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邂逅



 ――――コトン



「!!」


 不意に、物音が鼓膜に響く。それはとても小さな音だった。オレの神経が恐怖によって研ぎ澄まされていなければ、決して聞こえなかっただろう。


 恐る恐る音のした方を見やると、タキシードを身に纏いシルクハットを目深く被った長身痩躯の男がたっていた。この部屋の闇に溶け込むように存在していたその男は、オレの視線を感じたのかシルクハットの鍔を軽く指で押し上げながら言った。


「おや、見つかっちゃいましたか」


 シルクハットと長い髪の毛で表情は読めないが、その男の口調からはかくれんぼで鬼に見つかったときのような陽気さが感じられた。わずかに覗く口元も、ニヤリと実に楽しそうに歪んでいた。


 

 ――――ゾクリ



 体中を悪寒が駆け抜けるのと同時に、全身の毛が逆立つのを感じる。



 ……こいつは、いけない。



 静かに微笑むタキシードの男を見て、理性ではなく直感が、本能が語りかける。こいつは本来此処に在ってはならない存在だと。今すぐにこの場所から消さなければならないと。

そしてオレは走り出した。理由なんて無い。ただ、本能に従った、それだけの事だ。


「うあぁぁぁぁっ!」


 タキシードの男まで、およそ四歩。



 一歩目、右足で思い切り床を踏み締める。浅い水溜まりに足を踏み入れるような不快感。



 二歩目、押し出すように前へ伸ばした左足が床に触れると同時に、残っていた右の爪先に力を込めて跳ねるように前へ押し出す。



 三歩目、押し出した勢いを殺さないよう、膝の柔軟性をフル稼動させ滑るように前へ進む。その際前のめりに倒れるな姿勢になるが気にしない。



 四歩目、タキシードの男はもう目の前。今度は左足で床を蹴る。浮き上がるオレの体。体は慣性の法則に従い、空中を滑るように男の下へと跳んでいく。 男の胸を潰すつもりで空中をスライド気味に滑空しながら、右足を前方に突き出す。いわゆるラ○ダーキック。……絶対昨日見た特撮ものの影響がでてるな。



 ……まったく。さっきまでの怯えは何処に行ったのやら。



 全力を込めた跳び蹴りが迫るなか、タキシードの男は相も変わらず笑っていた。


 再び背筋に悪寒が走る。やっぱりまずかったんじゃないか?迂闊に飛び込むべきでは無かったんじゃないか?


 再度襲って来た恐怖に揺れ動く精神。しかし時既に遅く、飛び出した体は真っ直ぐタキシードの男に向かって行く。クソッ! こうなりゃやってやれだ!!


 オレの足がタキシードの胸ポケット辺りに触れた。当然だ。男は避けようともしてないんだからな。ならこのまま押し潰してやる!


 そう思った次の瞬間、目の前から男の姿が掻き消えた。


「なっ!? あでっ!?」


 驚愕に目を見開いたのもつかの間。オレは思い切り壁に激突た。


 そりゃそうか。クッション……じゃなくてタキシードの男が消えたんだからな。


「クソッ!」


 爪先に走る鋭い痛み。壁にぶつかった時に怪我でもしたのだろう。しかし今はそんなことどうだっていい。


「どこ行った!?」


 痛みを堪えて立ち上がり室内を見回す。



 ………………いた!



 姉貴のベッドの横に立っていた奴はチラリとオレの方を見た後、実にゆったりとした動作でシルクハットの位置を調整し始めた。


「おいお前!!」


 オレは叫んだ。話が通じるかなんて解らなかったがとにかく叫んだ。それに対して男は、


「ん? 僕のことかい?」


 と、クスクス笑いながら言葉を返してきた。


「いや~驚いたよ。キミ、僕が見えるんだね」


 何を言ってるんだかよく解らないが、とにかく言葉は通じるようだな。


 オレは尋ねる。


「おいお前。これはお前がやったのか?」


単刀直入にそう尋ねると、タキシードの男は笑いながら「そうだ」と言った。


 これで決まった。オレは目の前のタキシード野郎をブッ壊そう。


「……死ね」


 静かにそう告げ、オレは男に殴り掛かる。


 一気に距離を詰め右の拳を放つ。目標はやつの鼻っ柱。


 そのにやけた顔をブッ潰してやる!



 ゴッ!!!



「おやおや。出会って間もない相手に暴力を振るうとは。あまり褒められることじゃないですね」


 涼しげにタキシードはそう言った。一本の指でオレの拳を受け取るながら。


「っな!?」


オレは目を疑った。だってありえねーだろ普通!ああいうのはテレビや漫画の世界だけのものだろ!!


 腕に拳にいくら力を入れてもびくともしないその指を睨む。まあ睨んだくらいでどうにかなる訳でもないがな。


 そんなオレの背中は、きっと汗でびっしょりになっているだろう。


「フフフ。暴力はいけませんよ、暴力は」


 気が付くと、目の前にほっそりとした手が翳されていた。


「そんな悪い子には……お仕置きです」


 咄嗟に払おうとしたが、手の動きはオレが払うより速かった。



 ――――バゴンッ!



 オレの額に衝撃が走った。


 額への痛烈なる一撃。人はこれを《デコピン》と呼ぶ。


「いぎっ!!」


 しかし、これはただのデコピンではなかった。主に威力が。どれくらいかというと、その一撃を受けたオレが背後の壁まで吹っ飛ばほされたどだ。


 オレは壁に身を預けズルズルと崩れ落ちる。デコピンはオレを吹き飛ばしただけではなかった。頭の奥にまでしっかりと衝撃を届かせていたのだ。


 何だよ、何なんだよアイツは!! ただのデコピンでここまでダメージを与えられるなんて聞いたこと無いぞ!!


「せっかく貴方に会えたのだから、御礼の一つでもしておこうと思っていたのですが……」


 ズボンが少しずつ湿っていくのを感じながら、オレは力なくタキシードの言葉を聞いていた。


「あなたがあまりにも暴力的な人間だったのでつい……。言っておきますが、今のは正当防衛ですからね?」


 ああ、くそっ! あのにやけた顔を今すぐにぶん殴りたい!!


 デコピンが脳に与えたダメージが大きかったのか、今のオレは恐怖など微塵も感じてはいなかった。心を支配しているのは怒りと憎悪。もし体が動いていたら、奴ののど笛を掻っ切っていただろう。


「フフフ。そんなに強くした覚えはないんですけど」


 しかし残念ながら、体に力が入らない。指一本だって動かせない。悔しさに歯噛みして初めて気づく。口は動くじゃないか!!


「おい、お前……」


 声を震わせてタキシードに話しかける。聞くべきことはそう多くない。まずは最初の質問。


「お前が、姉貴をこんな風にしたのか?」


「ええ。この状況を見てそれが分からないほど、あなたはおバカではないようですね」


 一言多い野郎だな。まあいい。次の質問だ。


「いったいどうやって?」


「それを話すことは出来ませんね~。なぜなら私はべらべらと相手に自分の手の内を教えるようなマヌケではないのですから」


 それもそうだよな。……次。


「お前は何者だ?」


「そうですね……。見てのとおり、タキシードさんとでもお呼びください。」


 こいつ、俺を馬鹿にしてるのか? 最後の質問。



「天国と地獄……どっちに逝きたい?」



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