第三話 大人ってズルい
翌日、日曜日の午前中のこと。
『ピンポーン』
この日も黒星家のインターホンは、来客を知らせるチャイム音を鳴らした。
「ハジメ、ちょっと出てくれる?」
「わかった」
キッチンで水仕事をしていた母親の愛美に頼まれ、創はダイニングルームから玄関へと向かう。
「お届け物です」
創が配達員から受け取ったのは、A4大の厚みのある段ボール箱だった。
創は、その箱を持ってリビングに足を運び、父親の竜彦に声を掛ける。
「お父さん。これ、お父さん宛てだよ」
「――来たか!」
リビングのソファでくつろいでいた竜彦は、急に勢いよく立ち上がった。
創は、いつにない父親のテンションの高さに面食らった。
「楽しみにしてたんだよなーっ!」
竜彦は段ボール箱を創の手から半ば奪うようにして受け取ると、カッターナイフを持ち出してリビングの角で早々と開梱し始めた。
約十秒後、段ボール箱から出てきた中身を見て、創は目を丸くした。
それは、プラモデルのパッケージだった。半世紀近く続いている有名なロボットアニメシリーズの関連商品で、プラモデル自体も一種のブランドになっているものだ。
「やった! ……やっと、ユニコーンをこの手で組み上げられる日が来たぞ!」
竜彦はパッケージを頭上高く掲げ、くるくるとその場で小踊りし始めた。
創はあっけに取られていた。――こんな風にはしゃぐ父の姿を見るのは、いつぶりだろうか。まるで、童心に返ったかのようだ。
「お父さん、プラモデル好きだったの!?」
創にそう尋ねられたところで、竜彦はようやく小踊りを止めた。目でも回したのか、竜彦の足元は少々怪しかった。
「……あ、あぁ。実はな」
(全然、知らなかった)
創は、自分が父親の趣味を知らなかったという事実に、若干のショックを受けていた。
――思い返せば、創がロボット物のテレビアニメを観ているとき、たびたび竜彦が話しかけてくることがあった。そんなとき創は、「お父さんもこういうのが好きなのかな」と思ったことはあったが、深く考えたことはなかった。
しかし、創が知る限り、家にはプラモデルの類は一つもなかった。
したがって、創が竜彦のこの趣味に気づかないのも当然だった。創はといえば、プラモデルに興味がないわけではなかったが、そちらよりは漫画や本の方に小遣いを費やしていた。
「な、なんで、今まで隠してたの?」
創が問うと、竜彦は決まりが悪そうに指で頬をかく。
「いや、別に隠してたっていうかな……まあ、今までは忙しかったからな」
竜彦のその台詞には、一家の大黒柱としての苦労がにじみ出ていた。
二人の子供が大きく育つまでには、それなりの苦労があったのだろう。
しかし、中学生の創にとって、そんな苦労は想像の範囲外だった。
「実は、倉庫をレンタルしてるんだよ。昔のコレクションは、そっちに置いてある」
竜彦の口からそんな追加情報を聞いて、創は再び驚かされた。
竜彦が言うには、家にはあまり置けるスペースがないし、目につく場所にあると気になって仕方がないという話だった。竜彦は、誘惑を断つという意味も込めて、長年買い集めてきたコレクションを倉庫に送ることにしたのだ。
しかし最近は余裕ができたので、コレクションの中からお気に入りのものを選んで家に置いたり、組めずに「積みプラ」になっていたものを徐々に組み立てるつもりだという。
その第一弾が、今日届いた「ユニコーン」という名称のロボットだそうだ。
「――じゃ、俺は今から書斎でこれを組み立てるから」
一通りの話を終えた竜彦は、パッケージを持って二階の書斎へと向かって行った。
創は、やや呆然とその後ろ姿を見送った。
「……ねえ、お母さん。あれはアリなの?」
水仕事を終えてリビングにやって来た母親の愛美に対して、創は二階の書斎の方を指差して尋ねた。
わざわざ創がそんなことを愛美に尋ねるのは、黒星家特有の慣習によるものだ。
黒星家の中で、家庭内の規律に最も厳しいのは愛美である。愛美は、時には寛容な竜彦に妥協する姿勢を見せることもあったが、創や聖蘭にとっては、「何かをやるためには、まず母親の許可が必要」という認識が刷り込まれていた。
そして、創の認識においては、父親の竜彦もその例外ではなかった。それは、黒星家の家計を握っているのが愛美であり、竜彦が彼女を立てる姿勢を子供たちの前でも見せてきたからだった。
ところが、創の疑問を聞いた愛美はぱたぱたと手を振った。
「ああ、いいのいいの」
愛美はソファに腰を下ろすと、テレビと接続したタブレットを操作して、人気のドラマの配信を観始める。
「別に、お小遣いを増やしたわけじゃないし。お父さんにも息抜きは必要でしょ」
あなた達も大きくなったしね――と言う愛美が、創にはいつもより柔らかい顔つきをしているように見えた。
しかし、――
(――えっ……。それって、ズルくない……?)
創の立場としては、心中穏やかではいられなかった。それもまた、無理のない話なのであった。
これまで創は、ゲームを買うことを親に禁止された結果、友達との話題についていけなくて悲しい思いをしてきた。それなのに、大人たちはルールの枠を好きにいじって、やりたいことを自由にできるのだ。……創の視点では、そんな風に映った。
(……それなら僕も、お小遣いの範囲でゲームを買ってもいいんじゃ……?)
創の胸中で、そんな願望に似た期待が芽生えかけた。そのとき――
「――ゲームは駄目よ。一高、目指すんでしょう? 勉強がんばりなさい」
「げげっ……」
愛美は、そんな創の心の動きを読んだかのように釘を刺してきた。
一高――第一高校は、この地域ではそこそこ成績ランクが上の進学校で、塾に通い始めた創が愛美から目標として提示された高校だ。
どうやら、先ほどいつもより優しげに見えたのは、創の勘違いだったようだ。創の眼前には、いつもの教育ママ然とした母親の顔があった。
創は淡い期待を打ち砕かれ、肩を落としてため息をついた。