四の浪 王都エルデン①
「んっ……ふぅ。流石は王都。入るだけでこんなに並ぶなんて」
病に苦しむ村を出て、数ヶ月。私たちは漸く、王都エルデンに到着した。流石は世界最大の森に接する中で最大規模の国と言うべきか、街に入るだけで二時間くらい並ぶ事になってしまったのだけれど。
「こんな事なら、もう少し依頼を受けてたら良かったね」
「そうね……」
つば広の帽子から顔出したアストも何処となくぐったりした様子。並んで待つだけというのが精神的に疲れるのはよく分かる。
彼の言うようにもう少し依頼を受けて、Bランクになっていたら、こんなに待たなくて済んだのだけれど。
ちなみにAランクなら貴族用の門が使えるらしい。それだけギルドに信頼と権力があるという事なのだろうが、まあ、当然か。本物の神がトップに居ると王族達は知っているのだから。
「それより、早く宿に行こうよ。ここは人が多くて嫌だ」
確かに、日本の政令指定都市と同じくらいには人が行き来している。三階建てより高い建物も少なくは無く、都会然とした街だ。所々にはガラスも使われているし、ずっと森で暮らしていたアストは慣れない空気だろう。
「宿に行くのは良いけれど、またすぐ出るわよ?」
「えぇっ!?」
「ちょっと、前見えない」
顔に覆い被さるように身を乗り出すアストを掴んで地面に下ろす。彼はよほど休みたかったみたいで、私と同じアメジストの瞳にありありと不満の色を浮かべていた。
「当然。やっと物語にありつけるのよ? 休んでなんて居られない」
「明日でいいじゃん!」
「だーめ」
私がどれだけこの日を待ち望んでいたか、アストだって知っているでしょうに。別に宿で待っていても良いと言ったのだけれど、それは嫌らしい。
「だって、絶対長い。暇」
「否定はしない」
生活に支障のない範囲で買えるだけ買うつもりだし。まあ、どこか照れたような様子を見るに、他にも理由はありそうだけれど。
「ふふ」
「……なにさ」
「いーえ?」
後ろで手を組んで、一層機嫌の良くなったのを自覚しつつ少し足を早める。自分の反応が少し意外だけれど、これも悪くない。
そうして歩いていると、先の方に人集りが出来ているのが見えた。どうやら何か演説をしている人がいるみたいだけれど、広場になった場所という訳でも無いから少し邪魔だ。アレを迂回しなければいけないせいで、人口密度が凄いことになっている。お祭りで良くある様子だ。
「なんの話をしているのかしら?」
「さあ?」
王政のこの街で選挙は無い筈だし。
なんて考えていたけれど、アストは興味が無いらしく、さっさと帽子の中に避難してきた。
私としては、変な運動なんてされていたら本を買うのに支障をきたしかねないので、一応確認しておきたい所だ。
「あれは、闇森妖精族ね?」
「ん、ダークエルフ?」
これまで見た事のない種族に多少興味が湧いたみたいで、アストが顔だけだす。実際、少数種族ではあるが、このエルデア王国の王都ともなれば当然のように居るらしい。
「ねえ君、猫妖精はもっとしっかり隠れていた方がいいよ。アレ、エスプレ教の演説だからさ」
不意に、後ろからそんな声をかけられた。
声の主を確認する前に帽子を深く被り直し、アストを隠す。抗議するような声が聞こえたけれど、気にしない。
「――精霊様こそ私たちの生活を支え、お守りくださっているのです! 確かに三女神はこの世界を創りたもうた! ですが、最も感謝し敬うべきは精霊様以外にありませぬ! さぁ、今日を生きられる幸福を精霊様に感謝いたしましょう!」
中年を過ぎた男の声だ。私の身長では顔は見えないけれど、妖精種であるダークエルフならある程度容姿は整っているだろう。言っている事も、何も邪険にするような話ではない。事実、主にこの世界の均衡を保っているのは女神に直接生み出された大精霊達だ。
それでも、エスプレ教と私が相入れる事は無い。
「どーしてアイツらは亜精霊様を嫌うんだろうね? 亜精霊様も精霊様も、殆ど変わらないっていうのに」
僅かな嫌悪感を見せながら声の主は言う。
そう、それが私のエスプレ教を避ける理由。彼らはアストのような亜精霊を蛇蝎の如く嫌っている。迫害すらしている。家族を害す相手だ。私の態度も当然だろう。
「ありがとう。助かったわ」
「いいのいいの!」
礼を言いながら、私は初めて声の主の女性の方を見た。そこにいたのは、綺麗な黄緑色の瞳をした真っ白な髪の可愛い女の子。肩に届かないくらいの長さの髪から覗く耳は尖っており、肌は陶磁のように透き通っている。身長は私より少し高いくらいか。
「森妖精族……。なるほど、あなた、スピリエ教なのね」
「そそ! それじゃ、また会お、人形みたいお姉さん! 今度は私の友達も紹介してあげる!」
颯爽と駆けていく彼女は、よく見れば冒険者のようで、斥候役がよく着ている胸凱を纏っていた。それでも絵になるあたり、流石はエルフと言うべきか。
彼女とは、また縁がある気がする。不思議な予感を抱きながら、私も足を早めてその場を離れた。
読了感謝です。





