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智慧の魔女の放浪譚〜活字らぶな黒髪少女は異世界でのんびり旅をする。精霊黒猫を添えて〜   作者: 嘉神かろ


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八の浪 独立迷宮都市バランシエ①

 薄暗い中、石の段をコツコツと鳴らしながら登る。足音は一人分。けれど隣にはもう一つ小さな気配があって、それが何より頼もしい。私の相棒で、二尾の黒猫のような姿をした亜精霊、アストの気配だ。

 不意に、重く湿り気を帯びた空気に爽やかな風が混ざった。地上が近いらしい。気持ち足を速めて、この角を曲がった先にあるはずの光を目指した。


「お疲れ様です」

「ええ、ありがとう。貴方たちもお疲れ様」

「お疲れさまー」


 光の中へ出てすぐ、左右にいた戦士たちに声をかけられる。エルフと龍人族のギルド職員で、二人ともBランク相当の実力はあるだろう。彼らが入り口を守っていて、私たちが今まで居た場所、それが世界最大にして最高難易度を誇る迷宮、バランシエ大迷宮だ。

 その大迷宮から離れながら、いつものようにアストを魔女帽の内に入れる。ここは獣人族も多いから。この街に来てしばらく経つけれど、彼らの視線にはまだ慣れないみたい。


 スズさんが『黒の女神』だと知った日から数日後、私たちは北へ向けてノウムドワン王国を旅立った。今いる街を目指して海岸沿いに北上したわけだけれど、道中については、まあいずれ旅行記か何かの中で語ることもあるかもしれない。

 ともかく、そうしてこの街、独立迷宮都市バランシエにやって来たのは、スズさんとの冒険が切っ掛けだ。あの日が切っ掛けとなって、二つの理由が私の足をこの地に運ばせた。

 一つは、彼女との冒険で迷宮探索への興味が強まったこと。そしてもう一つは、もっと強くなりたいと思ったこと。


 これは憧憬、なのだろう。カノカミをしばくっていう目標とは別の、強くなりたい理由。この世界で生きていくのに必要な強さの、ずっと先を目指す理由が、もう一つ出来てしまった。

 迷宮探索への興味は正直おまけに近い。『智慧(ちえ)の館』の力を使えば分かってしまう、その奥底に眠るものを、自分の目で見たい。それまでの景色を楽しみたい。その気持ちに嘘偽りは無いのだけれど、スズさんへの憧憬に比べたらね。


 そうしてこの何よりも強さがものをいう街に来て、数年が経った。

 

 迷宮を囲う巨壁の外に出ると、独特の緊張感が消え去る。代わりに街特有の喧噪が辺りを支配した。商人たちの売り文句に、道ばたで揉める冒険者たちの怒声、それから財布をすられた男の慟哭。はっきり言って、治安は良くない。石で作られた街のあちこちには浮浪者たちの姿が多くあるし。あの男の人から財布を盗んだのも、そんな家を持たず宿にも泊まれない人々のうちの一人なのだろう。


「あの坊主、なかなか良い手際だったな。しっかり仕込めば良いシーフになるんじゃねぇか?」

「かもね。それにしたってあいつは情けないね。この街に来てもう長いでしょ」


 どうやら下手人は子供みたい。家なき孤児か、孤児院の子か、そこまでは分からないけれど、その少年には賛辞が向けられていて、すられた男の方には嘲笑が浴びせられる。ここは、そういう街だ。


「っと、すみません……」

「くそっ、道の真ん中でぼうっとしてんじゃねぇ!」

「……すみません」

 

 茫然自失としていたあの商人はきっと、騙されて一文無しにでもなってしまったのだろう。この街では、騙されたあの商人が悪いと言われる。


 冒険者ならば力が、商人ならばお金が、或いは知恵が、この街で正義を決める強さとなる。弱肉強食を体現したのがこの街だ。


 ぼんやりとある前世の記憶からすると酷い街だろう。けれどもここは、あの世界よりずっと死が身近で、厳しい世界だ。だからこその優しさもあるけれど、まあ、この街に思うところは特に無い。価値基準が明確な分過ごしやすいまであるかもしれない。

 アストも同じ意見だ。むしろ私以上に自然と受け入れているように見える。


 私たちがこの街の中では上澄みの強者っていう理由が大きいのだろうけれど。


 ――まあ、ここまでは『智慧の館』でも得られる知識。それだけでは見えないものもあるということも、私がスズさんから学んだことだ。


 天真爛漫なあの笑みを思い浮かべながら迷宮を囲む巨壁、ただ()と呼ばれるそれのすぐ前にある建物へ入る。壁に負けないくらい大きなこの建物は冒険者ギルドの本部であり、グランドマスターがいる場所だ。つまりは、『女神の侍女』と同格の神が御座す場所となる。この無駄に頑丈な防壁も、壁の魔術的な防御も、全てグランドマスターの魔力によって維持されているみたい。


「よう、今日は早いんだな。いつも夕方くらいまで潜ってるだろ」


 その冒険者ギルドへ入ってすぐにそんな声が聞こえた。正面から来る彼、ヴァンのものだ。アストが魔女帽を押し上げて顔を出す。

 ヴァンは三十半ばのちょい悪おやじといった風貌の人族で、大迷宮の百十階層あたりの魔物の素材から作った装備を身に纏っていた。


「ちょうどキリが良かったから」

「今回は百五十階層まで行ったんだ」


 アストの得意げな顔が目に浮かんで、苦笑いが零れてしまう。ヴァンの驚いたような顔は、合わせてくれたのか素なのか。たぶん両方ね。


「最高到達点が見えてるじゃねぇか。まさか俺の現役中に記録更新されるなんてなぁ」

「気が早いわよ。まだ三十階層もあるし、ここから先は一筋縄じゃいかない」


 なにせ、スズさんたちが悪ふざけが過ぎたと記録してるくらいなのだから。

 と、そろそろ報告を済ませてしまおう。話はそれからでも出来るのだし。


「ヴァン、先に報告し――あら、あの子は……」

「あん? ありゃラムダたちのガキじゃねぇか。なんでまた一人で……」


 冒険者ギルド周辺は比較的マシとはいえ、それでも壁の周りは子供だけで来るところではない。以前に見かけたときも両親と一緒だった。いずれは両親と一緒に迷宮に潜るんだと笑っていたのを覚えている。名前はたしか、ライル君だったかしら。

 彼は何かを探すようにキョロキョロ辺りを見回していて落ち着きがない。知らない冒険者が近くを通るたびに肩を震わせてもいて、不安を抱えているのも分かる。この位置からではよく顔が見えないから、どんな表情をしているかまでは分からないけれど……。


「あの男の子、泣いてるみたい」


 やっぱり。

 アストの耳でようやく聞き取れる程度ってことは、頑張って抑え込んでいるのね。そうせざるを得ない理由には、この街なら誰でも思いつく。


「ヴァン」

「ああ。けどお前は先に報告をすませてきな」

「ええ、ありがとう」


 一応アストを預け、一番空いているカウンターに並ぶ。ヴァンが男の子を食堂の方に連れて行くのを横目に見ながら、この懸念が早とちりであることを祈った。



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