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19/21

19,狙われた妃候補

「クレイラ殿下の病気には、猛毒耐性を持つ人間の血から取れる成分が有効で……。それを使った治療薬を考案したのが、守谷医師です」


「俺の血にも、その猛毒耐性があるということですか」


 涼介の問いかけに、真澄はしっかりと頷いた。


「最初に()()が発見されたのは、宮橋柊さんからです。()()()()()により、柊さんの体には何らかの毒耐性があると判明し、研究班が結成されて徹底的に調べられたんです。班のチーフは、守谷医師。柊さんを調べる中で、比較用としてかなり大規模な調査を行ってサンプル収集もしています。その中には、守谷一家の頭髪や血液もあり……、涼介くんと瑠唯さんも、柊さんと同じ抗体を持っていることが判明した」


 真澄の説明に耳を傾けながら、涼介はすっと表情を消し去って目を閉ざした。


 わけあり旧家の次期当主である柊の体について調査し、不治の病を治療する手がかりを得たとしても、おいそれと発表できない事情はわかる。


 そもそも、柊個人の特異体質に由来するものであれば、現実的に汎用化は望めない。柊以外に()()を持つ人間がいたとしても、きわめて珍しい血液型である「黄金の血」のように希少だというのなら、研究過程を公表するリスクを負いつつ「特効薬の手がかり」として論文を発表するのは、二の足を踏むはずだ。実際問題として、論文は出ていない。


 守谷伊佐美が、サンプル収集の過程で自分の息子や娘の頭髪などを含めたのは、採取しやすかったから程度の理由だろう。サンプル数を増やす目的で、何気なく自宅でブラシなどから頭髪を採取した――そこから、兄妹揃って柊と共通する成分を保持すると示唆する結果が出たのは、予想外の出来事だったのではないだろうか。


 涼介は数秒のうちに考えをまとめ、目を開けて真澄を見つめた。


「父は、その論文を書いたが発表はできなかった、と。しかし論文の存在、つまり『毒耐性を持つ人間の血液からある種の病気への特効薬が作れる事実』が何らかのルートでリヒテナ王家に伝わり、クレイラ殿下の治療のために招聘されることとなった。クレイラ殿下は、宮橋家とも関係の深い方だから……」


 横で聞いていたクレイラが、小気味よい笑い声を立てて「そんなに難しく考えることはないよ」と口を挟んだ。


「宮橋家の中に、亡き王妃である母と連絡を取っている者がいたんだ。私の病状も知っていて、『柊の血があれば快方に向かうのでは』と密告した。そこで母は、宮橋家に柊を要求した。しかし、宮橋家は次期当主をリヒテナに渡せるわけがないと突っぱねる。もともと、宮橋家とリヒテナ王家の関係は最悪だったしね。そこで、守谷医師に白羽の矢が立った。守谷医師は『死にかけの王子を助けられるのは自分だけ』という状況で、リヒテナ行きに同意した。柊同等の耐性を持つ、我が子とともに行くと」


 おとなしく聞いていた涼介は、目を細めてクレイラに視線を流す。真偽を見定めようとするかのように。


 大規模なサンプル収集や、秘密裏の研究。宮橋家や、もしかすると存在するかもしれないその背後組織は、そこに莫大な資金を費やしていると考えられる。

 あくまで治療薬は毒耐性の研究の副産物であるとして、当初研究班を結成してまで毒耐性を解明しようとしたからには、費用を回収できるだけのリターンを見込んでいたはずなのだ。


 だとすれば、研究の途中でチーフが抜けるのは事業存続の死活問題であり、伊佐美が「死にかけの王子を助けたいと使命感に燃えて受けた」などという、簡単な話であるはずがない。


 毒という言葉を、涼介は先程聞いた。白衣の青年の口から。


 ――墓所の毒に関しては、無効化できない人間が吸い込むと、即効性の毒キノコを食したときのような劇的な反応が出ます。実験動物で見た限り、その伝承は誇張ではないと僕も確認済みです。こんなに安らかに寝ていることはないですよ


(毒にまみれた墓所? 毒を無効化できる人間しか近づけない?)


 柊はその場に行けるとして、他の者はどうしても近づけなかったとすれば? 毒耐性の研究が、墓所へたどり着くために始まったのだとすれば、得られる対価は金銭的価値の高いものと考えるのが妥当だ。

 埋葬品。


「父は医師で、死にかけの王子様を助けたいという信念はあったと思いますが、目的はそれだけではなかったはず。たとえば、毒耐性の研究に行き詰まりを覚えていたときに、柊さんの双子であるクレイラ殿下の『血』に興味を持った、とか。でも、リヒテナにいるクレイラ殿下に近づく手段は『主治医』となるしかなかった……」


 研究班の構成員に関して、涼介には知るすべがない。だが、チーフになる実力の持ち主でなおかつ毒耐性の実子がいるとあらば、伊佐美以上の適任者がいたとは考えにくい。


「さすが、涼介はいい読みをしている。概ね、その通りだ。リヒテナ側は、ある程度私の体を研究することを許可した上で、守谷医師を招聘した。結果的に、守谷医師は不治の病とされた私の病状を寛解まで持っていった。だが、そこで帰国してしまった。特効薬のノウハウは置いて行ってくれたんだけど、私の血液には毒耐性はなく、『素材』として重要な涼介も帰国してしまった。もし病気が再発したら? そのために、リヒテナ王家は毒耐性持ちの人間を必要としている」


 クレイラは、にこにこと笑みを浮かべながらきわどい事実を口にする。その様子をじっと見て、涼介は小さく吐息して笑った。


「俺の血が欲しい? いくらでも吸えよ」


「吸血鬼じゃない」


 弛緩した空気が流れ、二人は顔を見合わせて笑い合う。

 リヒテナにいた頃は、よき友人だったのだ。

 だが、涼介は念の為、超えてはならぬ一線を示す。


「俺はいいが、妹はだめだ。そういう話に巻き込みたくない」


 がし、とクレイラは涼介の両肩に手を置いた。


「そういう察しのいいところが涼介だ。大変頼もしい」


 とてつもなく嫌な前フリに対し、涼介は顔をしかめて「結論を」と急かす。

 クレイラは、さすがに申し訳無さそうな顔をしつつ、口を開いた。


「毒耐性持ちの人材をリヒテナにとどめておくには、結婚が手っ取り早い、というのが父と一部の家臣の考え方だ。彼らは母という前例があることで日本人との結婚に抵抗がない。一方、当時おおいに反発した一派がいるのも事実。彼らは次期国王である私の妃に、外国人を認めない構えだ」


「なるほど。そこまではわかった。で?」


 促されたクレイラは、日本に来た理由を白状する。


「私としては、体調が良くなったところで、生き別れの双子である柊と旧交を温めにきただけのつもりなんだけどね。着いてみたら口も聞いてくれない……。私の初めての国外旅行に、リヒテナの不穏分子がついてきてしまって、私と入れ替わりに敷地外に出た柊を私と誤認して襲ったのが悪かったのかもしれないけど」


「悪いどころじゃない」


 柊にとっては、とんでもないとばっちりだ。「旧交を温めたい」との申し出を受け入れただけでも苦渋の決断だろうに、抗争に巻き込まれるとは。

 呆れ顔の涼介に対し、クレイラは神妙な顔で続けた。


「柊付きの水島は、柊がリヒテナの王位継承争いに巻き込まれたと判断して、警視庁に応援要請した。柊も王位継承権があるから、私から暗殺者を差し向けられたと思ったんだろう。それで私も出るに出られなくなって」


「水島さんに事実を伝えよう! なんで誰もそんな大切なこと言わないんだよ!? 何に対する配慮なんだそれは!」


 よほど宮橋家側にも、クレイラの来日を伏せたい事情があるというのか。

 しかし、曲がりなりにもクレイラは王族であり、どんなお忍びであっても警視庁くらいの組織であれば入国記録は確認していないのだろうか? と涼介はつっこみたかったが、日本と直通ルートもない小国から、他国経由で非公式で入国されると、案外マークされていないものなのかもしれない。


 クレイラは物憂げなため息をついて、涼介から視線を逸らした。


「宮橋家も、黒竜警備保障に依頼を出したりして周辺を固めたんだけど……。向こうは向こうで、どうも『王子は消せなくても、妃候補は消しておこう』って方針になったんだろうな。そこにほいほい顔を出したら、そりゃお見合いにでも来たのかって狙われるさ。ごめんな、撃たれて怖かったよな」


「待て。『妃候補』?」


 すうっと涼介の中でつながるものがある。それを認めるかのように、クレイラが答えた。


「いま狙われているのは瑠唯さんだと思う。護衛も何もついてない、毒耐性持ちの女性である瑠唯さんは、めちゃくちゃ立場が危うい」


 聞き終える前に、涼介は「瑠唯を返せ!」と叫んだ。


 * * *

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お妃候補! 乙女ゲーならではの要素キターーーー(≧◇≦)
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