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前世は妹を虐げる令嬢だったと兄が言い出しました。それで今生ではどうするおつもりです?  作者: 有沢真尋@12.8「僕にとって唯一の令嬢」アンソロ
【3】

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10/21

10,飛んで火に入る

 住宅街に忽然とあらわれる「公園にしか見えない広大な敷地と謎の建築物」までの道のりは、涼介がひととおり確認して頭に入れてきたとのこと。

 瑠唯は感謝して道案内を一任し、連れ立って歩き出した。


「ゲームは進めた?」


 マンションを出てすぐに聞かれて「できなかった!」と答える。


「この件が、ゲーム内のイベントとリンクしているなら、やっておけば良かったんだけど……! 『巡る世界の五重奏(クインテット)』の公式サイトは見てきたけど、スチルもセリフも目が滑る滑る。攻略対象者から口説かれているヒロインが『自分』って考えると、正視できない」


 そのうえエロゲである。そのシーンに到達してしまったら、平静なままで見られる気がしなかった。涼介は「わからないでもない」と言った上で、確認のように言う。


「俺は、前世の翠扇が誰ルートだったかは知っているわけだけど、瑠唯はやっぱり聞きたくないよね?」


「聞きたくないですね! 私がこっちの世界で『じゃないひと』を選んだときのヤッチャッタ感すごいだろうなって思うし。だいたいね、向こうでは特別な存在(ヒロイン)『翠扇』だったからモテモテなわけで、現実的に高校時代に何もなかった立野くんとか、北沢さんみたいな大人のお兄さんと今から恋愛が始まる気はしないのよね。子どもの頃に一度出会っていたとか、初恋トラウマ植え付けた覚えもないし……忘れているだけかもしれないけど」


 うーん、と涼介がくぐもった声で相槌を打つ。考え込んでいる様子だ。


(涼介、何か引っかかっているの? 円滑な情報交換のためにも、翠扇が選んだ攻略対象者を聞くべき? ……いや、だめ。ゲームはゲームで、これは現実なわけだから。一応、推しはいるけど、私が勘違いしたら困るし)


 瑠唯が、この世界ではまだ出会っていない攻略対象者を思い浮かべたところで、涼介が話を変えた。


「今から向かうところが、母さんや北沢さんの仕事と関係あろうがなかろうが、攻略対象者は誰かしらいると思うんだ」


 涼介は、やけに確信に満ちた声で言った。


「これが何かのイベントに突入しているなら、無関係ってことはないと私も思う。でも、もしお母さんたちの仕事場だとしたら、警視庁のSPと民間のボディガードが守っているんだよ? 一般人の立場の私や涼介は、近づくのも難しいよね?」


「なんとかなるよ。それこそ、イベント中なら向こうから来るって話で」


 それを言われると、瑠唯としても強く反論はできない。


(やっぱり涼介は、何か知っている?)


 マンションを出てしばらくは車通りの多い大きな道を通っていたが、不思議と人の通りが少なく感じられた。

 目的の場所が近づくにつれ、住宅街の中に入り込むことになり、すれ違うひともいなくなる。ぽつぽつと涼介と当たり障りのない話をしていたが、そこでふと思い出して瑠唯から尋ねた。


「北沢さんとは連絡ついた?」


「うん。『全然急ぎじゃないんですけど、警備会社のシフトってよくわからないので、北沢さんの都合の良いときに連絡ください』って送ったら、すぐに返事があったよ。『了解。しばらく不規則な勤務で事前の約束が難しいから、一週間くらい先になるかも』って。それ以降は特に何もないから、母さんと同じく緊急の呼び出しを受けている感じがしたかな」


 用件のみのやりとりで、しっかりと手応えを得ているのがさすがだと瑠唯は素直に感心した。


「連絡先交換していて良かったね。情報は多い方がいい」


 涼介へと視線を向けると、ばっちりと目が合った。にこりと涼介が微笑む。


「前世の記憶っぽいものがわーっと頭の中に溢れたとき、翠扇(すいせん)とは仲良くできなかったって苦い思いがすごくあったんだ。後悔というか。瑠唯と、いまこうして普通に話せるのが嬉しい。親の離婚はどうしようもなかったけど、せっかくの兄妹だからな」


 さらに一本道を曲がろうとして、二人は足を止めた。その先には長い塀が伸びる道が続いていて、まるで音がどこかに吸い込まれて消えていくような静けさがあった。塀の向こう側に広い空間があるせいかもしれない。


「これといって無策のまま来ちゃったけど、これ以上進むとさすがに目立ちそう」


 まさに、住宅街の中にこつ然と現れた異空間だ。瑠唯は、もと来た道を振り返ってから涼介に「どうしようか?」と言おうとした。

 そこで、涼介にぐっと手首を掴まれた。びっくりして顔を向けると、いつの間にか行く手を塞ぐように、黒いスーツ姿の青年が立っていた。


「こんにちは。ちょーっと職務質問いいかな。おまわりさんです」


 さらっとした黒髪に、猫のような瞳で、笑っているのに妙な凄みがある。顔立ちは整っているが、とにかく強気そうで隙のない印象の青年だった。

 瑠唯を掴んでいた手を離した涼介は、さりげない口ぶりで言った。


「職務質問を受けるのは初めてです。警察手帳って、本当に見せてもらえるんですか?」


 相手はにこっと威圧感のある笑みを浮かべつつ、言葉だけは「どうぞ!」と愛想よく答えて二人に見えるように開いた手帳を差し出してきた。


 警視庁警備部警護課 水島渚


 双子的なテレパシーなどこれまで感じたことはないが、このとき瑠唯は涼介が自分と同じことを考えていると確信していた。


(攻略対象者だ……! 「巡る世界の五重奏(クインテット)」に、こういうひといた!)


 妖魔対策部隊所属で、遊撃隊の(なぎさ)。襲撃時や緊急招集時以外も常時妖魔討伐に出ている、血の気の多いアタッカーだ。

 瑠唯は年齢制限の関係でゲームそのものには詳しくないが、パッケージやグッズでセンターに来ることが多く、正ヒーロー的な位置づけのキャラというイメージを持っていた。


 数秒間手帳を見つめてから、涼介は渚に向かって笑顔で告げた。


「初めて見るので、本物かどうかもわからないです。職務質問って、なんですか? 何が気になったんですか?」


「いや~、どこ向かっているのかなって。この先に何か用?」


「散歩です。海外帰りで、久しぶりに子どもの頃住んでいた実家に来たので、懐かしくて。俺からも逆に聞きたいんですけど、この先に何かあるんですか? 十年前住んでいたときは、あまりこの辺歩き回ったことがなくて」


 爽やかに言う涼介を前に、渚は「散歩、いいねえ!」と明るく応じる。目が笑っていない。


(笑顔なのに、この二人ものすごくガン飛ばしまくってませんか。緊張感がすごいんですけど……!?)


 涼介がちらっと言っていた「二周目」のことが思い出された。

 義姉とはいえ、実際は女装男子だったという彩花(いろは)であるところの涼介は現在、この世界ではきっちり男として振る舞い、攻略対象者たちと渡り合っている。

 瑠唯は、迂闊に目を離すと「涼介が」彼らから惚れられるのではと危ぶんでいたが、翠扇の盾として男性的に張り合っている雰囲気を見る限り、これはすでに彩花攻略ルートが存在する二周目の世界なのでは……? と考えたところで自分に待ったをかけた。

 二周目ではない。現実である。


「せっかくの散歩中悪いんだけど、特に目的なく歩くなら、この道はやめておいた方がいいよ。家が近いなら引き返して帰りな」


 理由こそ言わなかったものの、渚は不穏なことを口にした。進めば何かあると言っているようなものだ。


(現実はセーブデータでやり直すこともできないから。でも、警視庁のSPがいるということは、ここはお母さんの仕事場で間違いない。近づいただけでここまで厳重な空気ってことは、お母さんは相当危ない仕事をしているってこと?)


 悶々と悩みかけたそのとき、「渚!」と聞き覚えのある声が響く。

 塀のあるほうの道から、長身でスマートながらしっかりとした体格の男性が走ってきた。その顔に、瑠唯は見覚えがあった。


「おおっと、黒竜の跡継ぎじゃねえか。暇そうにぷらぷらしやがって」


 渚がすかさずつっかかっていった相手は、真澄である。

 どうも、というように涼介と瑠唯に目配せをくれてから、真澄は渚に向き直った。


「ぷらぷらしているのは、渚だろう。なんの関係もない御兄妹に因縁ふっかけて何をしているんだ? さっさと持ち場に戻ったほうがいいんじゃないのか?」


「うるせえな。俺は『遊撃隊』なんだよ。自分の権限である程度周辺の哨戒に出るのが許可されているんだ。それで気になった相手には声くらいかけるさ。お前こそ、雇われているんだからしっかり働けよ。足手まといはごめんだ」


 まさに、絵に描いたようなイケメン二人が、じゃれあっている。

 強気でつっかかる渚と、余裕のある態度で受け流す真澄。会話の合間にちらりと視線をくれて「ごめんね」と言わんばかりに申し訳無さそうな表情をする。

 それを受け止めたのは涼介で「気にしていません」と言うかのように穏やかな微笑を浮かべていた。二人の無言のやりとりに気づいた渚が、訝しむように眉をしかめる。


「ご兄妹って言ったな。知り合いか?」

「うちの会社の、社員のご家族だ。面識がある。家がこの近くで……。二人ともここで何を? この先は個人の住宅でお店も無いし、駅からも遠ざかっている。迷ったのかな?」


 真澄がフォローをしてくれているが、渚がすかさず「なんで家の近所で迷うんだよ」と横槍を入れてくる。

 二人のやりとりを見ていた涼介は、真澄に向かってやわらかい口ぶりで言った。


「北沢さん、お気遣いありがとうございます。もし北沢さんに帰れと言われたならもちろん帰ります。ただ、本当に散歩していただけというのは信じてください。そこの警視庁のひとが警察手帳まで出して何か言ってきていたので、困っていました」


 ふう、と真澄が吐息した。並ぶと真澄のほうが背が高く、渚を少しだけ見下ろすような角度になる。


「渚のカンは、本当にあてにならない。無意味な哨戒をしているくらいなら、戻った方がいいんじゃないのか。サボっているのと変わらないぞ」


 ばばっと、渚の毛が逆立つのが瑠唯には見えたような気がした。


「うるせえな! 俺だってべつにこの二人の何かを疑っていたわけじゃない、用が無いなら帰りなさいって言っていただけだ!」


 剣呑な様子の渚に胸元まで詰め寄られても、真澄は表情をぴくりとも動かすことはなかった。だが、涼介と瑠唯に顔を向けるときは、鮮やかに表情を切り替えて微笑を浮かべている。


「そういうことみたいだから、職務質問のことは気にしなくていい。この先に行くのは、俺としてはオススメできない。家に帰ってゆっくり映画でも見ていたほうがいいよ」


 見事なまでの、保護者的立ち位置の優しいお兄さんスマイル。

 何もなければ、瑠唯も涼介もひとまずこの場は「わかりました」と引き返していただろう。

 しかし、そのとき妙にスピードを落として近づいてくる車があった。徐行運転かなと瑠唯が道の端にもう少し寄ろうとしたところで、瑠唯は渚に、涼介は真澄に捕まえられて、飛来する何かから庇われる。

 大きな音こそ聞こえなかったが、接するように立っていた石壁やアスファルトの路面にばしばしと穴が空いた。


(石に穴……銃痕? 撃たれた!?)


 がっつりと渚に抱え込まれながら、瑠唯は信じがたい思いで目を見開く。

 渚も真澄も、無線を身に付けていたようで「車が」「民間人が巻き込まれた」「銃を持っている」と矢継ぎ早に報告をしつつ、周囲を警戒している。車はスピードを上げて角を曲がっていった。


 遅れて心臓がばくばくと鳴り始めた。

 無線でどこかと連絡を取り合っていた渚が「了解」と呟いてから、三人を見渡して言った。


「巻き込まれた民間人を、このまま帰すわけにはいかないって判断になった。悪いけど一緒に来てもらう。どこかのタイミングで解放するけど、今は家まで護衛につける人間がいないんだ」


 厳しい表情で周囲を警戒していた真澄が、渚へきついまなざしを向ける。


「渚が無駄に絡むから、関係者として認知されたんだろう。この二人は何も関係がないのに……」


 すごくまずいことになっている? と瑠唯は涼介の方をうかがったが、ポーカーフェイスの涼介は軽く頷いていた。まるで、狙い通りといった様子で。


 * * *


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