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禍福は糾える縄の如し

 ロイグは目覚める。食器の割れる音はまだ響いていない。

 落ち着いて準備をして、右腕に怪我がないことと、財布を持っていることを確認する。

 やはり、また同じ一日だ。

 考える余裕もなかったが、どうすれば同じ一日の繰り返しから逃れられるのだろうか。


 ロイグの頭では考えても分からないため、なるようになるか、と思うことにした。

 すぐに食器の割れる音が聞こえてきたので、ロイグも家を出た。


 前回と同じように花瓶を受け止め、ラウラとウジェの話を聞き、仲直りさせた。


 今回は、門と城壁の調査に向かわず、詰所に向かう。

 外壁に亀裂があることを伝えると、すぐに対応すると約束してくれた。

 することがなくなったロイグは、詰所で一眠りすることにした。


「おい、起きろロイグ」


「ん……よお、ゼル」


「なんでこんなとこで寝てるんだよ。まぁ、いいけどな。おら、そろそろお仕事の時間だぞ」


 先程伝えた亀裂の場所へ行くと、修繕をしている真っ最中だった。護衛の警備兵もいて、ここからモンスターが侵入できそうな気配はない。


 その日は、モンスター侵入の警報は来なかった。

 稼ぎは銀貨一枚で、隊長の奢り(一杯だけだが)もなかった。


 奢りがなくても酒は飲む。ロイグとゼルは酒場へ繰り出した。隊長の奢りがあれば賑わっている酒場も、今回は客が少なく、しんとしていた。

 時間が早いのもある。

 店の雰囲気に合わせて大人しく飲んでいると、ロイグには疑問が湧いてきた。

 いつもなら、貴族が殺され、数時間後には捜査のため店を閉めるよう連絡がくるが、果たして殺される貴族とはどこの誰で、事件はいつごろ起きるのか。

 

「どうした? 真面目な顔して。飲んでるか?」


「ああ、飲んでるよ。最近稼げてないからちびちびだけどな」


 (さかずき)に少しだけ残った酒を飲み干し、次を注文しようとした時に、下腹を突き上げるような衝撃があった。同時に、耳に爆発の音が届く。


「あ? なんだ?」


 何かがマズイと本能が告げるが、酒の入った身体はすぐには動かない。

 それでも店を出ようとしたところで、全身が衝撃に包まれた。

 痛みと音と熱。どれが先に来てどれが後に来たのか。

 意識する間もなく、ロイグの意識は吹き飛んでいた。


 

 吹き飛ばされ、焼かれ、衝撃に目も耳もやられた。

 そんな夢を見ていた。


「ぐわああ!」


 自分の叫び声で目が覚めた。ロイグは急いで自分の状態を確認する。

 目も耳も無事、全身にも腕にも痛みはない。財布はあった。


 すぐには何が起きたのか理解できない。だが、目覚める直前の出来事を思い出すと、一つの結論に辿り着く。

 爆発に巻き込まれて、死んで、朝に戻った。

 

 ガシャンガシャンと皿の割れる音が聞こえた。

 一瞬、今日はいいかとも思ったが、それはそれで後味が悪い。

 ロイグは家を出た。


 ロイグは花瓶をかろうじて受け止めて二人の話を聞いた。前回よりも、二人は素直に話を聞き入れた。

 ロイグの顔色が悪かったためだろうか。


 その後、ロイグは酒場の近くで爆発の原因を探ることにした。

 最初に爆発の衝撃を感じ、その後すぐにロイグ達が巻き込まれるほどの爆発が起きた。少なくとも二回は爆発が起きている。事故などではなく、人為的なものの可能性が高いとロイグは睨んでいる。

 酒場では火を使うとはいえ、あれほどの規模で誘爆するほどの火種はないだろう。

 かなりの威力の爆発が、店の外で起こった。最後に吹き飛ばされたのが店の奥に向けてだったので、それは確かだと思う。酒場の台所で爆発をしていれば、店の外側に向けて吹き飛ぶはずだ。

 

 酒場の近くまで来てから、ロイグは城壁の亀裂について報告していないことを思い出した。

 少しだけ迷ったが、モンスターが侵入してきても、ロイグの腕の怪我以外に大きな被害はない。

 とりあえず報告はしなくていいかと諦め、ロイグは路地裏などを調べる。

 しかし路地裏には何も見つからず、調査の手を広げることにした。

 まず目をつけたのは水路だ。

 街の至る所を流れる水路は、一段低い場所にある人口の川のようになっている。転落防止で柵が設置されているが、乗り越えるのは容易だ。

 柵を乗り越え水路を覗いてみると、いつもより水量が多く、流れも早かった。いつもは水路の所々にゴミが詰まり、チョロチョロとしか水が流れていないはずだ。


 ウジェが夜中に水路の掃除をさせられたって言ってたな。ロイグはそのことを思い出した。

 水路のどこを掃除したかは分からないが、それだけでこんなに水量が変わるのだろうか。

 考えても分からないので調査を続けることにした。

 

「何もねぇな」

 思わず独り言とため息が出てしまうほどに何も見つからない。そうこうしている間に、モンスター侵入の警報が遠くから聞こえた。

「……ま、いいか」

 元々仕事もサボって爆発について調べていたので、これから戦闘に参加するのも億劫だった。

 それに、場所も近くはないので、今から向かっても参戦できるか分からない。

 そろそろ、爆発が起きる時間のはずだがどうするかとロイグは悩む。

 そもそも爆発が起きたのは前回が初めてだった。これまでと何が違ったのだろうか。

 しかし、爆発に巻き込まれるというのは一日の終わり方の中では最低の部類だ。

 ロイグは別の場所に避難して、事の推移を見守ることにした。


 その日は爆発は起きず、一日が終わった。


 それから何度か一日を繰り返し、爆発しそうなものを探しているが調査は進まず、爆発も起きなかった。

 爆発が起きた時間より早めに、かなり遠くまで避難しているため時間のロスも大きいが、ロイグは爆発にビビっていた。

 城壁の亀裂と違って具体的な話ができないので、警備兵の詰所で報告はしていない。


 

 ある日、最近は城壁の亀裂を報告していなかったことを思い出したので、詰所に報告してから爆発物の捜索を始めた。

 その日は、これまでとは違う場所を調べることにした。水路の橋を渡り、ひとつ街の中央に近い通りに向かう。水路を挟んだだけで周囲の雰囲気はガラリと変わる。

 今日ロイグが調べようとしているのは、多少なりとも高級さを売りにした店が増える通りだった。

 庶民の客も多いが、貴族がやってくることもある酒場がいくつかある。

 水路を挟んですぐ近くに隊長が奢ってくれる(一杯だけ)酒場もあるので、爆発がこちらの通りで起こった可能性も十分ある。

 ただ、あまりロイグには縁のないあたりなので、今までは足が向かなかった。気後れしながら通りをうろつく。いつもの通りなら、店の裏や路地にも平気な顔をして入り込み、ゴミ箱を漁ったりしていたのだが、今日はそこそこ多い人の目が気になってしまった。

 爆発物の痕跡もないので、空振りかと思いながらぶらぶらしていると、見覚えのある少女が通り過ぎていった。


 誰だっけ?

 とっさに思い出せないが、少女を目で追ってしまう。少女は、その辺りでは一際高級な酒場へと入っていった。

 考えても分からないので、ロイグは視線を戻した。

 なぜかそこにも、今しがた店に入っていった少女がいた。

 混乱するが、すぐに別人であると気がついた。

 先程店に入った少女は、緊張したような固い表情だったが、意志の強そうな瞳をしていた。

 今ロイグの視界に入った少女は、顔は同じだが幸が薄そうで暗くうつろな目をしている。


「お前……!」


 ロイグの脳裏に電撃が走った。

 コイツは、色街で俺の財布をスリ取る女だ!

 先程の少女は、顔こそ同じだが雰囲気が全く違うため誰だか分からなかったが、こっちの少女はすぐに分かった。

 ロイグは思わず少女の腕をつかんだ。


「……何ですか?」


 強めにつかんだはずなのに、ほとんど動じない少女に逆に気圧されてしまうロイグ。

 そもそも、今日はまだ財布を取られていないので少女との接点はない。そんなことも忘れるくらい、反射的に少女の腕をつかんでいた。


「あ、いや、悪いな。知り合いに似ていたもんだから」


 店に入っていった少女を思い出してごまかす。


「はぁ、そうですか」


 軽くそう言いながら、少女はロイグの手から抜け出していた。

 ロイドは息をのむ。

 思いっきり握っていたわけではないが、そう簡単に抜け出せる力でつかんでいたわけではない。ロイグと少女では体格も違う。

 しかも、少女は力で無理やりではなく、ロイグの虚をついてするりと抜け出していた。

 普通の人間にできるような芸当ではない。


「お兄さん。……おじさん?」


 言い直すな。そこは別にお兄さんでもいいだろ。

 そう思ったが、口には出せない。


「その知り合いのことも、私のことも忘れた方がいいですよ。ついでに一つ忠告です。早くここから離れた方がいいです」


 どういう意味だ――と問おうとして、後ろから馬車が近づいてくるのに気がついた。立派な装丁からも、乗っているのが貴族だということが分かる。

 ロイグは慌てて道を開けた。少女は既にロイグに背を向けていた。

 馬車が、先程少女が入った店の前に止まる。スリの少女がその馬車に近づいて行く。

 関わり合いにならない方がいいな。ロイグがそう思った時に、爆発が起きた。


「なっ?」


 爆発が起きたのはそう遠くない。ロイグも何度か調査したあたりだ。

 爆発しそうなものなんてなかったのに。

 そう考えていると、ロイグの耳につぶやきが届いた。


「はぁ、最悪」


 少女が何かを取り出し、地面に叩きつけた。

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