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6.偶然と現実の直視

◆◆◆



大学の夏休みも終わり、季節はすっかり秋になった。

昔は空にモコモコとした小さい雲が並んでいるなとしか思わなかった秋空に実は名前があって、いわし雲とかうろこ雲とかひつじ雲とか呼ばれていると知った時は、成る程なと思ったものだ。


この雲を見ると一番荒れていた中学三年の頃を思い出す。モヤモヤとしたものをずっと抱え、どう処理したら良いのか分からなかった。自分の境遇を受け入れることも諦めることも出来ず、もがくことさえも出来ずにただ生きていただけ。頭の悪かった俺は考えることさえしなかった。


そんな俺に可能性を教えてくれたのが、あの年の秋の宮崎だった。




「今月のお薦めピザは、フンギです」


客にお薦めメニューを見せ紹介をする。紹介しているのは俺ではなく、バイト仲間の千葉だ。


「美味しそう!茸いっぱいで秋らしいメニュー!これにしよう」


高めのテンションで女性らしい高い声が華やかなグループ。男性従業員の多いこの店は、そんな声に反応して殆どが明らかにテンションが上がっている様子。チラチラとその女子大生グループを観察している。


その女子大生グループとは、宮崎達だ。

この間の合コンで言っていた通りに、本当に俺のバイト先の店に来てくれたのだ。その合コンで一緒だった友人二人と、あともう一人のあわせて四人で。


合コンとその後のカラオケで仲良くなったバイト仲間の千葉は、人の良い笑顔を浮かべて楽しげに注文を取り、オーダーをキッチンに通す。


「女子大生、良いなぁ。何でお前らだけ合コンしてんだよ。俺も呼べよ」


独身の店長は注文を取ってきた千葉と俺に文句を言う。


「店長が来たら全員持ってかれそうだから駄目です」


千葉の言う通り、店長は背が高くイケメンで声も渋い。三十代という大人の色気まで兼ね備えている。店長目当てでこの店に通ってるんじゃないかと思われる常連の女性客もチラホラ。


「また合コン開催してくれよ。福島の同級生なんだろ?」


「俺の同級生は彼氏がいますから」


彼氏持ちに何度も合コンをお願いするのはさすがに出来ない。申し訳ない。


「じゃあ、その友達とお前は仲良くなったんだろ?別メンバーで合コンセッティングしてくれ」


「えー。店長が今ナンパして誘えば良いじゃないですか。店長なら行けますよ」


「そうか?」


休憩時間ならまだしも、今ここでする話では無いだろう。


「店長、仕事してください」


「大丈夫だ。まだ客は少ない」


監督者である店長がなんてことを言うんだ。

確かに、休日のランチと言ってもまだ十一時半で客も少ない。混み出すのは十二時を過ぎてから。


オーダーを通した料理が出来上がったら誰が宮崎達のテーブルに運ぶのかを、ホールの男どもが揉めているのを他所に、カウンターに料理が置かれた瞬間に奪い、男どものみっともない奪い合いを冷めた目で見ていたホールの女性アルバイトに渡した。彼女は勝ち誇った目を男どもに向けながら颯爽と運んでいった。常にこの店でバイトの男達を相手にいなしているだけのことはある。

横から奪われたことに男どもがショックを受けて放心しているのを良いことに、残りの料理は店長が自ら運んでいった。「ゆっくりしていって下さいね」なんて愛想を振り撒いている。どんだけ女子大生と接触したいんだか。



暫くすると店が混み始め、奪い合い等してられなくなり、皆が慌ただしく仕事をこなしていく。

宮崎達も店長に言われたこともあり食後にゆっくりとお喋りをしていたようだったけれど、店が混み外に並んでいる人がいることに気がついて席を立った。

俺はたまたま前の客の会計をしていた流れで宮崎達の会計をすることになった。


「福島、ご馳走さま。美味しかったよ」


「……どうも」


店員と客という関係性だと、どう反応して良いものか戸惑う。こういう時って敬語なのか?


「福島くん、店長さんって凄いイケメンだね!おいくつなの?」


「んー……三十代、前半だったかな」


「アリだね!もっとお喋りしたかったなぁ」


アリなんだ……。

なかなか積極的な子だな。名前は……何だったかな。奈良さんだったかな?


「店長にも合コンに俺も呼べよって言われたから、誘えば来るよ」


「えー、ホント!」


「社会人の年上彼氏、憧れるよねぇ」


憧れるんだ……。

もう店長が彼氏候補になっている様子。


「宮見てるとさぁ、やっぱ憧れるから」


宮崎が少し困ったような、でも照れたような顔で笑っている。


そうか、宮崎の彼氏は社会人の年上彼氏なんだ。



無駄話をしながら会計が終わり、マニュアル通りに「ありがとうございました」と言って宮崎達を見送る。店の店員からの追随する挨拶を受けながら彼女達は「ご馳走さまでした」と言って店を出ていった。


空いたテーブルの片付けをして、外で待っている客を中に通し、接客をして注文を取る。

まだまだ忙しい休日の昼は続いていく。宮崎の彼氏はどんな人なのかと考える余裕も無いくらいに慌ただしい時間が過ぎていった。






運命とか信じるタイプじゃない。俺にはそんな乙女な発想は無い。


運命ではなく偶然はよくあることだ。偶然を運命と取り違えるのは都合の良い解釈をしたいだけだと思う。そう思ってしまう自分が冷めた人間であることはよく知っている。


のに……

一瞬「運命」の二文字が頭を通り過ぎた。そんな自分にもびっくりしたし、軽くひいた。



「福島だ」


「……宮崎」


目の前にエプロンを着けた宮崎が立っていた。


運命の二文字を頭に浮かべるなんて、どうかしている。彼氏持ちの女に何を期待しているんだか。


宮崎と会うのは前に俺のバイト先に食べに来てくれた時以来だ。あれから気がつけば一ヶ月程が経っていた。


「お前、ここでバイトしてんの?」


「そう」


「意外だな」


お洒落な雑貨屋や大手のステーショナリー雑貨店では無く、町の中規模の文房具屋だ。世間はハロウィンの飾り付けがとっぱわれ、気の早いクリスマスの装いが広がりつつある。お洒落な店はまさにクリスマス仕様なのに、この文房具屋にはその雰囲気はゼロだ。


愛用しているボールペンとシャーペンが一体になっている多機能ペンの黒のインクが無くなってしまったので、替え芯を買いにたまたま入った店だった。オフィスビルが立ち並ぶ町の、何度か通ったことのある道ではあったけれど意識して店並びを見ていなかったので、こんなとこに文房具屋があったのかと、ここなら替え芯がありそうだなと思い、初めて入ったこの店にまさかの宮崎が居たのだから、そんな偶然に俺は都合の良い解釈をしてしまったらしい。


「そんなに意外?」


「女子って、お洒落な店で働きたいとか思いそうなのに」


綺麗な店ではあるがお洒落では無い。可愛い制服では無くシンプルな深緑色のエプロンだし。


「あー、私そういう願望は無いかな。服装もほぼ自由でエプロン着けるだけで楽だし」


まあ、確かにそれは楽そうだ。

俺はしっかりと制服があるのでバイト先で着替えなければならないし、飲食店なので洗濯も毎回しなければならない。


「それに夜八時には終わるから帰りが遅くなることもないし」


「意外と現実的なんだな」


「まあね~。それで、何をお求めですか?」


急に店員モードだ。


「ボールペンの替え芯が欲しくて」


そう言いながら鞄を漁って多機能ペンを取り出して見せた。


「ああ、そのシリーズね!」


一目見て分かったようで、直ぐに替え芯が並ぶ棚に移動して、その沢山の種類がある中の一つをすっと取り出して俺に見せる。


「これだよ」


「おお、さすが」


いつも型番を忘れてしまうから、対応しているペンの名を探さないといけない為見つけるまでに時間が掛かるのに、宮崎は一発だった。


「二年以上ここで働いているからね」


「助かる。いつも見つけるのに時間掛かってたから」


「ふふっ。またインクが切れたら買いに来なよ。探してあげるから」


「頼もしい」


レジで会計をして貰い、レシートを受け取った。その時宮崎の手の袖口から包帯が見えた。


「怪我してんのか?」


「えっ」


宮崎はやけに驚いた表情をする。


「いや、手首のとこ、包帯が見えたから」


「ああ!ちょっと捻っちゃって。もう治りかけなんだけど念のためちゃんと包帯をしてるの」


何でも無いと言うようにぶらぶらと手を振る。


「へぇ……。お大事に」


捻ったらしいがレジを打つのにも普通に手を動かしていた。今も手を振っても痛みを感じている様子は無い。治りかけなのは本当なのだろう。


「ありがとう。福島は良いヤツだね」


「……普通だろ」


宮崎は昔から大袈裟な気がする。確かに昔なら他人に興味を持たずに自分ばかりで心配等しなかったかもしれないが。


この後俺もバイトに行かなくてはならないし、この文房具屋に居座る理由も無いので、「じゃあ」とだけ言って出入口に向き直り歩き出した。


「ありがとうございました」


背中に宮崎の声が届き、前回の逆になっていることに可笑しさを感じて口元が緩んでしまった。振り返るとやっぱり宮崎も可笑しかったのか笑顔だった。






それからまた一ヶ月が経った。


年末は毎年、バイト先の店の定休日に皆で忘年会をしている。忙しかったクリスマスも過ぎ、慰労会の意味合いで開かれる。


その忘年会に今年は宮崎の友人も参加している。

というのも、宮崎達が店に食べに来た後日、店長と合コンをしたらしく、何だかんだあの積極的な子の奈良さんと店長は付き合い始めたそうだ。

そして今日、彼女という立場で参加している。


店長、女子大生に手を出しました。


奈良さんは友人も伴って来ていた。店に食べに来てくれたメンバーだった。


だが、宮崎だけ来ていなかった。




タダ飯が食えて更にタダ酒が飲めると言うことで、黙々とテーブルで食事をしていた。バイト仲間の石川の陽気な話に適当に相槌を打ちながら、別の場所で盛り上がっている千葉や他のメンバーを眺めながら、毎年変わらない忘年会を過ごしていた。



「福島くん、隣良いですか?」


話し掛けてきたのは宮崎の友人の子だった。合コンには来ていなかった子だ。

驚いたことに両手の指にクラフト瓶ビールを数本挟んでのご登場だった。


「……どうぞ」


正直ここは店内の端のテーブル。一番盛り上がっている中央から少し離れている。女の子は一人も居ないし、けっして楽しい場所では無いのにここに来るとは、気疲れでもしたのだろうか。……ビール持参でここで休憩?


「もしかして君、福島狙い?」


「残念ながら違います。彼氏居ますので」


同じテーブルにいた石川の茶化しを簡単にあしらって持ってきた瓶ビールをテーブルに置くと、一本を石川に、そして一本を俺に渡してきた。それから自分も一本を持ち、三人で謎の乾杯をした。彼女はグッと勢い良く飲んだので、俺も飲むべきかと思い飲んだ。彼女は顔色が全く変わっていない。……酒豪かもしれない。


彼女は「山形です」と名乗った。


「福島くんって、宮とは中学の同級生なんだよね?」


「そう……です」


何故か敬語になってしまった。この人には逆らえない何かを感じてしまったせいかもしれない。酒豪だし。ビールをグイグイ飲んでいる。


「こんなに美味しい料理とお酒があるんだから、今日宮も来れたら良かったのに、残念。ねえ?」


ねえって……同意して欲しいってことか?


「そうですね」


酒豪だけど酔ってはいて絡まれている状態なのだろうか?謎だ。


「宮崎さんは今日用事か何か?」


目の前に座る石川が俺と山形さんに向かって聞くが、俺は何も知らない。


俺はてっきり来るのだろうと勝手に思っていた。店長と宮崎の友達の奈良さんが付き合うことになり、その子も友達を連れて今日忘年会に参加すると聞いていた。だから宮崎も来るのだろうなと自然と思っていたから、今日実際に来ていなくて肩透かしを食らったような気分だったのだ。


久しぶりにゆっくり話せるかとも思っていた。

まあ、話したいことがある訳でも無いのだけれど。


「用事では無いんだけど」


山形さんは軽く首を振った。そしてまた一口ビールを飲んだ。


「彼氏が心配性で、夜は基本的に飲みに行けないんだよねぇ」


心配性……。


「えー、全く駄目なんですか?」


「結構駄目かな。バイトも夜遅くまでのは禁止って言われて」


「……それで、あの文房具屋」


確か夜八時までだと言っていたのではなかったか。


「そうそう。前は他にもバイトを掛け持ちしてたんだけど、それは遅い時間まで働くこともあったから辞めちゃったんだ」


「でも夏に合コンに来てましたよね?それこそ彼氏サンは心配しなかったんですか?」


石川の言う通り、俺が頼んだ合コンに宮崎も来ていた。


「ねえ!私も宮が行くって言った時はビックリしちゃった。彼氏には内緒で行ったって」


内緒でって。無理をさせていた?


「俺が、頼んだせいっすかね」


「んー……分かんないけど、行きたかったんじゃない?」


合コンに?行きたかった?

確かに合コンに行ったこと無いとは言っていたけれど、行ってみたかったと言うことだろうか。


もし、また会うことがあったなら、謝った方が良いだろうか。宮崎に彼氏がいると分かった時点で、合コン話は無しにすれば良かった。そんな誠意を忘れるくらいショックを受けたせいだ。もしくは、繋がりを絶ちたくなかったんだろう、あの時の俺は。


自分勝手だったな。


「福島くん。ワイン飲まない?」


「はい?」


山形さんはワインが並んでいるところを指差している。持ってこいという意味だろうか。

ビールはもう飲み終わったようだ。彼女の瓶は空になっていた。俺はまだ半分残っているが。


「……赤と白とロゼならどれですか?」


「今日はロゼかな」


仕方無く立ち上がりワインボトルとグラスを持ってきた。


「宮の昔の話聞かせてよ」


グラスにワインを注ぐとそう言われた。

何だか沢山飲まされ何かを沢山搾り取らされそうな予感がした。

気がつけば俺も石川も自然と山形さんに敬語を使っていた。石川なんて完全にお酌係になって、この場は完全に彼女に支配されていた……。



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