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少女の告白

 ロイグは色街へとやってきた。性欲を発散させるためではない。ターナという幸薄スリ少女を探すためだ。

 この辺りは、モンスターが街中に現れたという話はまだ伝わっておらず、いつもと変わらぬ雰囲気だった。

 ロイグが爆弾の調査中に、爆発から避難するために色街の方まで逃げていたので、トカゲ男が侵入したという話はこれまで知らなかった。

 今回の今日は、新しいことが起きすぎてロイグの理解が追いついていない。

 たしかに、隊長の奢り(一杯だけ)で飲んでいたら、貴族が殺された調査のために酒場を閉めるように命令されていた。

 そのことに対して深く考えていなかったのもあるが、まさか殺された貴族がナファートという大貴族だったとは驚きであった。しかも、その件にスリの少女が関わっているとは。


 だいたいこの辺りだったよな、と考えながらロイグはうろつく。死角から、少女がぶつかってきた。


「ごめんなさい」

 

 幸の薄そうな少女。


「おっと、待てよターナ。その財布は空だ」


 気を張っていたので少女には気がついていたし、財布も中身は抜いてある。それでも、ダミーの財布はしっかりすられていた。ロイグは内心、少女の技量に舌を巻いた。


「誰ですか?」

 

 険しい顔で睨みつけられ、ロイグは困ってしまう。

 ターナを見つけた後のことを全く考えていなかった。


「あー、姿を隠そうとしているんだろ。いい場所があるぜ」


 数秒ロイグを睨みつけてから、ターナはため息をついた。


「……どこですか」


 見知らぬ男によくついてくる気になるな、と思いながらも、ロイグは自分の家へと向かった。

 ターナは、色街なら男女二人で歩いている方が目立たないだろうし、いざとなればこの男を始末して逃げればいいなどと考えていたが、ロイグには知る由もない。


「ここだ」


「ここは?」


「俺の家」


 まさか、家に連れてくるとは。スケべ親父に捕まっただけなのか。まぁ、少し身を隠すくらいなら十分か。などと考えているターナをロイグは招き入れる。

 家の中は暗い。ロイグはランプの灯をつけた。


「タオルありますか?」


「お、おう。ほら」


「水も少しもらいますよ」


 ターナは汲み置きの水でタオルを濡らして顔を拭いた。現れた顔にロイグはぽかんと口を開く。


「だ、誰だお前」


「私のことを知っているのでは?」


 この男は自分の名を呼んだのだ。ターナは訝しんだ。

 化粧を落としたターナの顔を、ロイグは知らなかった。

 幸の薄そうな雰囲気は変わらないが、今までよりも特徴のない顔立ちになっている。人混みに紛れたら、探し当てることは難しいだろう。

 高級な酒場に入っていった少女にそっくりだと思っていたが、今は二人が並んでいても全く似ているとは思えないに違いない。


「知っているといえば知ってるし、知らんといえば知らん」


 ロイグの言葉が要領を得ないので、ターナはまたしてもため息をついた。


「だが、お前がナファートを殺したことは知ってるぞ」


 ため息をついて少し気を抜いた瞬間だったので、ターナはハッと息を呑んでロイグを見る。

 今のは絶妙なタイミングだった。もっと警戒している時にそんなことを言われたら、躊躇わずに刺していたかもしれない。だが、今から動くのは悪手だ。

 ターナは警戒を高め、ロイグの様子を伺う。


「お前は、貴族のナファートに手篭めにされたんだな! その恨みで」


「……全然これっぽっちも違いますね」


 ロイグの思いつきは全くの的外れだったようだ。

 それで警戒を解いたのかは定かではないが、ターナはポツポツとロイグの質問に答えるようになった。


「ええ? お前は殺し屋なのか?」


「はぁ、そうですよ。なんだと思ったんですか?」


「うーん。不幸なスリ少女」


 あながち間違いでもない。


 ロイグはターナに聞いた話をまとめてみた。

 ナファートは国の政治にも関わる高位の貴族だが、敵も多い。本人もそれは分かっているので、警戒は常に厳重である。

 しかし、若い頃に一夜の過ちで出来てしまった娘がいることを最近になって知った。そして、会いたいと思ってしまった。そのため、お忍びで(くだん)の娘が住むというこの街へとやってきた。

 この街の領主の協力を得てその少女を探し、ついに会えることになったのだが、領主の親戚の貴族にナファートの敵がいた。

 領主の親戚は、ナファートを亡き者にしようと企んだ。雇われた殺し屋は、ノーズというヒョロ長い男だった。ノーズは、モンスターを操って強化することができる。そして、暗殺の実行役にノーズの手下であるターナが選ばれた。ターナは化粧による変装ができるので、ナファートの娘に化けて近づくことができると考えられたらしい。

 ノーズが街中へモンスターを手引きし、騎士たちにぶつける。モンスターが騎士とナファートを殺せればよし。うまくいかなければ、ターナが手を下す。

 モンスターの誘導が上手くいかなかったり、不測の事態が起きれば、ノーズは手持ちの爆弾を爆発させて合図をし、ターナがガリン火薬の爆弾で始末を付ける。

 当然、ノーズはガリン火薬の爆発の範囲外にいる。


「爆弾でって……命を捨ててまでか?」


「こんな計画、失敗した時点で生きていられませんよ。どうせ私は捨て駒ですしね」


 実際に、ノーズはターナも殺そうとしていた。

 聞いてしまえば穴だらけの計画のようにも思える。

 だが、これまでロイグが繰り返している全ての日で計画はうまくいっている。


 ターナは、ノーズに裏切られてすぐに街から逃げ出そうとしたのだが、騎士や兵士たち、さらにはノーズまでが自分を探しているため色街に潜伏していた。

 ロイグの財布をすろうとしたのは、逃亡資金を稼ぐためだったようだ。


 ロイグの見立てでは、街から抜け出すことは不可能に思える。街の出入り口の門に見張りを配置すれば、街から出ることは難しくなる。よしんば隙をついて逃げ出せたとしても、この街の周囲にはモンスターが数多く徘徊している。

 他の街に行くためには、しっかりと護衛をつけた定期便の馬車を利用するのが一般的だ。あるいは、金を使って冒険者などの腕に覚えのある者を雇うか。

 どちらにせよ、ターナひとりで逃げ出せる可能性は低い。

 しかし、この街に潜み続けるのも難しいだろう。殺し屋の世界のことはよく知らないロイグだが、金のために密告する者が出ることは想像に難くない。


 現状、この女は詰んでいる。口には出さないが、ロイグはそう思った。

 ターナは、壁に寄りかかって目をつぶっていた。

 眠ってはいないようだ。ロイグが動くと目を向けてくる。


 やはり、時の女神ザリーズはターナを救おうとしているのだろうか。疲れ切ったターナの顔を見てそんな考えが強くなる。

 なぜ俺がターナを救わなきゃいけない? とロイグは思うが、貴族暗殺事件の近い場所にいるのも確かだ。当事者ではないのに、事件に首を突っ込める位置にいる。

 なんでこんなガキが殺し屋なんかやってるのかは知らんが、好きでやっているのでなければもう少しマトモな暮らしをさせてやりたい。

 別にターナに限った話ではない。自分と似たような境遇の子供を見るとそう思ってしまう。

 だが、最近はそんなことは忘れてその日暮らしで生きていた。

 自分にもう少し何かができるのではないだろうか。


 次第にロイグの瞼は重くなっていった。

 


「こんなところに隠れていたとはな」


 酷薄な声にロイグの意識が覚醒した。座りながら眠り込んでしまったらしい。

 部屋はランプによってぼんやりと照らされている。まだ夜だということが分かった。

 ひどく痩せた男の姿がランプに照らし出されている。

 

「!!」


 慌てて立ち上がろうとしたが、ロイグの体には全く力が入らなかった。


「気がついたか。動けないだろうが、大人しくしてろよ」


「ノーズ、そのおじさんには、手を出さないで」


 先程ちらりと見ただけだが、この男がノーズか。ターナとは違い、死の匂いを濃厚にまとわせている。


「ほだされたか? まぁいい。ターナ、お前にしてはよくやったな。殺しの仕事が初めてなのに、うまいことやったよ」


 優しげな手つきで、ノーズがターナの頭を撫でた。

 と思うと、荒々しく髪を掴んで引き、顔を上げさせる。


「つっ!」


 痛みに表情を歪めるターナ。


「しかも俺から逃げるとはな。やるじゃないか。でもダメだろ、雇い主様に逆らったら」


「や、やめ」


 ロイグは思わず声を上げるが呂律が回らない。


「薬がよく効いているな。黙ってろ」


 ロイグを振り向きもせずにノーズが告げる。

 薬? いつの間に盛られたのだろうか。


「一夜の過ちでできた子供は、貴族の父親を憎んでいた。刺し殺すほどにな。お前の存在がバレると、その筋書きを疑うやつが出てくるかもしれないだろ?」


 ターナはノーズに利用されていただけか。


「じゃあ、さよならだ」


 ノーズの持つ短剣が、深々とターナに突き刺された。

 ほとんど声も漏らさず、ターナの瞳から光が失われていった。


「てめ」


「お前は薬で死ぬ。街で引っ掛けた少女を刺し殺した後、自殺する変態野郎の出来上がりだ」


 顎を掴まれ、無理やり口を開かせられた。口に何かを入れられ、閉じられる。吐き出そうとしたが、力が入らない上にノーズの手で抑えられてしまっている。

 無理やり薬を飲み込まされ、それを確認したノーズが満足そうに笑った。


「お前のおかげでターナが殺れた。助かったよ」


 晴れ晴れとした笑顔をでロイグを見下すノーズ。


「次は、うまくやる」


 ロイグの口が少しだけ動いた。その言葉に不思議そうな顔をするノーズ。


「次? そんなものはないさ」


 そのツラ覚えたぞ。絶対に次は殺す。


 そう決心したロイグの意識を、闇が覆い隠した。

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