現着。そして潜入へ
「で、ここどこ?」
「どこって、駅前のデパートだけど?」
ミサに手を引かれて走ること20分。やって来たのは駅前デパート。この街で一、二を争う大きさをもつこの店は、毎日何百人もの人々が利用している。
そんなデパートが今は妙に静かだ。理由は明白。まだ開店していないからだ。
朝七時から開いてる店なんて、この辺ではコンビニくらいだからな。ちなみに、昨日昼食の材料を買いに行ったのもこのデパートだったりする。
「それで、どうしてここに連れてきたんだ? 店ならまだ閉まってるぞ」
もしかして、まだ食い足りないからもっと作れってか? いや、さすがにそれは無いだろうけど。
「こっちです。漁夜さん」
その声に振り返ると、デパートの裏口付近でミカミが手招きしていた。あいついつの間に移動したんだ?
どうやらトラックの搬入ゲートらしいそこは、《関係者以外立入禁止》と書かれた立て札と共に、仕切り代わりの黄色いロープで封鎖されていた。
オレが駆け寄るのを確認すると、ミカミは平然とロープを乗り越えていく。
「おい何やってんだよ。立ち入り禁止って書いてあるぞ」
もし店の人に見つかったら絶対に面倒な事になる。警察呼ばれて保護者(姉貴)に連絡が行き、問答無用で半殺しにされるビジョンが鮮明に浮かび上がってきた。
体が震え上がるのを意地で押し止め、何とか説得を試みる。早くミカミを止めないとオレの命が危ない。
「おい、やめろって。オレはまだ死にたくない」
「大丈夫ですよ。私がいるかぎり漁夜さんには指一本触れさせません!」
「なにその死の危険が待っているかの様な口ぶり!」
それにその言い方だと、君の相手は姉貴じゃないよね絶対!
「しー! 静かに!」
「っ!?」
ミカミの奴、誰のせいでオレが騒ぐ羽目になってるか分かってるのだろうか。
ジト目で睨んで見ても、ミカミはきょとんとした目で小首を傾げるだけ。可愛いなちくしょう。でもオレの言いたい事は伝わらないんだろうなちくしょう。
「はぁ……」
自分にしか聞こえない程小さな溜め息を一つ。これは考えを切り替える時の癖みたいなもの。息と一緒に自分の考えを吐き出している(つもり)のだ。
姉貴のおかげで頑固な人との円滑な付き合い方には慣れているからな。相手が折れないならこちらが折れればいい。
「ミカミ。店の人に見つからないようにな」
しっかりと妥協を出すと、オレも気持ちを切り替える。息を殺し、周囲に意識を向け人の気配を探る。幸か不幸か近辺に人はいないようだ。
さしずめスパイ活動の真っ最中ってとこか?
「きゅ、急にどうしたんですか?」
「しっ。静かに」
ミカミはオレの様子が急変したことに戸惑いを隠せないようだ。が、今のオレはスパイ映画の主人公。
どんな事態もクールに切り抜け、ピンチはチャンスに変えてみせる。
「エージェント.M。案内を頼む」
「は、はぁ。……ほんとにどうしちゃったんですか?」
いまだ戸惑いを隠せないミカミだったが、「ま、いっか」とつぶやき行動を開始した。