2,攻略対象者あらわる
瑠唯としては、涼介に話の続きを聞きたかったが「一気に思い出していま頭が割れそうだから、休憩したい」と言われたので、前世トークは一時中断となった。
そのまま晩ごはんはどうしようと話し合っているうちに、ファミレスへ行こうと意見が一致する。
日が伸びてきて、梅雨入りが間近となった季節。薄明の中、街灯はあるものの人通りの少ない住宅街の細道を歩きながら、涼介は周囲を見回して呟いた。
「懐かしい。俺のいまの住所は二駅向こうだけど、わざわざこのへん歩き回ることなかったからさ。あんまり、変わっていないように見える」
「一戸建ては、壊したり建て直したりしているのは滅多に見ないから、景色はあんまり変わらないね。うちのマンションはしっかり老朽化しているよ。いずれはどこかへ引っ越すんだろうなと覚悟している」
「なるほど。そうすると、俺にはもう帰ってくる実家はなくなるわけか。今日来ておいて良かった」
さらっと言われて、瑠唯は「涼介にとってうちは実家なんだ」と遅まきながら気づいた。
共同生活を送る意味での家族は十年前に一度解散しているが、父は瑠唯にとって父であるし、涼介は双子の兄だ。
それは涼介にとっても同じで、母は母であり、瑠唯は妹で、昔暮らしていた家は実家なのだ。
「『俺の部屋どうなってる?』って涼介言わないし、見に行かなかったから話題にしなかったけどわりとそのまんまだよ。ベッドもあるし。今日、泊まってくんだよね?」
「そうだな。ついでに、夜勤明けの母さんにも会ってから帰るよ。俺が『忙しいなら急いで会わなくていい』って言ったのが『べつに会いたくない』って伝わったって聞いてちょっとびっくりしているから」
今日になって、何気なく二人で話したときに発覚した事実である。涼介は別れた家族と会うつもりはあったのだが、どうも伝言ゲームでミスが発生していたらしい。
「そのへんの伝わらなさが、いかにもお父さんだよね。そりゃ離婚するよ、うちの両親。普通に話せばわかるはずのことが、変にこじれて感情的になるんだもん。お母さんは、平気そうな顔していたけど、明らかに感情的になってたよ。涼介に会いたくないって言われていると思って、拗ねてた」
あはは、と涼介は力なく笑った。どことなく諦めの滲んだ態度だ。
瑠唯はその横顔を、ちらっと見上げる。
(十年見ない間に、すっかりイケメンさんになって。でも全然ドキドキしないのが、さすが双子の兄って感じ。ブラコンなんて、感覚的に全然わからない)
この先、涼介に彼女ができたら「仲良くなれるかどうか」は気にするかもしれないが「彼にふさわしいかどうか、妹として見極める!」などと考えることはないだろうなと思う。
そこで、ハッと気づいて尋ねた。
「涼介、いま彼女いる?」
「いない」
「良かった。誤解されても困るから。ええと、いま私と涼介って苗字が違うし、大学では学部も違って共通の友人が多いわけでもなく、聞かれてもいないタイミングで声を大にして『双子です』って言っているわけでもないから、はたから見るとその……」
ああ……と、涼介も言わんとしていることに気づいたようで、頷いた。
「連休明けくらいから、いつの間にか付き合い出した二人に見えると。う~ん、微妙だな。俺は『農学部の佐藤瑠唯さんって知り合い?』って聞いてきたひとには、全員『生き別れの双子』って答えているよ。なぜか、いまいち信じてもらえないけど」
「表現が悪い……。冗談にしか聞こえないよ」
本当のことなのだが、相手はからかわれたとしか思わないだろう。
一方の瑠唯は、涼介と話しているのを見かけた知人から「さっきのひと、知り合い?」と聞かれても、それ以上つっこんで聞かれないときは「うん!」で会話が終わっているので、涼介のことを責められない。コミュニケーション能力が、さほど高くないのだ。
(大学の知り合いとはまだ仲を深めきれてないし、涼介との関係もブランクがあるから双子とはいえ「親しい」わけでもなくて。「お兄さんなら紹介してほしい」って頼まれても困るから、詳しく言う気になれないんだよね)
双子なのに疎遠という、この絶妙な距離感。
今からもっと親交を深めるべき? どうやって? と悩んでいるうちにファミレスについた。
「いらっしゃいませー! あ、佐藤! 高校卒業以来だな。久しぶり」
声をかけてきた店員は、さらさらの茶髪に子犬っぽい笑顔のイケメンである。やや幼く見える顔立ちだが、中学、高校の頃の同級生で同じ年齢、名前は立野蛍。
「立野くん、久しぶり。ここでバイト始めたんだ? ええと、二名です。好きな席でいいんだよね?」
設置されていたアルコールスプレーを手にかけつつ、瑠唯は手間をかけさせまいと先んじて言う。
そこで、蛍は涼介が瑠唯の連れだと気づいた様子だった。身長差から視線を上に向けて、つぶらな瞳を見開く。
涼介は、無言でその視線を受け止めていた。顔立ちが整いすぎているだけあって、無表情でも迫力がある。
いかにも蛍が何か言いたそうであると気づいた瑠唯は、さくっと言った。
「兄です」
え? と蛍が怪訝そうにした。お兄さんいたっけ? と聞かれそうな気配であったが、黙り込んでいた涼介がすかさず付け足した。
「生き別れの双子です。はじめまして」
「あっ、はい。はじめまして?」
まだ何か言いたそうな顔をしていたが、バイト中で立ち話もできないからなのか「じゃあ、席にどうぞ」と言って厨房に戻って行った。
瑠唯は、ばしっと涼介の背中を叩く。
「いまのはわからないよ! 絶対わからない!」
「本当のことを言ったのに」
納得いかない様子で涼介は歩き出し、窓際のボックス席に座る。対面に座った瑠唯にオーダー用のタブレットを渡してきて、いかにもついでのように言った。
「どうも前世の記憶がよみがえったせいか、あっちから来ている人間に会うとわかるみたいだ。さっきの、攻略対象者のひとりだな」
「立野くんが?」
タブレットを取り落としそうになった瑠唯の前で、涼介はスマホを弄りだす。「巡る世界の五重奏」の攻略サイトを確認していたようで、画面を見せてきた。
“蛍”
小悪魔弟キャラっぽい童顔ヒーローを表示させて「これ」とそっけなく言った。
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