18,秘密
「入れ替わりというのは適当じゃない。『柊』もこの家で暮らしている。世界のすべてに不満という顔つきで」
涼介の質問に対し、柊と同じ顔をした青年クレイラは、面白そうに目を輝かせて笑った。そばに真澄がいても、自分の素性を隠す様子もない。少なくとも真澄は事情を了解しているものと、涼介は理解した。
「水島さんは、柊さんが双子ということは知っていたみたいだけど、クレイラ殿下を柊さんだと認識していた。もしかして、水島さんはクレイラ殿下がこの家にいることを知らない……?」
「カンが良いね、涼介。その通りだ。日本の警察から宮橋家に出向いている水島にとって、警護対象は『宮橋柊』だ。一方で、リヒテナ王家が雇い入れている黒竜警備の真澄は、私のボディガードということになる。同じ顔の人間が二人いて、警察と民間で護衛対象が違うことに関して、あえて誰も水島の誤解を正すことはしていない」
さらっと告げられた事実に、涼介は真顔で呟いた。
「水島さん、かわいそう。そんな重要な情報を、誰からも教えてもらえないなんて」
すぐそばで穏やかな微笑を浮かべている真澄へと、視線を流す。にこりと笑い返してくる様子が、実に食えない印象だ。
「リヒテナ王家に雇われている……。いつからですか?」
涼介は、真澄へ慎重に問いかけた。
真澄の答えは、あっさりとしたものだった。
「数年前から。リヒテナで殿下の護衛兼、日本語の話し相手として陛下に雇われていた。殿下の主治医が日本人であること、その息子も日本から一緒に来ていることは知っていたが、何しろ日本人は少ない国だからね。顔を合わせたら印象に残るし、どうしたって顔見知りになる。それが後々どう影響するかわからないから、涼介君とは顔を合わせないように気を付けていた」
数年前から、と涼介は口の中で繰り返す。かなり近い位置に、ずっといたことになる。しかし「王宮には、医者親子の他にも日本人がいる」と、当然聞こえてくるであろう噂を耳にしたことはないので、完璧に素性を隠していたのだろう。そこには、何らかの目的があるはずだ。
「北沢さんは、自分がいずれクレイラ殿下とともに日本に来ることになるとわかっていたんですか? そのとき、俺にリヒテナ王家関係者だと看破されないように、あの国で顔を合わせるのを避けたと」
核心に迫る涼介の問いかけに対し、真澄は無言で頷く。そして、涼介から目を逸らすことなく口を開いた。
「守谷医師がリヒテナに招聘された理由は、彼が書いた論文の中に、不治の病とされたクレイラ殿下の病気に対して、有効な治療法があったからだ。それが何か、君は知っているはずだ。検査というには不可解なほど何度も、自分の血液を提供しているのだから」
鋭い眼差しが、リヒテナにいた頃よく採血された腕に向けられているのを感じて、涼介はかばうように胸元に引き寄せる。
「……探した。でも、その論文を、見つけることはできなかったんです。クレイラ殿下の病気が具体的に何で、父がどんな治療をしていたのか、俺は知らない。知ることができませんでした」
年齢が近かったこともあり、涼介はクレイラの「友人」として何年も王宮で過ごしている。
だが、クレイラの病気に関する情報は涼介に対して伏せられていた。医者でもない、ただの子どもだから当然だとそのときは思おうとした。
しかし、真澄が指摘したように、涼介は不可解なほど何度も父に採血されていた。それがどう使われているかについて、ひそかに頭を悩ませていた。
父である守谷伊佐美に直接問い質すことはできなかったものの、日本に帰国してからは、受験勉強の合間や大学合格後、リヒテナに渡る前の父の論文を探した。
かなり時間を費やしてきたが、まだそれらしいものには行き着いていない。
論文などあるのか? と疑い始めていたところであった。
「俺は、見つけられていないんですが、北沢さんはまるでその論文が存在しているのを確信しているような話し方をします。単刀直入に聞きますが、あるんですか? クレイラ殿下の症状……おそらく、小児白血病だと俺は考えているんですが、現在世の中には流通していない、なんらかの治療法を記した父の論文が」
真澄は、頷いてあっさりと言った。「あったんだ」と。




