20,突然の年齢制限展開……!?
「お前はここで死ね! つべこべ言わずに毒を吸って死ね!!」
瑠唯を墓所へと連れ出した柊が、その場にあったランタンにライターで火を灯してから、とんでもないことを言い出した。
「こ、ここが、妖魔クラスの猛毒が立ち込めている墓所ですか? その猛毒、防毒マスクとか文明の利器では防げない感じです?」
柊の迫力に気圧されつつも、瑠唯は毒の影響を知るべく自分の頬や腕をぺたぺたと触ってみる。
(特に何か起きている感じはしないんだけど……、死ねって言われた……。言われたよね?)
瑠唯は、目の前に傲然と立ちはだかる、迫力美人の柊の様子をうかがう。
まだまだ全然言い足りない様子の柊は、ふんっと鼻を鳴らしつつ、ランタンで瑠唯を照らし出してじっくりと観察してきた。
「守谷医師の子どもは、兄妹揃って毒耐性があるって話は、本当らしいな。まかり間違えてここで死んだら、葬式くらいは出してやろうかと思っていたんだが」
「葬式……優しさ? ありがとうございます??」
混乱しつつ、瑠唯はひとまずお礼を口にする。納得はしていないものの、気遣いは感じた。
柊は、つまらなさそうにランタンを下ろして、ぶつぶつと独り言のように言い始めた。
「妖魔の正体が毒らしいと判明して以降、防毒マスクはもちろん試しているけど、使い方が悪かったのか貫通したのか知らないが、結局死んだ。さすがにこの現代日本で何人も捨て駒にするほど非人道的なことが普通にまかり通るわけじゃないから、毒耐性の解明には俺の人体実験が優先された」
「人体実験って人道的なんですか……?」
瑠唯をじろりと睨んできてから、柊は息を吐き出す。
「宮橋家の人間として、ここでバタバタひとが死なれるよりはそっちのほうがよほどいい。というのは、子どもの頃から俺も納得している」
「お利口さんですね」
言ってしまってから、陸人から少しだけ聞いていた柊の過去を思い出す。ほんのいたずらか好奇心でこの墓所に近づき、迎えに来た大人たちがバタバタと死んでいくのを目撃したという話を。
柊は、その痛ましい話にふれることなく、ただ嫌そうな顔で瑠唯を見て「お利口さんってなんだよ。なんだかすごくムカつく。その口を縫いたい」と物騒なことを呟いただけだった。
(こうして見ると、柊さんはこの現実世界では一番「巡る世界の五重奏」の柊に似ている気がする……。リアル乙女ゲーイケメン、まぶしい。暗がりでも眩しい。ツンデレなんて面倒くさそうで攻略しようとは思わなかったけど、また呑気にゲームをプレイできる日がきたら、最後から二番目くらいに攻略してもいいかなぁ……)
思いっきり呑気なことを考えている瑠唯の前で、柊は特大のため息をついて言った。
「本当は、ここで死んだことにして『双子の妹には毒耐性がなくて、墓所の毒であっさり死んだ』ってことにしてリヒテナの連中を煙に巻くつもりだったんだが……。お前、そういう工作できなさそうな顔してる。よし、仕方ない。次善の策として、お前を俺の嫁にする」
「すごく不本意そうにプロポーズしましたか!?」
反射神経だけで瑠唯が言葉を拾って打ち返すと、柊はむっとした顔で口を開く。
「そんな上等なものじゃない。単に、一国の妃にしづらいように俺の情婦になっておけと言った。じゃないとお前、リヒテナの抗争にもろに巻き込まれるぞ……もう巻き込まれている」
瑠唯は息を詰めて真剣に聞いていたが、柊の声はだんだんと小さくなって聞こえなくなってしまった。顔が赤い。おそらく「情婦」などといった普段の彼は口にしないような言葉を選んだことで、勝手にひとりで照れているのだろうと瑠唯は察した。
「リヒテナって、お父さんと涼介が行っていた国だと思うんですけど、どうして私がそこの妃に選ばれるんですか? どちらかというと、向こうに顔見知りがいる涼介の方がその可能性ありませんか?」
「お前の兄貴は女なのか?」
さらっと聞き返されて、瑠唯はハッと目を見開く。
(待って、待って待って。これ「巡る世界の五重奏」関連で聞いた話題だ……! たしか涼介の前世の彩花は、一周目では翠扇の身代わりになってラスボスに食われたとか……! 本人ちょっと濁していたけど「女装男子でも関係ないって、バリバリむしゃむしゃされた」ようなこと言ってたの、私はしっかり聞いてる……!)
え~どうしよう、そこが現実とつながるのかぁと悶えつつも、瑠唯は自分の勘違いの可能性を潰すために、柊にしっかりと確認をした。
「もしかして、柊さんは双子ですか? 生き別れの兄弟がどこかにいます?」
今度は、柊がハッと息を呑んで目を見開いた。ややして「ククク……」と低い笑い声を立てた。
「そっか、何も知らないような顔をしているからこちらも敢えて言わなかったが、お前はかなりの情報通なんだな……全部見透かしたようなことを言う」
その全部がどの全部かわからないなりに、瑠唯もしみじみとしながら「やっぱり」と呟く。
すぐに、そんな場合ではないと思い直した。
「今頃涼介はラスボスにバリバリ食べられているんでしょうか! ううっ……私の大切なお兄ちゃんを返してくださいよう! 今生まで生贄食われエンドなんてやってらんないですよ!」
瑠唯と涼介は長らく疎遠になっていたこともあり、遠慮がちに付き合ってはいたが、兄妹としての情はしっかりあるのだとこのとき痛感した。
柊の着物の袖を掴み、ぶんぶん振り回しながら詰め寄る。
「涼介を助けに行きましょう!! 柊さんはすごい美形で、御兄弟も美形なのだと思いますけど、嫌がる兄を食べるのはやめてください!!」
ほとんど動転したように瑠唯が叫んだところで、柊にがしっと両方の腕を掴まれた。面と向かって顔をのぞきこまれて「落ち着け!」と一喝される。
硬直した瑠唯に、柊は切々と言った。
「兄貴を信じろ。だいたい、屋敷の中には水島とかお前の母親もいるわけだし、滅多なことにはならないはずだ。だけど、お前はまだ戻せない。ここで処女を散らして、お、俺の女になったってリヒテナの奴らの前で宣言しろ! じゃないと命が」
危ない、と言おうとしているのはわかったが、どうしても聞き捨てならないものがあり、瑠唯は「待って!!」と制止してしまう。まるで辱めを受けているかのように、顔を赤らめてどもりながら言った柊に、尋ねずにはいられなかった。
「いきなり十八禁エロゲ要素ぶっこんでこないでください! というか『俺が今からお前の処女を散らしてやる』みたいなこと言ってますけど、柊さんは私が処女っていつどうやって確認したんですか?」
「……え……?」
柊の麗しい顔が、凍りつく。まったく予想していないことを言われたとでもいうように。
そこまでの反応を予想していなかった瑠唯は、とっさに「わー!!」と叫んだ。
「処女ですよ!? ですけど!! そんなのわかんないじゃないですか、顔に書いているわけでもないし!! だから、今から柊さんと私がここで何をどうしようが、そんなのよほど証拠を出さない限り誰にもよくわかんないんですってば!!」
「証拠……」
生真面目な表情で呟かれて、瑠唯は耐えきれずに「もー!!」と柊の手を振り払い、手のひらで胸をどついた。
多少手加減はしたものの、細身に見えていた柊の胸に、思った以上にしっかりとした筋肉の厚みを感じて、瑠唯は内心驚き素早く手を引っ込める。
しかし、その驚きをおくびにも出さぬようにして、まくしたてた。
「証拠捏造しようとか考えなくていいですから!! しゃ、写真撮ろうにも私はスマホも持ってませんし、だいたい写真なんか許しませんし。だからその、私が柊さんと何かしらしたと宣言する必要があるなら、宣言だけでいいじゃないですかって言ってるんです!!」
「ま、まあ、言われてみればそうだな。必要なのは宣言する覚悟だけで、実際の行為は飛ばすか」
明らかにほっとした様子で、柊が微笑を浮かべた。
「なんですかその……、俺も本意じゃなかったから助かったーみたいな顔」
瑠唯が思わずその表情にアテレコをすると、柊はさらに笑みを深めて答える。
「心を読めるのか? まったくもってその通りだ。いやあ、誰にも邪魔されない場所でお前と婚姻相当の行為をする必要があると考えていたけど、免れる方法があるならそれで」
それで、と朗らかに言われた瑠唯は、頬をひくひくとしながら言い返した。
「そりゃ猛毒が立ち込める古代の墓所なら誰も邪魔しに来ないとは思いますけど、ここで婚姻相当の行為を始めたらお墓に眠っているひとびっくりですよ。祟られるだけじゃすまないですよ」
話の流れから、瑠唯は一応自分の身になんらかの危険が迫っていて、柊はその回避のために「それしかない」と思い詰めていたというのはわかった。
しかし、瑠唯としては許せるものではない。
(乙女の純潔をなんだと思っているんですかね、この美人さんは……)
黙っていれば、とんでもない二・五次元の美貌の青年を前に、瑠唯は呆れたまなざしを注ぐ。
そのとき、遠くから「瑠唯ーー!!」と叫ぶ涼介の声が聞こえてきた。
あ、無事なんだ、リヒテナのラスボスにバリバリむしゃむしゃされてないんだ、と瑠唯は顔をほころばせ、呼びかけに応えるべく叫ぶ。
「涼介ーー!!」
呼んでから、「あ、毒は」と我に返って口走ったが、隣に立つ柊が「ここまで無事に来れたなら大丈夫」と、落ち着きを取り戻した声で説明してくれる。
瑠唯がほっとしたところで、暗がりから涼介が走り込んできた。
ちらっと柊の姿を確認してから、瑠唯へと視線を向けて勢い込んで尋ねてきた。
「無事か? 何もされてないか?」
答えようとして、瑠唯は一度口をつぐむ。
(離れ離れの間に、涼介が誰から何を聞いているかはわからないけど、演技はここから始めておいた方がいい? うん。練習もかねて、まずは涼介に事実を誤認させるところから……!)
決意を胸に、瑠唯はきっぱりはっきりとした声で答えた。
「柊さんに処女を散らされたけど、それ以外は特に何もなく、無事だよ!」