三日月に寝そべって
「ほら、宏。三日月がきれいだね」
私は幼い息子の宏に向かって言った。
「そうですね。お父さん」
「あの星空に梯子をかけて三日月に寝そべってみたいなぁ」
「それは不可能です」
宏はピシャリと言った。
「へっ?」
私は情けない声を上げた。
「あ~、さすがにそんなに長い梯子は……」
「お父さん、三日月の欠けているところには何がありますか?」
宏が私の眼を真っ直ぐに見据えて言う。
「何があるの?」
「月です。黒く影になって見えないだけで、満月の時と同じくそこには月があるのです」
「ひゃい」
「よって、月が邪魔で三日月に寝そべることは出来ません」
「ひ、宏はすごいこと知ってるね~」
「テレビでやってたんです」
「『三日月には寝そべれない』って?」
「いえ、三日月の欠けたところに星を描いた絵を見せて『これは間違っている』って」
「ほぉ?」
「三日月の欠けたところには見えないけど月があるから星は見えないって」
「ほぅほぅ」
「だから、三日月に寝そべることも出来ないんです」
「それはすごいぞ宏!」
「どうしてですか?」
「分からないか?」
「だって、テレビで聞いた話をそのまましただけ……」
「全然そのままじゃないぞ」
「え?」
「そのままの奴ってのはせいぜい『三日月の欠けたところに星を描いちゃダメだ』っていう事を覚えているだけだ」
「そうなんですか?」
「ああ、で、もうちょいマシな奴は『三日月の欠けたところには月がある』ってことも覚えている」
「それが僕?」
「いやいや、おまえはそんなもんじゃない。普通の奴は『三日月の欠けたところには月がある』っていう事をただ知ってるだけだ。でもお前は違う。お前のは生きた知識だ。『三日月の欠けたところには月がある』『そこに月があったら何が起こる?』って考えて、自分で『三日月に寝そべることはできない』ってことに気が付いた。こりゃあ、全くテレビの言ってたことそのまんまなんかじゃないぞ!」
見ると宏の眼が爛々と輝いていた。
「じゃあ、僕、すごいの?」
「ああ、すごいぞ! まったくお前は大した奴だ!」
三日月なんかに届くはずもなかったが私は宏を肩車した。