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一難去って……

 ロイグは目覚めた。少し不思議な感覚だった。最近の目覚めとは何かが違う。

 その理由はすぐに分かった。

 しばらくしてガシャンガシャンと食器の割れる音が聞こえてきたからだ。ということは、食器の割れる音がする前に目覚めていたということになる。

 慌てて起きて、家を出る。少し待つと、ラウラが投げた皿に追いかけられるようにウジェが飛び出してきた。

 その後ラウラが出てくる。手には重そうな花瓶を持っている。

 重たそうに投げるが、ウジェには届かず地面に落ちる――前に、ロイグが受け止めた。

 ラウラもウジェも急に現れたロイグに目を白黒させた。

 

「な、何だあんた」

 

「あああ、花瓶! 無事!?」


 自分で投げておいて花瓶の心配か、とも思うが、怒りで突発的に取ってしまった行動なのだろう。


「しっかり受け止めたからな、無事だよ」


 ズシリと重い花瓶をあえてウジェに渡す。


「二人の思い出の花瓶なんだろ。大事にしろよ」


 ロイグが間に入ったことで、二人は少し落ち着きを取り戻したようだ。


「あんたら、ラウラとウジェだったよな。俺は隣の家に住んでいるロイグだ。よろしくな」


「はぁ?」


 不審者を見るような目に晒されながらも、ロイグはなるべく警戒心を抱かれないように笑顔を浮かべた。()()()初対面であることは忘れないように注意しながら、ロイグは口を開く。


「二人の間に、ちょっとした行き違いがあると思うんだ。俺が話を聞くぜ」


 ラウラとウジェは顔を見合わせた。



「ラウラ!」

「ウジェ!」


 ひしっ! と抱き合う二人を見て、ロイグは引きつった笑顔を浮かべている。

 大変だった。話が長いラウラと、事情をはぐらかそうとするウジェから何とか話を引き出し、二人を仲直りさせたのはいいのだが、朝っぱらから往来で抱きしめ合い、あまつさえキスまでし始めた二人を見て、ロイグは自分が完全に蚊帳の外に追いやられていることを感じた。


 まぁ、いいか。二人が仲直りしたんならな。

 ロイグはそう自分に言い聞かせる。


「ラウラ! 愛してる!」

「私もよ。ウジェ! 疑ってごめんなさい!」


 勝手にやってくれと思う。仕事までまだ時間があるので家へ戻ろうかと思ったが、二人を見て思い直した。


 今にもおっぱじめそうだな、コイツら。そんな時に隣の家にいたら落ちつかねぇな。


 二人に聞こえるように大きくため息をついて、ロイグは仕事へ行くことにした。

 ため息は、二人には聞こえなかったらしい。



 いつもより早い時間に仕事へと向かう。当然、ゼルとは会わない。

 今から出勤をしても、ゼルが来るまで待つことになるだけだった。

 ふと思い立って、ロイグは街の西門の方へ足を向けた。今日、モンスターが侵入してくる門だ。


 ロイグが住むのは、高い城壁に囲まれた街である。その高い城壁があるからこそ、モンスターが頻繁に出没する場所でありながら街は滅びていない。

 街の外にモンスターが現れても、街に侵入してくるまでは基本的に放置される。いちいち門の外のモンスターを倒すほどの兵力はない。門には大きな扉が付いているが、閉じられることはほとんどない。下手に閉じてモンスターが侵入できなくなると、街の外にモンスターが溜まりすぎて危険が増す。それならば、適度に間引いた方が良いという判断がなされている。

 門に近いあたりは、ほとんど人も住んでいない。モンスターを引き込んで狩るための狩場のようなものだからだ。

 警備兵の主戦場は街の中なのである。


 ロイグは門の外にモンスターが溜まっているかもしれないと思って偵察に来たのだが、そのような気配はなかった。

 通りがかった警備兵に聞いても、異常はないとの返事だった。


 まさか、モンスターの侵入経路はこの門じゃないのか?

 しかし、この門の周辺でモンスターと戦ったのだ。

 もう少し調査しようにもそろそろ仕事の時間だった。

 一旦切り上げて、ロイグは詰所へと向かった。


 いつもより早く出勤していたことと、率先して門のほうへ向かおうとするロイグを見て、ゼルは目を丸くしていた。

 

「随分とやる気があるな」

 

 ロイグは、せっかくなので仕事の時間も調査をすることにした。一人よりも二人の方が捗るに違いないとの思いもあった。

 だが、事情を知らないゼルはあまりやる気を出さない。逆の立場ならロイグも同じような反応をするだろうから、あまり文句も言えない。

 警備兵は、ウロウロしていれば文句は言われない。逆に、一ヶ所に止まっているとサボりとみなされることがある。モンスターの対応だけではなく、街で起きた問題に対応する役割もあるので、全ての警備兵が門の周囲に集まるわけにはいかないのだ。

 稼ぎたい者は門の近くをうろつくし、安全に仕事をこなしたい者は街の方をうろつく。ロイグとゼルは、その日の気分と懐具合によっても変わるが、大体中間あたりをうろつくことが多かった。それなのに門のほうへと向かうロイグを見て、ゼルは訳知り顔をした。

 

「ははーん、金が入り用になったんだな?」


「あん?」


「いいって。みなまで言うな。ちょうど俺も金が必要なんだ」


「看板娘ちゃんだろ。よかったな、今日は稼げるぞ」


「ロイグに看板娘ちゃんのこと話したっけ?」


 と不思議がるゼルを無視して調査を続ける。

 そろそろモンスターが出現するという時間になって、ロイグはついに発見した。


「これはまずいな」


 城壁と建物が隣接して見えずらくなっている位置に、大人一人通れるくらいの亀裂があった。

 城壁の点検は随時行われているが、見えにくい場所なので見逃されていたのだろう。


「おい、ゼル。上に報告するぞ」


「分かった」


 二人は近くの伝令所に駆け込んで、今発見した情報を伝える。すぐに修繕の手配をすると話がまとまったところで、モンスター襲撃の警報が発令された。


 鐘が打ち鳴らされ、「西門近く!」と叫び声があがる。警備兵はこの通達を聞いて、西門の周囲に集まる。

 ロイグとゼルが先ほど発見した亀裂に向かうと、大群のモンスターがいた。


 即座に戦闘に入る。大剣を振り回すゼルが突撃し、長剣を持つロイグが、ゼルの討ち漏らしたモンスターを狩ってゆく。

 しばらくすると援軍が来て、次々とモンスターを蹴散らして行った。

 やれやれ、なんとかなったな。

 そう油断したせいか。トカゲ男が突っ込んでくるのを止められなかった。


 右腕に噛みつかれる。


「ロイグ! おらっ!」


 ゼルがモンスターを叩き斬ってくれた。


「ゼル、助かった」


「退がって治療しろ。すぐ戻ってこいよ」


「分かった」


 撤退し、治療して戻ると戦闘はほとんど終わっていた。


 戦場に立つとこの展開はなかなか変えられないようだ。


 今回は退がって治療したにもかかわらず、ボーナスがもらえた。城壁の亀裂に近い場所へ行ったことで、普段よりも多くモンスターを狩れたらしい。

 結局のところ怪我をしてしまったので損をしているのだが、なんとなくラッキーだと思った。


 隊長の奢り(一杯だけ)で酒を飲み、酒場を閉めるように命令が下ってから色町へ繰り出した。


 久々にきたせいで、財布を失くすということはすっかり忘れていた。


 幸の薄そうな少女とぶつかった後、そういえば財布をすられるんだったと思い出したが後の祭りだ。


 しかし、翌日になれば戻ってくると分かっているのでそこまで気にならない。


 ほろ酔いで家に戻ると、ウジェとラウラが外にいた。


「ロイグさん!」


 こんな展開は初めてだった。


「今朝はありがとう。お陰でウジェと仲直りできたし、前より仲良くなれた気がするわ」


「よかったな」


「花瓶、ロイグさんが受け止めてくれて本当に助かったよ。二人の思い出の品なんだ」


 二人とも笑顔で、それに釣られてロイグもいい気分になった。酒の影響もあったが、こうしてご近所付き合いも悪くないなと、ふと思った。


「それじゃあ、お休みなさい。お仕事お疲れ様」


「ありがとう!」


 仲睦まじい様子でボロ小屋に戻って行く二人を見送って、ロイグも家へと帰った。


 悪くない一日だったな。それどころか、なかなかいい日だった様な気さえする。

 ラウラとウジェを仲直りさせて、その二人が一日の終わりに挨拶をしてくれたからだろうか。


 右腕を負傷し財布は無くしたが、今日はいい一日だった。

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