16,古代人と悪霊と
地下への道を進みながら、瑠唯は手荷物をどこかに置いてきたことに気づいた。
(スマホが無い。お母さんとお父さんもいるし、涼介は柊さんと知り合いだったみたいだから、危ない目に遭っているってことはないと思いたいけど、連絡がつかないのは痛い。「巡る世界の五重奏」の攻略サイトも、ネタバレを恐れてないで見ておけば良かった……! これ絶対、ゲームとリンクする何かのイベントだよ……!)
涼介は攻略サイトを見ながら妙なことを言っていた。
――この攻略サイトによれば、正規ルート五人の他に、隠し攻略キャラがいることになっている。ひとりはラスボス。妖魔の首領だけど、実はとある攻略対象者の双子の兄弟で、子どもの頃に妖魔にさらわれた人間なんだ。
(あのとき詳しく聞かなかったけど、五人のうちの誰かが双子だっていうことだよね?)
ゲームとして考えると、同じ顔のキャラが二人になるメリットがよくわからない。
瑠唯自身も双子に生まれついているので面と向かって「双子に意味はない!」などと言うつもりはないが、ゲーム上ではどういうキャラ付けで個性を出していたのか気になる。
「階段です」
背後から、陸人に声をかけられる。
足元に気をつけて下ると、急にあたりの景色が変わった。周囲は土がむきだしの壁だ。灯りの届かぬ広い空間で、先が真っ暗闇となっており、見えない。気温がぐっと低くなった。
「よくここまでついて来たな。褒めてやる」
先にたどりついていた柊が、地面に置いてあったランタン型のライトを拾い上げてスイッチを入れつつ、振り返ってそう言った。
(悪役みたいなセリフだ……! ここが最終決戦場ですか!)
柊にはラスボスの風格があるなと考えつつ、瑠唯はすかさず言い返す。
「褒めていただき、ありがとうございます!」
人生の中で、褒められる機会はそんなに多くない。言われたら、まずは素直に受け取る。勘ぐったり腹の探り合いなど面倒なことはしない、それが瑠唯の考え方である。
自分から言ったくせに、柊は渋面となった。
「お前……、この状況でその余裕はなんだ。馬鹿にしているのか? ここがまともな場所じゃないことくらい、わかるだろう?」
どうも素直に感謝してはいけなかったらしい。瑠唯は居住まいを正して、真剣に答える。
「お墓って聞きました。……裏日本の大王様の?」
ここに至るまで陸人から聞かされた言葉をその通りに言ったつもりであったが、自分で口にしてみると違和感満載の言葉だった。
しかし、柊は眉をしかめて憂いを帯びた顔になり、ちらっと確認した陸人も真面目な顔をしていた。
(空気がシリアスだ……冗談じゃないんだ……!)
誰も茶化す気配の無い中、柊が話し始めた。
「現代人は『病気』というものが何か知っているが、古代人は『それが何か』正確に理解するのは難しかったのではないかと、推測される。つまり、怪我で肉体を損傷し衰弱して死ぬのは比較的理解しやすいだろう。食べ物がなくて死ぬ餓死も、因果関係はわかるはずだ。だが、発疹を伴う高熱や咳、当時は腹を裂いて治療するなど考えられなかった盲腸など、突然苦しんで場合によっては死に至る光景を目の当たりにしたとき、『病気』という概念が存在しない世界では、どのように解釈されると思う?」
柊の視線や問いかけからして、答えを求められているのは瑠唯だった。
(「病気」という概念が存在しない世界……。外気温と身に着けている衣服が合ってなければ風邪をひくとか、そういうのは経験でわかっていることだけど……。「風邪」すらわからなければ「突然体調が悪くなる」のはどう見える?)
うまく表現することができず、瑠唯はじっくり考え込む。焦れた様子の柊が「お前、医者の娘だろう」と言いがかりに近い文句をつけてきた。
それまで黙っていた陸人が、口を挟む。助け舟だ。
「『悪魔や悪霊、呪い』ですよ。何か悪いものが体の中に入り込む、内側からそのひとを滅ぼす。いまは特定のウイルスや細菌に『それぞれが担当する病気』があることがわかっているので、『対抗する薬』を使います。けれどそのような結論に至る以前は、恐ろしい症状を引き起こす様々な悪魔や悪霊が跋扈していると想定されて、対抗するための方法が考案されました。物理的に打ち倒すことができないので、祈祷をしたり、まじないを考案したり、供物を捧げたり」
「科学的には無意味ですよね? 気休めですし、快癒しても因果関係はありません」
瑠唯がそう言うと、柊が小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「古代人に言ってこいよ。お前らのやってことは意味ねーぞって」
「言えたら言ってあげたいですけど。たとえタイムマシーンがあっても、論より証拠として連れていける医者が一人二人なら『すごい魔法使いがいたものだ!』で、終わりそうです。あと、最新設備がないとせっかくのお医者さんも、手も足もでなかったり。麻酔ひとつ作るのも大変そう」
黙って聞いていた陸人が「転移転生もので見たシチュエーションですね」と訳知り顔で呟くものの、柊は黙殺した。
「とにかく、怪我をして血が流れて死ぬならわかりやすいけど、そうではない系統の死っていうのは長い間持て余されてきて、医学ではなく魔術や宗教で扱われてきた。ゆっくり衰弱していく病気や、誰も手を下していないのに突然具合が悪くなって死ぬ……毒などもその分類だろう。もっとも、フグ毒や、特定植物の毒は経験の蓄積によって『危険なもの』として比較的容易に認識が共有できたはずだ。だが、空気中に含まれる猛毒はどうだ?」
「ファラオの呪いだ!」
ここぞとばかりに、瑠唯は自分の知識をもう一度引っ張ってきたが、柊に冷たく言い返される。
「ここはエジプトか?」
「実は地下に降りる間にエジプトにつながっていたとか! 地球の裏側!」
柊の表情が、呆れを通り越した無表情になった。




