真打登場!
「全く次から次に……。漁夜君、キミと居ると本当に退屈しないよ」
愉快に笑うタキシード。目尻には涙が溜まっているのが見てとれる。
「そういえば漁夜君……」
突然の親友の襲来にどうしたらいいか分からずにいると、タキシードが思い出したようにそう話しかけてきた。
「な、なんだよ。お前はずっと笑ってろ」
「ハハハハ。いなやに、少し前にお姉さんを『こんなふうにしたのはお前』かって聞いてきたよね?」
今度はなんだよ。タキシードの顔はやはり笑顔のままだ。
「あ、あぁ」
オレはそう答えることしかできない。けど、言った後気が付いたんだ。アイツの笑顔が何か悪巧みしてるときの姉貴や薫と同じだって事に。
「お前! 何する気だ!!」
しかしタキシードは何も答えない。当然といえば当然か。オレの叫び声に反応したのは薫と浩二で、一瞬ビクリと身を固めたあとゴチャゴチャと騒ぎ出したが、今のオレにはそれに応える余裕なんて無きに等しい。
その時既に、タキシードから片時も目を離してはいけないという強迫観念に囚われていた。
タキシードは静かに両手を突き出すと、実に楽しげに一言。
「ばん♪」
瞬間、すぐ傍からドサッという音が二つ。
ああ分かってる。わざわざ見るまでも無い。確認の必要も無い。そんなことする前にやることが、やらなきゃならない事があるからだ。
「なにやってんだてめぇ!!」
沸き上がる激情に身を任せ、動かない体を持ち上げる。激痛が身体を駆け抜けるも、反ってオレの怒りを燃え上がらせた。
「うああぁぁああ!」
思ってた以上にダメージは大きいらしく、タキシードに向かって進む速度は遅々としたものだったが、それでもオレは一歩一歩確実に奴へと近づいていく。
「まだそんなに動けるなんて、驚き桃の木山椒の木~」
へらへらと楽しげに笑うタキシード。その顔を睨みつけながら、湿った床を歩いていく。あのふざけた顔をぶん殴る。それだけのためにオレの身体は動いていた。
おいオレの身体!もっと動きやがれ!!
こんなにむず痒い気分は久しぶりだが、今は感傷に浸ってる場合じゃない。今するべき事はあのタキシード野郎をぶん殴る事だ!
「ぐぅぉぉぉおお!」
体が鉛のように重い。まるで泥の中を歩いているようだ。まあ実際に歩いた事は無いんだけどね。
「頑張っているところ申し訳ないんですが」
奴の言葉に返事をする余裕も無いので睨みつけてやれば、ニヤニヤとした顔のまま少し残念そうに言った。
「私も忙しい身でして……そろそろおいとましようと」
「逃げる気か!」
「いえいえ、別に逃げるわけじゃありませんよ。ただこれ以上貴方と遊んでると私、上の人に怒られちゃうんで。それに正直……」
そこまで言って、タキシードの姿がビュンっと掻き消えた。
「!?」
逃げたのか……いや違う……じゃあどこに……
「これが漫画なら……後ろか!」
とっさに振り向くと、目の前には真っ白な手があって……
「飽きてきましたから」
そんな言葉とともに、またもや額に衝撃を受けた。言葉を発する隙も無く、今度はさっきと逆の方向へ吹っ飛ばされる。
「くっ……」
大丈夫、二回目だから痛みにも慣れ――
「カハッ」
――るわけ無いか。
背中から壁に打ち付けられ、肺の空気が一瞬にして空になる。頭が割れるように痛い。頭痛なんて生易しい言葉じゃ物足りない。てか既に割れてるんじゃないだろうか。
「おや? 私の攻撃を受けてまだ人の形を保つとは。君はどこまで興味深い人物なのでしょう」
いつも姉貴に鍛えられてるからな。俺の身体は一般人よりだいぶん頑丈にできてしまった。
おかげでタキシードの足止めができそうだ。すっげえ不本意だけど。
「ふむ、まあいいでしょう。私も忙しい身ですし、今日はこれで失礼させていただきます」
「な……に……?」
野郎さっきオレの事を興味深そうに見てたくせに、もう興味無くしちまったのかよ!
「ま……待て……」
ここで奴を逃がしたら、姉貴達を助ける事が出来無くなる。だからなんとしてでも足止めをして……足止めを……し……て……。
足止めをしてどうするんだ?
「残念ですが、今のあなたに私をどうこうする程の力はありませんよ」
クスクスと笑って言うタキシード。悔しいが、こればっかりはアイツの言う通りだ。
たとえ万全の状態だったとしても、オレにはどうすることも出来ない。
そもそも基本スペックが違いすぎる。例えるなら猫とライオンくらいの差がある。
「いやー、楽しいひと時をありがとう。それじゃあね。漁火漁夜くん」
ヒラヒラと手を降りながら、部屋の出入口へと向かうタキシード。どうやら玄関から堂々と出ていくつもりらしい。
とことん人を馬鹿にしやがって。このまま帰すわけにはいかないのに、力無いオレにはどうすることも出来ない。
もっとオレに力があれば、力があれば、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が、力が――
「ちっくしょぉぉぉぉ!!」
誰でもいい!誰かアイツを止めてくれ!
『その願い、聞き受けたぁ!』
何の前触れもなく突如として轟いた声。ハッとなって顔を上げると、出ていこうとしてたタキシードが室内に飛んで戻ってきた。
正確には「戻された」だろう。ドアから一本の足がニョキっと突き出てるから、きっとあれに蹴っ飛ばされたんだろう。
「だ、誰ですか!?」
よほど驚いたんだろう。タキシードの声が震えているよ。ざまぁみろってんだ。
けどいったい誰が。くそっ、まだ安心しちゃいけない。タキシードを蹴っ飛ばした奴が味方だとは限らないんだ。
そうして再度身構えた時、明朗快活な室内に響いた。
「カーカッカッカッ!」
そんな笑い声と共に姿を現したのは、昨日公園で出会い、今朝初めて話した、艶やかな黒髪の小柄な少女
「えっ?」
三頭美央だった。