Chapter 4:影
ニューヨーク市警、捜査第3課。書類が山積したデスクの奥で、ジョニー・サンダース刑事は眉間に深いシワを刻んでいた。
「おい、ジョニー。もう上から決まってんだろ?地下鉄爆破の犯人は、FBIのあのエージェント――スネークとか言うやつでさ」
同僚が苦笑いを浮かべて言う。
「本名、トム・カーティス。証拠は山ほどあるんだ。指紋、目撃情報、防犯カメラ……それにFBIだって黙ってる。つまりクロだよ」
ジョニーはゆっくり顔を上げ、目を細めた。
「だが――動機がない」
「は?」
「彼の記録を見ろ。FBI内でも精鋭扱いされてた男が、なぜ突然民間人を巻き込む爆破を起こす?しかも、直前までZを追っていた。……おかしいだろ?」
同僚は肩をすくめて離れていく。ジョニーは画面を睨みつけながら、犯行現場の映像を巻き戻した。
再生――00:03:12トムが駅に現れ、爆破の直前に背後を歩く黒い帽子の男。
ジョニーは息を止めた。
「……お前は誰だ」
そして次に、トムが市街地でバイクで逃走していた日の防犯映像を調べた。
カメラの片隅に――見覚えのあるシルエットが走っていた。
「黒い帽子……ニューヨークにも、東京にも現れた……。つまりトムは、そいつを追ってる?」
ジョニーの目が鋭く光る。
「くそっ、真犯人がいるってのに……!」
彼はデスクの下に隠していた個人用端末を取り出し、独自捜査のファイルを立ち上げた。
【調査対象:黒い帽子の男】
【関連事件:Z関連爆破事件/生物兵器疑惑】
【追跡対象:トム・カーティス(FBI)】
「プランAは、Phase Sigmaのコアを破壊する。プランBは、東京での爆破阻止だ」
壁にプロジェクターで投影された地図と作戦図。トムがレーザーポインタで作戦を説明する。
ローズが言った。
「Zが使おうとしてる生物兵器……“選別”って言葉が何度も出てくるけど、具体的な対象や拡散方法がまだ不明なのよね」
「だからこそ先に止める。計画のコア、Phase Sigmaが実際に何を指してるか……その鍵を握ってるのがグレース博士」
スパイダーが画面に人物の顔写真を映す。
「元ノーザンアークの主任研究員。Zに転向後、行方不明。唯一の接触手段は……ネイルだ」
ベーカーが低く唸る。
「敵の中でもネイルは異質だ。トム、お前が接触できる可能性があるのは、あいつだけだ」
トムは無言でうなずいた。視線の奥に、過去の対峙の記憶がよぎる――迷いと怒り、そして共鳴。ネイルは、あの時確かに“揺れていた”。
「接触する。ただし、交渉が決裂すれば即座にプランBに移行する。東京を守る。それが最優先だ」
トムは会議が終わった後、一人、部屋を出て電話をかけた。宛先は暗号化された専用端末。数秒の沈黙の後、低い女の声が応答する。
「……この回線を使うとはね、スネーク」
「ネイルに伝えてくれ。会いたい、と」
「時間と場所は後で送る。でも保証はしない」
「構わない。……お互い、背負ってるものがある」
重厚な会議室。黒塗りの机を囲む数名のZ幹部たち。その顔には仮面。実名は不明。
中央のスクリーンに、ヴァイスが現れる。彼の背後には見慣れない“通信ホログラム”。
「Phase Sigmaの最終工程に向けて、東京での実験を予定通り進行させる。スネークらの動きは読んでいる。問題はない」
幹部の一人が声を上げる。
「だが奴の仲間が潜入してきている。ノーザンアークのデータも一部抜き取られた。グレース博士の位置も特定されたかもしれん」
ヴァイスの目が細くなった。
「我々の戦略は“試される”時だ。そして……私はただの実行者に過ぎない」
その瞬間、ホログラムの背後に新たな存在が現れた。輪郭はぼやけ、音声は変調されていた。
「Phase Sigmaは“選別”の始まりにすぎない。我々は進化の加速を実現する――ヴァイス、計画を続けろ。東京を皮切りに、全ては始まる」
会議室に沈黙が落ちた。
Zの黒幕――真に恐るべき存在がついにその影を現し始めていた。