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無表情な私と無愛想な君とが繰り返すとある一日の記録  作者: 四十九院紙縞


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12/12

(12)――「ね、猫塚君……」

 どうやら私は、一週間ほど昏睡状態にあったらしい。

 そうなった原因は、例の通り魔の被害に遭ったことにあるそうだ。

 私はどこか他人事のように被害状況を聞いていたが、それも仕方がないことである。なにせ、私の記憶は通り魔と遭遇し接近してきたところまでで止まっている。いや、腹部に生々しい傷跡があるのだから、確かに被害には遭っているのだけれど。

 辛うじて覚えていたことといえば、偶然その場に居合わせ、私を庇ってくれたクラスメイトが居るということくらいだった。

 クラスメイト。

 緊張すると無愛想になってしまう、猫塚君。

 彼も、この病院に居るのだろうか。

 すぐにでも彼を探しに行きたかったが、如何せん、一週間も昏睡状態にあったのだ。そうでなくとも、通り魔に腹部を刺されていて、身体も自由に動かせない。目が覚めてからの私は、されるがまま検査に次ぐ検査に連れ回された。

 一通りの検査が終わり落ち着いたのは、夕方頃。

 父と、連絡を受けてやって来ていた母は、一旦家に帰ったこともあり、私は一人病室でのんびりとしていた。

「久しぶり。それとも、おかえりって言ったほうが良いのかな」

 と。

 声がして、病室の出入り口を見ると、猫塚君が居た。

 私と同じ病衣を着た彼は、カラカラと点滴スタンドを押して病室に入ってきたかと思うと、近くにあったパイプ椅子に腰を掛ける。

「ともあれ、あの日から脱出できたんだから、まずはおめでとうなのかな」

「ね、猫塚君……」

 震える声で呼びかけた私に、猫塚君は優しく、うん、と頷いて、言う。

「俺はね、一昨日に目が覚めたんだ。怪我のほうも、言うほど大事じゃなかったみたい。たぶん、だから狐井さんより早く目が覚めたんだろうね」

「訊きたいことも、言いたいことも、いっぱいある。あるんだよ、猫塚君」

「はは、最初に会ったときみたいなこと言うね」

 からかうような物言いに、私はちょっとだけ頬を膨らませた。が、違う、そういう話がしたいんじゃない。

「猫塚君も覚えてるんだよね? 繰り返してた一日のこと」

「うん。全部覚えてるよ。毎日河川敷に集合してたことも、お互いの悪癖を治そうといろんなことに挑戦したことも、全部覚えてる」

 それなら、私から言うべきことがある。

 小さく深呼吸をしてから、私はすっと猫塚君を見据えて、言う。

「猫塚君、酷いこと言って、ごめんなさい」

 まだ身体が上手く動かない中で、どうにか可能な限り頭を下げた。

「……うん、良いよ。許すっていうか、謝罪を受け入れるっていうか。はは、『ごめんなさい』って言われたときに返す定型文がないの、地味に困るね」

 猫塚君はそう言って、困ったように笑う。

「あれが狐井さんの本心じゃないことくらい、わかってるから大丈夫。言いたくない言葉が口をついて出ちゃうことって、俺もたまにあることだし。気にしないで良いよ」

 それよりさ、と猫塚君は、話題を変えることにしたようだ。

「狐井さん、具合はどう?」

「……うん、平気」

「お互い、致命傷にならなくて良かったよ。ああ、犯人は俺らを刺した直後に捕まったらしいよ。俺がスマホで緊急通報できたってのが良かったみたい。警察の人から褒められちゃった」

「刺されたあとも、意識があったの?」

「ちょっとだけね。でも、通報したところで俺も気を失って、気づいたらあの日に閉じ込められてた。だけど、通り魔に遭遇したときの記憶はごっそり抜け落ちてたな。それは狐井さんも同じなんだよね?」

「うん」

 不思議なもので、もっと目を凝らしていればすぐにでも通り魔に繋がる情報は手に入れられたはずなのに、私も猫塚君も、それに長いこと気づけなかった。

 怖いことから無意識に目を逸らしていたのかもしれない。

「あの日……って言っても、ややこしいか。ええと、河川敷でちょっとした喧嘩になった日の夜に、考えてたんだよ。どうして俺は、一番最初に駅前広場で泣いてる狐井さんを放っておけなかったのかって」

「それは、同じ境遇の人を見つけたからなんじゃないの?」

「それもあるけど。なんていうのかな、既視感みたいなのがあったんだ。また泣いてる。そう思ったのを覚えてる。だけど、俺はその日まで狐井さんが泣いてる姿なんて見たことないはずなのに、どうしてだろうって思って記憶を辿っていったら、通り魔と遭遇した日のことを思い出したってわけ」

「思い出せたから、脱出できた?」

「そうかもしれない」

 猫塚君は思案顔で頷く。

「思うに、あそこは生と死の間みたいなところだったんじゃないかな。ほら、前に言った、同じ境遇の二人。あの人たちも、同じ通り魔の被害者だったんだ」

「なるほど……」

 頷くと同時に、ぞっとする。

 仮に、あの一日が猫塚君の言うような場所だったとして。

 私はずっとなにかに恐怖を感じ、縮こまっているだけだった。けれど、もしも私があの場で『死にたい』なんて願っていたら、どうなっていただろうか。

 生と死の境目。

 運命の境界線。

 生きたい、なんて強く前向きな感情は、私にはなかった。

 私の中にあったのは、ただひとつ、もっと単純なものだ。

「……また猫塚君に会えて、嬉しいよ」

 零れるように口から出た言葉だけれど、これは本音だった。

 これがあったから、私はあの日から脱出できたし、生き続けているのだと思う。

「俺も、めっちゃ嬉しい」

 そう言って、猫塚君はくしゃりと笑ってみせた。

 それにつられて、私は表情筋が悲鳴を上げるのも無視して、彼と同じように笑った。




 終


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