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第一話 すれ違う昼夜

「はぁ……」


 木曜日の放課後。

 ある中学校の図書室の中で、悩ましげなため息の声がもれた。

 この学校の生徒である黒星(くろぼし)(はじめ)はこのとき、図書室内のテーブル席に腰かけて読みかけのライトノベルを開いていた。なお、ため息の主は創ではない。


 あの日曜の夜の事件(・・)から、四日が経っていた。


 創は頭を上げて、ため息が()こえた方向を見た。すると、クラスメートで図書委員の白藤(しらふじ)友理(ゆり)が、すぐ近くの席に座って(うれ)いをおびた顔をしていた。


「白藤さん、どうしたの?」


 創も同時期に図書委員をしていたことがあったので、友理とは女子の中では話しやすい間柄(あいだがら)だった。


「あ、黒星君」


 創に話しかけられた友理は、「うーん」と少し思い悩む様子を見せた後、何かを決心した様子で口を開く。


「ちょっと話を聞いてくれる?」


 創は「いいよ」と(うなず)いた。

 しかし、図書室の中でおしゃべりを続けるのは周りに迷惑である。

 そこで二人は図書室を出て、帰りの道中で話をすることにした。


「――お、ハジメじゃん。……っと、白藤(しらふじ)さんも一緒か」

「マサヒロ、まだ居たのかよ」


 校舎を出る直前、二人は下足置き場の近くで別のクラスメートと出くわした。

 彼の名は岡村正洋(まさひろ)(はじめ)にとって、クラスで最も親しい友人だ。正洋は創と漫画やアニメの趣味が近く、話していて馬が合った。


「なになに? 二人でデート?」

「ばか、そんなんじゃねぇよ」

「……で、デートって、そんな……」


 からかってくる正洋を、創は適当にあしらった。

 友理(ゆり)は「デート」という単語に反応してやや気恥ずかしそうにしていたが、正洋に悪意はなかったようで、すぐにどこかへ退散していった。


 その後、創と友理は左右に並んで、最寄り駅までの道を歩き始めた。

 ここからは、その道中での二人の会話に焦点(しょうてん)を当てる。


「――実は私、インターネットで小説を投稿してるんだ」

「えぇぇっ、白藤さんも!?」


 友理の開口一番の言葉を聞いて、創は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。まさか、インターネット上で小説を投稿するような中学生が、同じクラスの中で自分以外にもいるとは思わなかった。


「ど、どうしたの? そんなに驚いて」


 そんな創に友理が戸惑(とまど)うのは当然のことだ。


「あ、いやいや! ちょっと意外で、びっくりしたってだけ」


 創は、あわててその場をとりつくろった。


「――それで?」


 (はじめ)に話の続きをうながされ、友理(ゆり)は小首をかしげながらも素直に応じる。


「うん。それで、〈オプチャー〉っていうSNSがあるの、知ってるかな? 匿名(とくめい)なんだけど、同じ趣味の友達で集まって、テキストとかボイスでチャットができるやつ」

「あ、ああ。〈オプチャー〉ね。知ってるよ。使ったことはないけどね」


 創の最後の言葉はウソである。

 創がネット上で小説を投稿していたとき、投稿サイトと同じハンドルネームで活動していたSNSこそが、その〈オプチャー〉であった。


「その〈オプチャー〉で割と仲が良かった人が、最近急に退会しちゃって」

「それは残念だね」

「退会直前に、『家族バレした』ってコメントしてた」

「へ、へぇ〜」


 創は胸中で冷や汗をかいていた。

 まるで、つい先日の自分のことのようではないか。


(――い、いやあ、そういうのって、意外とよくある話なんだなぁ……)


 創はこのとき、そんな風に自分に言い聞かせていた。

 広いインターネットの世界で、クラスメートと偶然出くわすなんてありえない――そう考える方が自然だった。


「ネットのつながりって(はかな)いよね。そんなことであっさり切れちゃうんだって思ったら、なんか(さび)しくて」

「……そうだね」


 話が一区切りついたところで、創は念のため友理に一つ質問してみることにした。


「そうだ、白藤さん。その退会した人のニックネームって聞いてもいい? もしかしたら、何かわかるかも」

「あ、うん。いいよ。えっとね、『漆黒魔天卿(しっこくまてんきょう)』さんだよ」


(………………僕じゃん)


 それは、まぎれもなく創が使っていたハンドルネームだった。



    ††



「……ハジメ、いる?」


 同じ木曜日の夜のこと。

 黒星聖蘭(せいら)はノックをしてから、弟である(はじめ)の部屋を(のぞ)いた。

 しかし、室内は無人で、創が帰宅した形跡(けいせき)はなかった。


 聖蘭は一階に降り、母親の愛美(まなみ)に創の居場所を尋ねることにした。


「お母さん、ハジメは?」


 このとき、愛美はキッチンで夕食の用意をしていた。


「ああ。ハジメなら塾よ」


 創は今週に入って突然、学習塾に通いだした。

 聖蘭がそれを知ったのは一昨日(おととい)の夜のことだった。


「塾……今日もなんだ」


 呆然(ぼうぜん)とつぶやく聖蘭に対し、愛美は(はず)んだ声で(こた)える。


「あの子がやる気になってくれて嬉しいわ。最近はしょっちゅうスマホで遊んでたみたいだし……。――もう、取り上げた方がいいかしらね」


 愛美のその恐ろしい考えに、聖蘭は顔を青ざめさせた。

 創にねだられてスマートフォンを買い与えたのは両親の判断だったが、真面目な愛美は悪影響を気にしていて、どちらかといえば反対していた。聖蘭は自分がスマホを手に入れたときの経験もあり、そのことをよく理解していた。


「……ま、まじめに勉強してるんだったら、そこまでしなくてもいいんじゃない?」

「そうねぇ。それでヘソを曲げられても困るし、ちょっと様子を見ましょうか」


 聖蘭がフォローした甲斐(かい)もあって、愛美が今すぐ強権を発動することはなさそうだ。聖蘭は、ほっと胸をなで下ろした。


 二人がそんな会話をしていたとき、ダイニングルームに父親の竜彦(たつひこ)が入って来た。竜彦は帰宅してから間もない様子で、まだ外行きの服のままだった。


「なんだ。ハジメは今日も塾なのか」


 どこから会話を聞いていたかはわからないが、竜彦も(はじめ)の不在に気づいたようだった。


「それにしても、急に『塾に行きたい』なんて。何かあったのか、あいつ?」


 ――サクリ。


 竜彦の言葉は、それと意図しないところで聖蘭(せいら)の胸に突き刺さっていた。

 竜彦が言った「何か」――その原因はきっと、日曜の夜の出来事だろう。


 聖蘭にからかわれ、深く心を傷つけられた創は、思い詰めた結果として塾に通うようになったのだろう。それは、小説の執筆活動からすっぱりと決別するための行為だったのかもしれない。……とはいえ、聖蘭には正確なところはわからなかった。


 聖蘭は先日の出来事から四日が()ったいまでも、創に謝ることができずにいた。というより、創から明確に接触を()けられており、まともに会話することさえできていなかった。


(早く謝りたいのにな……)


 聖蘭はそう思っていた。


「――いいじゃない。せっかくやる気になったんだから」

「まあ、それもそうか」

「…………」


 そんな事情を知らないだろう両親のやりとりは、聖蘭にはどこか遠くの出来事のように感じられた。


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