7.地元の友達と電話
◇◇◇
年末年始は毎年実家に帰省しており、今回も同じように帰ってきた。そしていつものメンバーに声を掛けて会って遊んで沢山お喋りをする。幼馴染みや中学で仲が良かったメンバー、それに高校の時の友人。
今日は中学で仲が良かったメンバーと会っていた。会うのは夏の同窓会以来だ。その二次会で沢山話をしたのもあり、たった半年ではさほど真新しい環境の変化も無く、話は思い出話へと移る。
「同窓会楽しかったよねぇ。またやってくれないかなぁ」
「あれ企画してくれたのって、生徒会長やってた人だよね?」
「そうそう。お父さんが市議会議員やってて」
「勝手に後援会名簿に名前入れられてないかな」
「やだ~!」
皆様好き勝手言ってます。
「同窓会と言えばさぁ、福島にはビックリだよねぇ!」
「ねぇ!変わり様凄かったね!」
「イケメンだったよね~」
半年経っても話題を独り占めしてしまう福島。
「宮、福島と話してたよね?連絡先とか交換した?」
唐突に話を振られ、どこまで話して良いのかなと考える。
「連絡先交換したよ」
「連絡取り合ってるの?」
「そんなにしてないかな」
「福島って、学生?」
「そうそう。東京の大学」
「宮と一緒なんだ!東京で会ったの?」
「そうだね。福島のバイト先のお店にご飯食べに行ったよ」
何となく合コンをした話は止めておいた。
「仲良いね。宮は中学の時も福島と普通に接してたもんね。皆怖がってたのに」
「小学校の時同じクラスになったことがあるから、福島をあんまり怖いとは思わなくて」
「えー!私も小学校同じでクラスも同じになったことあるけど、中学の時は怖かったよ!?」
そうなのか?
話せば良いヤツだって分かったのに。それに今だって変わらず良いヤツだ。
しかし彼女は確か福島が呼び出しに来た時に怖がらずに福島に楯突いていた。
「今は逆にちょっと影のある感じが格好良く見える」
「実際イケメンだしね」
やっぱり福島は顔で得してるな。
「いくらイケメンでも私は昔いじめられていたからな。怖いの方が強いな」
私の幼馴染みの彼女は、福島に嫌なことを言われて私のところに来て泣いていた子だ。
「恨んでたりする?」
「それは無いかな。福島が真面目になったのは凄いなって思うし。それに大学生にもなると女性の嫉妬とか目の当たりにすることもあって、当時の福島のいじめはマシだったなって思う」
人生経験が豊富になり、幼馴染みも強くなったようだ。
「あー、男を取り合う女の嫉妬は怖いよね」
「イケメンは苦労するね」
「イケメンの福島は彼女とかいるの?」
「この前はいないって言ってたけど。今はどうかな」
今は冬だ。ついこの間クリスマスというイベントがあったばかりだ。クリスマス前にカップルが出来るのも珍しくない。実際、大学の友達の奈良っちも福島のバイト先の店長と付き合い出したし。
「福島狙ってるの?」
「えー、だって格好良いじゃん!あの顔、タイプなんだよねぇ」
あらあら、中学の時には一度も聞かなかったのに。
しかし中学の時も怖いと言いながら主張していた。顔がタイプと言いながらもちょっと怖さのある悪い感じの男に惹かれてしまう性格なのかもしれない。
「でも福島は東京の大学でしょ?遠距離じゃん。宮みたいに東京なら良いけど」
「遠距離駄目かなぁ」
「アタックするだけする?」
「どうやって?」
「宮、福島の連絡先知ってるんでしょ?どうにか出来ない?」
おおっと。再び私に回ってきた。
「どうにか……?どうしたら?」
「この年末年始は福島帰ってきてるのかな?」
「まずそれ聞いてみたら良い?帰ってきてるならどうする?」
「セッティングをお願いします!」
だよね~。
テーブルの上に置いていたスマホを手に取り、福島にメッセージを送った。
取り敢えず送り終わって再び皆でお喋りをする。少し話したところで、スマホに着信があった。
「あ、ちょっと電話」
「もしかして、福島!?」
「違う違う。彼氏から」
そう、先輩からだった。お喋りをしていたカフェのお店を出て、寒い外で電話に出た。年の暮れの今日は曇り空で北風が冷たい。慌てて店を出たので上着を忘れてしまった。店内で温めた体から熱が逃げないように体を小さくして電話をした。
先輩は心配性で頻繁に電話を掛けてくる。先輩も実家に帰省しているのに、私がどう過ごしているのか確認するかのように一日に数度電話を掛けてくる。今日はどこどこに行くとか、誰と会うとか、そして今どこにいるのかとか、誰と会ってるのかとか、いつ帰るのかとか。
いくら体を小さくしているとは言っても、真冬の外に上着無しは寒く、会話途中にクシュンとくしゃみをしてしまった。
『寒いの?外?』
「お店に迷惑かなって思って、カフェの外で電話してて」
『ああ、ごめん。じゃあ切るよ。風邪引かないようにね』
「ありがとう。先輩も風邪引かないようにね」
優しい先輩だった。良かった。
電話を切ると、スマホの画面にメッセージの着信が来ていた。福島からだった。意外にも早い返信だった。
暖かいカフェの店内に戻って皆の座る席に戻る。
「外寒かった?鼻が赤いよ」
友達に心配されてしまった。
「寒かった~!それより、福島から返信来たよ」
「えっ!本当!?」
「うん。年末はバイトだけど、お正月過ぎたら帰省するみたい」
「えー!会えるようにセッティングして!」
「空いてる日無いか聞いてみるね」
早速福島にメッセージを送ると『何で?』と返ってきた。『友達が福島に会いたいって。プチ同窓会出来ないかな?』と送ると、『宮崎は良いのか?』と返ってきた。
どういう意味か分からなかったので、『良いけど、どうして?』と送ると、『彼氏が心配性なんだろ?』と返ってきた。そして追加で『バイトの忘年会で山形さんから聞いた』と送られてきた。
山ちゃんは聡い子だ。私は何も言ってなくとも、何となく何かを感じ取っている。
彼女が何故福島にそのことを言ったのかは分からない。心配性だということだけを話したのか、他にも話したのか……。
実際、福島とした合コンの日は、先輩に上手く伝えられなくて怒らせてしまった。合コンに行ったことはバレていないけれど、行ったことが知れてしまったらどうなっていただろうか。
でも今回は合コンでは無く同窓会だ。夏の同窓会はちゃんと話して行くことに了承を貰えたし、同窓会の最中もちゃんと電話に出られた。
なので先輩に同じように説明をして了承を得られれば問題無いと思う。まあ、今回は合コンの時の様に知らないメンバーを引き合わせるのとは違い、既に顔も分かっているメンバーだから、直前に先輩からの了承を貰えず私が欠席になったとしても誰かが困ることは無いだろう。
だから、『合コンじゃなくて同窓会だから大丈夫』と送った。
その後福島も納得してくれたのか特に何も言われること無くトントンとメッセージのやり取りが出来たので、友人達にも確認しながらプチ同窓会の日程や場所を決めた。
年が明けてお正月も例年と同じように過ごした。先輩とは電話でのやり取りを数度し、中学の同級生とプチ同窓会をする話も何回か出した。納得してくれ了承もしてくれた。
『今日同窓会?』と聞かれて「明日だよ」と答えて、また翌日に『今日が同窓会だよね?』と聞かれ「今日だよ」と答えた。
と、言うことで、同窓会当日。
気軽な感じが良いと友達が言うので、ファミレスでやることになった。しかも中学校の近くなので徒歩でも行けてしまう。地元の友達とは電車や車を使わなくても会えるので良いなぁと思う。
今日も寒い日だけれど、早足で歩いてファミレスに向かったら程好く体がポカポカになった。
ファミレスの駐車場で、車の助手席から降りてくる福島を発見した。運転席には男の人がいる。福島が降りると車は走り出し駐車場を出ていった。
「福島!」
私の声に福島が振り返り「よお」って軽く返す。淡々とした顔だ。福島と会うのは私のバイト先で偶然会った時以来だ。あの時、福島が店を出る時にチラリと見せた穏やかな笑顔では無かった。
福島の笑顔なんて、見たことがあっただろうか。
小学三年生の隣の席の時、見たかもしれない。幼い顔で笑ってくれていたかもしれない。はっきりとは覚えてはいないけれど。
中学の時はいつも怒ったような不機嫌そうな顔や、ツンツンとした顔をしていた。まさに反抗期の男子といった感じだった。
夏に同窓会で再会して数回東京でも会ったけれど、福島は声に出して笑うタイプでは無くずっとクールだった。何せ店員として客にも笑顔を見せないのだから。
そんな貴重な笑顔をあの日見てしまった。一瞬だったけれど。
「車で送って貰ったの?」
「ああ。親が再婚して引っ越したからちょっと遠くて」
「そう言えば再婚したって言ってたね。さっきのお義父さん?」
「ああ。チャリで行こうかと思ってたんだけど、送って行くってしつこいから」
しつこいとか言いながら嫌そうではない。福島ってツンデレなのかな?
「優しいお義父さんなんだね」
「……母親とずっと仲が悪いから、気を遣ってくれてんだよ」
「お母さんと仲が悪いの?」
「……ああ」
それ以上は聞くのが憚られて止めておいた。それに福島も話したくないのかすたすたと先を歩き、店の扉を開くと私に顔を向けてきた。先に入れということだろう。「ありがとう」と言って先に通させて貰った。
紳士的だ。まあ、バイトで慣れているのかもしれない。
店員さんに予約名を伝えると奥の席に案内され、既に友人の姿があった。
女友達の中に福島が男一人で入るのは辛いかなと、友達の彼氏だったり男友達を呼んでいた。皆同じ中学とはいえ、福島にとっては殆ど関わったことのないメンバーになってしまったけれど、福島は差程違和感なく加わってくれていた。
自分から積極的に話すタイプではないが、友達がガンガンに福島に話し掛けるのでそれに淡々と答えていくといった感じ。皆と大声で笑うとかは無い。でもクールではあるけれどつまらなそうといった様子でも無いので、場の雰囲気を壊すこともない。
合コンの時と同じだなぁと思った。福島がこの中に入って楽しめるのか、馴染めるのかと不安ではあったけれど、きっとこれが福島の普通で、仲の良いバイト仲間の千葉くんや石川くんと一緒にいる時と変わらなかった。私は変に気遣うこともせずに済み、とても居心地が良くて友達と一緒に沢山笑っていた。
「宮崎。このバイブ音、お前のスマホじゃないか?」
一緒に店に入った流れで隣の席に座った福島に言われてハッとする。そしてやっとブーブーという音に気がつく。
しまったと思った。いつもスマホの着信には気を配っていたのに。
慌てて鞄に仕舞いっぱなしになっていたスマホを見ると、着信が三件あった。三件とも先輩からだ。先輩からの着信に気がつかなかった。いつもは直ぐに気がつくようにテーブルの上に置いておくか、洋服のポケットに入れているのに、今日はすっかり忘れて鞄に入れっぱなしでいた。
「ごめんっ!電話……」
また不在着信にならないように直ぐに取らなければと立ち上がりながら通話をタップした。
「宮!外寒いから上着かストール持ってったら?」
友達が心配して声を掛けてくれた。この間も外で電話して鼻が赤くなったのを心配してくれた。
「宮崎、上着」
隣の席の福島が上着を差し出してくれたので「ありがとう」とだけ伝えて上着を受け取って、駆け足で店の外に出た。
「も、もしもし!ごめんなさい、電話に出るのに遅れて……」
店の扉を開けながら話した。扉についている鐘がカランカランと鳴った。
『…………』
先輩からの言葉が聞こえてこない。
黙っている?
それとも扉の鐘の音で聞こえなかった?
スマホ画面を見て、通話中になっているのを確認する。切られてはいない様だ。
「あの……」
様子を伺うように尋ねてみる。顔が見えないから不安になる。
『……楽しい?』
ドクドクと心臓がなる。
「うん……。あの、盛り上がってしまって、スマホの着信に気がつかなくて……」
『……良かったね』
言葉は優しいのに、声のトーンが怖かった。電話でも分かる、不機嫌な雰囲気。
馬鹿だ。油断してしまった。不在着信はまずかった。
『男もいるんでしょ?』
先輩に言われてさらに心臓がドクドクと激しくなる。
私は先輩にプチ同窓会をするとは伝えたが、男友達もいるとは伝えていなかった。聞かれなかったからと言うのもあるけれど、基本的に男の人がいる場に私が参加することを良く思っていないから、男友達もいると伝えたら駄目だと言われると思い伝えなかった。
「えっと……。同窓会だから、男の子もいるけど……」
『直ぐそばにいたんでしょ?声、聞こえたよ』
席を立ちながら通話をタップしたせいで、会話が聞こえてしまったんだ。きっと福島の声だ。
先輩は私が男の人がいる場に参加しないで欲しいと理解していると思っている。つまり今回私は先輩に男友達もいると伝えなかったことで、先輩の信頼を裏切ったことになる。
何て言う?開き直って、男の友達が隣に座っているよって伝える?だって誤魔化しようがない。事実だし。
それとも、たまたま男の友達の声が届いただけって言う?せめて隣に座ってた訳じゃなければ不快に思わない?でもそんな嘘、信じて貰えるだろうか。
正解が分からなくて私は黙ってしまった。
黙ってしまうということは、後ろめたいことをしていると言っているようなものでは無いだろうか。確かにちゃんと伝えなかったけれど、浮気をしただとかそんな後ろめたいことは無いのに、どう言い訳をしたら良いのか分からなくなってしまった。
『宮。帰っておいで』
「え……か、かえる……?」
『今すぐ、東京に帰っておいで』
「でも……帰るのは明後日の予定で……」
『今日中に帰っておいで。いいね』
心臓がドクドクという音が頭にまで響く。目の前が真っ暗になる感覚だった。
「はい……」
私の返答を聞いて先輩は電話を切った。ツーツーという音を聞きながらスマホを持つ手が震えた。