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完璧に一日をのりきるために

「クソが、ノーズううぅ!」


 叫び声と共に飛び起きる。

 あのイカれ殺し屋めが。次はお前が殺される番だ。


 ロイグは、大きく深呼吸をして落ち着こうとする。

 今は怒りにかられている場合ではない。

 まずはラウラとウジェの喧嘩を止めよう。


「ありがとう、ロイグさん。おかげで花瓶は割れず、二人がすれ違っていることも分かったよ。これからはラウラを幸せにする。そのためにももっとたくさん話し合う」


 ウジェの言葉に、ラウラも大きく頷いていた。


「ああ、かまわねぇさ。二人仲良くな」


 これからおっぱじめそうな雰囲気の二人から早いところ逃げようとしたところで、ロイグはふと思い出す。


「そういやウジェ、お前さっきまで水路の掃除をしてたんだよな?」


「ああ、そうだよ。なかなかいい稼ぎだった」


「場所はどこだ?」


「西門から少し入ったあたりだけど」


 詳しく訊ねると、城壁の亀裂付近から例の酒場へ向かう途中のあたりだった。


「俺みたいに水路の掃除をしてる奴が何人もいたみたいだよ」


 ロイグは合点が行った。トカゲ男は、掃除された水路を通って酒場の近くまでやってきた。ウジェ達は、その通り道を作るために利用されたというわけだ。


「ついでに聞きたいんだが、この辺りに似顔絵が描けるやつはいないか?」


 ロイグの問いかけに、ラウラとウジェが顔を見合わせた。


「いるわよ」


「マジか? どこにいるか教えてくれ」


 ダメ元で聞いたのだが、予想外の返答だった。


「ここ」


「は?」


「ウジェよ」


 ロイグは驚きのあまり少しの間言葉が出なかった。

 


 ウジェが道具を用意し、真剣な顔で筆を取る。

 

「よし、簡単なやつでいいからな」


「分かった分かった。急いでいるんだろ。じゃあロイグさん、目はどんな感じだった?」


「ふむ。目か。そうだな、いけすかない感じだ」


「それだと分からないよ。大きいとか細いとか、切れ長とかつり目とか垂れ目とか、色々あるだろ」


「お、おお。そうだな。目はそこそこ大きくて少しつり目だ。やけに白目が目立ってたな」


「うん。眼球が小さい感じかな。どう?」


 ささっと描かれた目元の絵を見て、ムカムカした気分が蘇ってきた。ノーズの目元にかなり近い。


「まさにそんな感じだ」


「分かった。バランスは後で調整するから、次は鼻だ」


「……思わずぶん殴りたくなるような鼻だな」


「ロイグさんがどれだけこの人が嫌いなのかは分かったよ。大きいとか小さいとか、高いとか低いとかあるだろ」


「細長い感じだな」


 そんなやりとりを繰り返して、ノーズの似顔絵ができた頃にはだいぶ時間が経っていた。時間がかかったのはほとんどロイグのせいだ。


「おお、そっくりだぜ。やるなウジェ」


「ありがとう。本来ならお金を取りたいぐらいだけど、それはプレゼントするよ」


「わりいな。助かるぜ」


 改めてロイグは二人を見て礼を言う。

 仕事がもうすぐ始まるくらいの時間になっていた。

 ウジェの描いた似顔絵を持って、ロイグは走った。



 詰所に着く頃には、ちょうどゼルが警備へ出ようとしていた。


「ロイグ。サボりかと思ったぜ」


「はぁ、はぁ、はぁ」


 全速力で走ってきたせいで息の乱れがおさまらない。


「大丈夫か? ちょっとだけ休憩しろよ」


 ロイグの呼吸が落ち着いてきたところで、ゼルはスタスタと歩き出した。


「そろそろモンスターが出そうな気がするんだよな。今日は門の近くの警備でいいか?」


「ちょっと考えさせてくれ」


「はぁ?」


 門の近くにいると、侵入してきたモンスターと戦うことになる。普通に戦っているとロイグはグレイウルフに右腕を噛まれてしまう。治療して戻る頃には、モンスターはほとんど退治されている。

 ナファート暗殺事件が起こるのは、おそらくロイグが負傷するくらいの時間帯だろう。モンスターが侵入してからしばらく経った頃だ。

 注意して見ていれば水路を通るトカゲ男を発見できるかもしれない。

 だが、ここでトカゲ男を討伐するのは悪手だ。

 もし操っているモンスターが現れなければ、ノーズは合図の爆発を起こし、ターナがガリン火薬の爆弾を使用する。

 城壁の亀裂を修理した場合に爆発を起こすのは、トカゲ男が侵入できなくなるからだろう。


 ナファート暗殺を止めるには、直接ノーズとターナを止めるしかなさそうだ。下手にモンスターを防いでしまうと、爆発で終わりにされる。

 ノーズとしての最善はモンスターあるいはターナにナファートを殺させることだが、自分さえ巻き込まれなければ爆弾を使うのに躊躇いはないだろう。

 爆発を防ぐためには、モンスターを侵入させる必要がある。ターナが自分の判断で爆弾を使うことはないはずだ。少なくとも、今まではそうだった。

 ノーズは、ガリン火薬の爆弾を警戒して距離を取った場所にいる。

 これがなかなか厄介だ。最初の爆発が起こったあたりを探せば、ノーズは見つかるはずだとロイグは考える。

 ロイグが殺し屋相手にどれくらい戦えるかは微妙なところではあるが、薬を使ったり、ターナを使ったり、モンスターを使ったり、ノーズが直接戦ったところは見たことがない。搦手タイプだとすれば、ロイグでも戦えるかもしれない。

 しかし、ノーズを始末、あるいは足止めできたとしてもモンスターとターナは止まらない。ターナがナファートに接近して殺してしまえば、貴族殺しの犯人として、騎士や警備兵に追われることになるだろう。ノーズに殺しを依頼した貴族が、ターナを守るとも思えない。

 かといって、ターナを止めたとしても、ノーズが野放しになっていれば第二、第三の方法でナファートを殺しに来るかもしれない。

 どうにか同時に対処する方法を、ロイグは考えた。

 そうして、一つの方法が思い浮かんだ。

 自分はターナとトカゲ男に対応する。

 ノーズはゼルに任せる。


 ゼルは警備兵でもトップクラスどころか、騎士団に入っても上位の強さがあるとロイグは思っている。ノーズ()()()に苦戦はしないだろう。

 ゼルがノーズを知らないことが問題点だが、そのために似顔絵を描いてもらった。


 ロイグがそんなことを考えていると、二人は門の近くに来ていた。


「あん? ゼル、俺たちはなんでこんなところにいるんだ」


「門の近くの警備でいいかって聞いただろ?」


「考えさせろっつったよな!」


「黙ってついてくるから了承したのかと思ったんだよ」


 時間が迫ってきている。ゼルを怒鳴りつけても仕方がない。この後頼み事をするので、喧嘩になってはいけないと、ロイグはなんとか気持ちを落ち着かせた。


「なぁ、ゼル。来るかわからないモンスター退治よりもっと楽に確実に稼ぎたくねぇか?」


「ん? そりゃあ稼ぎたいさ」


「看板娘ちゃんとデートするんだろ」


「なんで知ってるんだ」


「ほら。ここに銀貨が五枚ある」


 ロイグは財布から銀貨五枚を取り出した。


「俺の頼みを聞いてくれるなら、すぐに三枚渡す。うまく行ったらもうニ枚だ。いや、もう一枚オマケしてもいい」


 いざという時のために、ロイグはブーツの中に銀貨を一枚仕込んでいる。

 ゼルは腕を組んで悩む。

 というか、悩んでいるふりをしているな、あれは。とロイグは看破する。すぐに頼みを聞いたら安く見られるとでも思っているのだろう。


「……よし、仕方ねぇ。ロイグの頼みなら聞いてやるか」


 話を聞く前にやると言い切ってしまうあたりがゼルだ。ロイグには都合がいいので黙っているが。


「よし、ほら銀貨三枚だ」


 黙って銀貨を受け取って、すぐに財布にしまい込むゼル。まだ頼み事が何か全く話していないのだが、これでは無茶なことを要求されても断りにくくなってしまう。

 今はいいが、ことが終わったら色々と教えてやった方がいいな。マジで大丈夫か、コイツ。看板娘ちゃんにも騙されてるんじゃ……。

 余計なことを考えそうになったが振り払って、ロイグは似顔絵を取り出した。


「コイツを捕まえて欲しいんだ」


 本当なら叩き斬ってくれとでも言いたいところだが、いきなりそんなことを頼んでも簡単に受けてくれないだろう。理由を説明している時間も惜しい。


「誰だ?」


「……悪いやつだ」


「分かった。捕まえればいいんだな」


「おう。爆弾を持ってるから気をつけろよ」


「はぁ? 思ったより物騒な頼みなんだな」


 不安もあるが、今はゼルに頼るしかない。戦闘面ではなんら問題はないだろう。


「で、コイツはどこにいるんだ?」


「それはだな」


 大体ノーズがいそうな辺りを示し、あとは自分で探してくれと言ったら少し嫌そうな顔をしたが、銀貨のためだろうと言ったらゼルは足取りも軽く指示した方角へ去って行った。


 ロイグは大きく息を吸って、吐いた。

 警備兵は自分の武器を持つことを許可されているので、ロイグの背中には長剣が背負われている。

 抜く時に手間取らないように位置を調節して、ロイグは酒場へと向かった。

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