姉、登場
学校から歩いて三十分ほどに位置する小さな湖は、春は絶好の観光スポットとして、夏は子供たちの格好の遊び場として、秋は絶好のフィッシングスポットとして、冬は凍った湖面を利用してのスケート場として、この町の人々から愛され続けている。春夏秋冬それぞれで違った楽しみを与えてくれるこの湖は『四季湖』と呼ばれ、今日のような雨の日にも、いつもとは違った風景を楽しもうとやって来ている人がちらほら見られた。まったく、暇な人たちだ。
そんな四季湖から南へ少しばかり歩いたところにあるアパートに、姉貴の部屋がある。
「ただいまー」
オレは入り口のドアを足でこじ開けると、わずかに開いた隙間からするりと自分の家の中に入った。足で開けたのは背中にずぶ濡れの少女を背負っていたためドアを開けるのに苦労したからだ。
「おっかえりー」
リビングから姉の声。オレは即座に駆け込んだ。
「姉ちゃん!」
オレの声を聞いて、ソファに座ってテレビを見ていた姉貴がけだるげに振り返る。
「なんだい弟よ。今いいとこなんだよ。クライマックスなんだよ。頼むから静かにしてくれ。いや、しろ」
この町の国立病院に勤めている我が姉は、ヒーロー番組にご熱心の様子だ。姉貴の機嫌を損ねると面倒くさいことになるので、黙ってテレビが終わるまで待つことにした。その間、オレはとりあえず背中で震えている女の子を客間のソファに寝かせておいた。
しかし、その後どうやらオレもテレビに見入っていたようで、次回予告まできっちりと見てしまった。……ヒーロー番組侮るべからず。来週も必ず見ようと心に誓った。
……って、今はそんなこと誓っている場合じゃない!
「姉ちゃん! 頼みがあるんだけど、実はさっき――」
「はいはい、分かってるって。女の子のことだろ?」
「――な、どうして……?」
「あたしを誰だと思ってるんだい?」
姉貴は口の端を吊り上げ不適に笑うと、前髪を掻き揚げながら言った。
「漁火漁火様だ。しっかり脳裏に焼き付けときな」
いつものように無駄に自信満々な姉貴。普段なら鬱陶しく思うのだが、今回ばかりはやけに頼もしかった。