柊である。
「おいそこの二人! 二人とも毒耐性がしっかりあるのはわかったところで、今から墓所行くぞ!」
ある意味では予期できた誘いを受けて、瑠唯はがばっと身を起こすと、力強く言い返した。
「嫌ですよ! お墓ですよ!? 肝試しですか!?」
「いいな、肝試し。そういう遊びには縁がなかったから、やってみたい」
なぜか柊は目を輝かせてそんなことを言う。
隣の布団では渋々といった様子で、涼介が身を起こしていた。
「これをやらないと、次のイベント始まらないからなぁ」
不穏な独り言であった。
もはや覚悟を決めた様子の涼介が柊の誘いを断らないことを予感しつつ、瑠唯はなおも柊に向かって叫ぶ。
「そういう、画面から出てくるような登場はやめてください。ちゃんと普通にドアから来てくださいよ、あなたはゲームじゃなくて生身の人間なんだから!」
柊は「わかった」と言って部屋を横切り、ふすまを模したドアに手をかけて振り返ると、瑠唯をまっすぐに見て言った。
「誘うところからやり直す。俺はお前の要求に応えるんだ、お前も肝試しに付き合う。そういうことだよな?」
このしたたかな誘いを断るのは、難しい。
瑠唯は、次なるイベントが始まってしまうことを、いよいよ覚悟するのだった。
※最後までお読みいただきありがとうございました!
完結必須コンテスト参加中のため、区切りの良いところで完結とします。
続きを書きたい気持ちがありつつ、「巡る世界の五重奏」も異世界恋愛作品として書いてみたい気もします(*´∀`*)
期間中の応援、感想などまことにありがとうございました!
完結読みの方もお楽しみいただけましたら幸いです!