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そう悪くない日もあるわけだ

 いつもの食器が割れる音で目を覚ましたが、そう悪い気分でないことをロイグは不思議に思った。

 これまでと何が変わったのか。前回の朝に、ラウラの話を聞いた。それだけだ。

 それだけだが、昨日はこれまでに比べたら悪くない一日だった。

 今日もラウラの話を聞くか――と一瞬思ったが、すぐに思い直した。

 いやいや、あれはやばい。あの言葉の大津波に飲まれるのは、ちょっといい一日と感じるだけでは割に合わない。

 となれば、今日やることは決まった。


 一際大きな花瓶の割れる音を聞いてから、ロイグは家を出た。

 ラウラが咽び泣いている。少し申し訳なく思いながらも、ロイグはそれを無視して通り過ぎた。

 既にウジェの姿は見えなかったが、前回彼が去っていた方は見ていたのでそちらへ向かう。

 すぐにウジェが見つかった。

 肩を落としてトボトボ歩いている。

 

「おーい、ウジェ」

 

 ノロノロと振り返ったウジェは、ロイグを見て怪訝そうな顔になる。


「ん? 誰だよおっさん」


「隣に住むロイグだ。さっきは随分騒いでたな」


 ウジェは、ラウラほど俺のことを知らないようだ。


「隣? 会ったことないだろ。何で俺を知ってるんだよ」


「あー、ラウラにちょっと聞いてな」


「おっさんラウラの何なんだよ」


 凄まれてしまう。ラウラに聞いた話の印象だと、ウジェはラウラに興味を失いかけているのかと思ったのだが、そうではないのかもしれない。


「ちょっと世間話したことあるくらいだから、心配すんな。それより、一杯付き合ってくれよ。な?」


 強引に肩を組んで、引きずる。ロイグよりもウジェの方が少し背が高いが、体格はロイグのほうが良い。ウジェは抵抗できずにズルズルと引きずられてゆく。


「お、おい。なんだよ。おい!」


 朝なのに暗く怪しげな界隈に、朝から営業している酒場がある。ロイグも、この終わらない一日の繰り返しが始まってから知った場所である。


「酒くれ。一杯ずつだ」


 この店にメニューはない。そう頼むと一番安い酒が出てくる。


「よし、乾杯だ。心配すんな、俺の奢りだ」


 少しだけ迷ったようだが、朝から飲む酒の魅力に抗えなかったのだろう。ウジェはロイグのグラスに自分のグラスを当てた。

 ガラスのぶつかる澄んだ音が響いた。ウジェの表情が少しだけ険しくなった。


「ま、飲め飲め。ラウラを泣かしちまったことを後悔してるのか?」


 ロイグは当てずっぽうで訊ねた。ウジェが浮かべたのが怒りの表情には見えなかったからだ。


「後悔……か。どうなんだろうな」


 一息で酒を飲み干すと、ウジェはおかわりを頼んだ。


「おっさん、えーっと、ロイグっつったか? ちょっと聞いてもらえるか」


「おう。いいぞ」


 ロイグはそれが目的でウジェを酒場に連れてきたのだ。話が早くてありがたい。だが、ウジェの酒のペースが少し気になった。金が足りるだろうか。


「俺とラウラが出会ったのは……」


 しこたまグチでも聞かされると思っていたのだが、語られたのはラウラとの出会いの話だった。

 ロイグはラウラの話を、盛っているなと感じながら聞いていたのだが、どうやらかなり正直に話していたらしい。

 ウジェがラウラに惚れたのは本当だったようだ。


「どうして喧嘩になっちまったんだ?」


「俺は仕事を辞めてから、ラウラの稼ぎでふらふら暮らしていたんだけど、流石にそれはまずいと思ってたんだ。そんで、ラウラの誕生日も近いことだし、仕事してプレゼントでも渡したいなと思ったんだけど」


「ふむ」


「俺に仕事のツテなんてないんだ。仕方なく、昔酒場の客だった女たちに仕事がないか聞いて回ったんだ」


 その時にラウラに見られたというわけか。

 コイツ、脇が甘すぎるだろ。ロイグはそう思ったが口には出さない。説教がしたいわけではないのだ。


「それをラウラに見られていたみたいでなぁ。おまけに、ようやく見つけた仕事が夜のうちに済ませなきゃいけない街の清掃の仕事で、プレゼントのこともあるし、ラウラには内緒にして出かけたんだよ。どうもそれがバレてたみたいで……」


「清掃の仕事?」


「ああ、なんか偉い貴族様が視察に来るとかで、一晩中水路のゴミ拾いをさせられたんだよ」


「ふーん」


「なぁ、ロイグさん。俺はどうすればいいんだろう? 思い出の花瓶も割れちゃって、さっきは頭に血が上ってたんだけど、ラウラが悪いわけじゃないし、どんな顔で戻ればいいのかな」


 ウジェは肩を震わせて泣き出してしまった。

 おいおいコイツ泣き上戸かよ、めんどくせぇなと思ったが、ロイグは黙っている。


「ロイグさん? 聞いてるかー? 俺はどうすればいいんだよおぉ」


「ウジェ。そんなのは決まってるだろ。正直に話して謝れ。お前の行動は、そんなつもりは無かったとしてもクソ怪しいんだ。逆の立場ならどうだ?」


「……めちゃくちゃ問い詰める」


「だろ? お前がやっていることを全部話して謝れ。もちろん、何でそんなことをしていたか、その理由もだぞ」


 ウジェは神妙な面持ちであったが、しばらくしてポツリと呟いた。


「でも、かっこいいところを見せたかったんだよ。それで、内緒でプレゼントを買って、喜ばせたかったんだ」


 ロイグは酒が回ってきたこともあって大笑いしてしまった。


「今さらかっこいいも悪いもあるか! お前が働きもせずブラブラしてるのもラウラは見ていたんだろ。そんなお前が働いてるってだけで、彼女は感動モンだぜ。あとな、サプライズは諸刃の剣だ。喜ぶやつと嫌がるやつがいる。ラウラがどっちなのか、お前の方がよく知ってるだろ?」


「ロ、ロイグさん……!」


 説教なんてするつもりはなかったんだが、結局説教しちまった。

 まぁ、ウジェも感激しているようだし、いいだろう。


「よし、今すぐ帰ってラウラに謝れ。ちゃんと話をしろ。いいな?」


「ああ! 本当にありがとう!」


 ふらつきながらも飛び出してゆくウジェを見送って、ロイグは思う。

 あいつ酔っ払ってるけど大丈夫かね。まぁ、大方の事情は分かった。俺も明日はもう少し上手くやれるだろう。


 そのままロイグは仕事へ向かった。


 多少アルコールが入っているくらいなんてことないと思っていたロイグであったが、その影響はしっかりと出ていた。

 モンスターとの戦いで前に出過ぎて、右腕を負傷してしまったのだ。

 ゼルには笑われ、隊長には呆れられた。久々の怪我に顔を(しか)めながらも、隊長の奢りの最初の一杯でいい酒を飲み、家へ帰って眠りについた。

 今回も悪くない一日だった。

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