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5.怖い男と優しい男

◇◇◇



「合コン!?行く行く!」


「私も行くー!」


大学で親しくしている友人に合コンの話をしてみると、なかなかの食いつき方だった。


学科の友人と四人でのランチ。まだ大学の長い夏休みの真っ最中、帰省して帰ってきたこの友人達とお土産交換をしてお喋りをしていた。


「相手のラインナップは?」


「詳しくは知らないの。私の友達はS大ってことくらいしか。でも友達は彼女いらないって言ってたけど。バイト仲間って言ってたから大学は違うのかな?」


「聞いてよ~。連絡先交換したんでしょ?」


「まあまあ、先入観無い方が良いかもよ」


「彼氏がいる人は良いよね~」


四人中二人は彼氏無し。彼氏持ちには少し当たりが強い気がする。


しかし成る程。合コン相手のことはある程度リサーチしておくべきだったのかと反省。


「こっちのメンバー決まったって連絡する時に相手のこと聞いてみるよ」


「よろしく!宮!」


合コンなんて幹事をしたことがないだけじゃなく、私は行ったことも無かった。

どんな流れなんだろう?自己紹介とか?福島は進行とか出来るタイプなのかな?


「でも、宮もその合コンに行くんだよね?」


「うん。その方が良いよね?」


「宮の彼氏は大丈夫なの?行っても良いって言ってるの?」


「駄目って言われそうだから内緒なの。だから秘密にしてね」


「まあ、それは良いけど」


彼氏持ちの友人の山ちゃんはとても心配してくれる。

まあ、そうだよねぇ。


「先輩は忙しいの?」


「そうだね。研修が終わって七月から配属先が決まったみたいで毎日忙しそうだよ」


私は大学一年生の頃サークルで出会った当時三年生の先輩と付き合っていて、その先輩は今年から社会人だ。


「私達ももう就職のこと考えないとね」


「考えたくないけどねぇ」


「そう?私は公務員試験受けるよ」


彼氏持ちの友人はこちらも堅実に決まっている。


「地元で就職ね。目標がはっきりしてていいなぁ」


「バイト先の子は今短期留学してるよ」


「グローバル志向だね。ちゃんとしてる子はインターンとか災害ボランティアとかに参加してるもんね」


「宮は?」


「私はまだ何も決めてない、かな」


「宮は結婚とかありそうだけど」


「まさか」


私が話の中心になるのは避けたくて、その後適当にはぐらかして話題を逸らした。




福島に連絡を取りメンバーが決まったことを伝えると、福島のバイト先の人が店を手配してくれ、さらにそういうことに慣れているから当日もその人に任せておけば盛り上げてくれるらしいとのこと。ホッと一安心。私は友達を連れて行けば良いようだ。


福島のバイト先の仲間は近くの大学だけれど、皆違う大学らしい。年齢、学年は皆一緒。


前情報はこのくらいをゲットしておけば問題ないかな?



そんな事を考えていたらガチャッと玄関の扉が開く音がした。時計を確認すると夜の十一時過ぎ。


「おかえりなさい」


「……ただいま」


疲れているのか元気が無い。

先輩とは付き合い始めてから半同棲状態ではあったが、先輩が就職を決めてから本格的に同棲を始めた。


「ご飯あるよ」


「……ああ」


元気が無い日は会話も殆ど無い。先輩は黙々とご飯を食べ、お風呂に入る。私は食器の片付けをしてキッチンの掃除をする。

社会人の彼との同棲なので1LDKに住まわせて貰っており、キッチンも十分な広さがある。同棲するまでは狭いワンルームでコンロも一口。お風呂とトイレが一緒だったのが、今は別々で独立洗面台もある。


恵まれている。有り難いことだ。



「これ、どうした?」


コンロ周りや水回りの拭き掃除を終える頃、先輩もお風呂から出てきて、リビングの机に置いておいたお菓子を眺めていた。


「今日大学の友達とランチをしてきて、帰省のお土産を貰ったの」


「ふーん」


「何か食べる?お茶か珈琲か入れようか」


「いや、いらない」


いらないならキッチンはもう使わないかな、と思ってエプロンも外す。そしていつの間にか後ろに立っていた先輩に抱き締められビクッとする。


「ビックリした……」


先輩は構わず私の首筋にキスをしながら体を触る。


「風呂、もう入ったんでしょ」


「うん……」


先輩の手は容赦なく私の胸を揉む。誘われている。


私が拒むことは無い。連れられるままに寝室に行き、ベッドに押し倒され、キスをする。


いつからか拒むことが無くなった。生理の日くらいだけれど、その生理も不順でたまにしかこない。だから拒む理由を取り上げられてしまった。


嫌だと思えば心が辛くなるから、感情に蓋をして受け入れる。そうすれば何も傷付かない。先輩が満足出来るように反応を返すだけで、その夜は何事もなく過ぎていく。


それで良い。





夏休みの終わり頃、夜が秋を感じる涼しさの日が続いたと思ったら、日本列島に近づく台風のせいで夜までも少し蒸し暑さのある日、合コンに行った。


福島のバイト仲間は気が良く面白い為、とても場を盛り上げてくれた。軽い人なのかと思ったけれど、むやみにボディタッチをするとかは無く、純粋に会話が上手い人なのだろう。私の友達も楽しそうに笑っている。それを見てホッとした。


「つまんない?」


突然向かいに座る福島に話し掛けられた。


「違うよ!溜め息じゃなくて、ホッとして息ついただけ」


「あ、そう」


「幹事も初めてだけど合コンも初めてで、ちゃんと楽しんで貰えるのかなぁって心配だったから」


「相変わらず真面目だな。俺はあいつらに丸投げだったぞ」


福島らしいな。それが許されてしまうのも福島だからの気もする。正直だからこそ無理強いさせることはせずに逆にこちら側がしてあげたくなる。

だから昔私はあれこれ福島に世話を焼いていたのかもしれない。

そしていつもちゃんと御礼の言葉を伝えてくれるんだ。その言葉で私の方が嬉しくなる。


「福島のバイトって何?」


「新宿にあるピザの店。ここから近いかな」


「そうなの?美味しい?」


「まあ。不味かったら働いてないな」


確かに。不味かったらすぐに店が潰れてしまいそうだから、そんな店では働かないだろう。バイト代未払いで閉店とか辛い。


「そうだよね。行ってみたいな。ランチはある?」


「ランチもあるしテイクアウトも出来る。酒もあるけど夜は十一時には閉まる」


「今度行くよ」


「……ああ」


少し薄暗いお店だしお酒も入ってるからよく見えないけれど、福島が照れてる気がする。知り合いが来るのは恥ずかしいタイプなのかもしれない。


「福島って、キッチン?」


「ホール」


「ええっ!」


「何でそんなに驚くんだよ」


「ちゃんと笑顔で接客してるの?」


「別に笑顔じゃなくても接客は出来るだろ」


「接客は笑顔が基本じゃないの?」


「客から苦情が来たことも無ければ、店長に注意されたことも無いぞ」


「……顔、かな。得してる~」


あ、からかい過ぎたかな。福島がムスッとしながら軽く睨んできた。残念ながら全然怖くないけれど。中学の時の方が睨みに凄みがあったけれど、その頃から怖いとは思わなかった。


「宮崎さんの言う通りだよー」


突然、福島のバイト仲間の人が会話に入ってきた。確か千葉くん。こちらの会話が聞こえていたらしい。


「福島はキッチン志望で入ったのに調理が全然出来なくて、でも顔が良いからってことで店長がホールにしたんだよ」


「笑顔じゃなくても怒ってなければOK」


石川くんが補足してくれた。


「やっぱり顔なんですね」


皆と一緒に笑ってしまった。イケメンは得だ。本人は何故だか不満そうな顔。自身をネタにされ笑われているのが嫌なのかもしれない。


福島は本当に不良だった頃の雰囲気は無くなり、格好良くなった。同じ顔で面影は勿論あるけれど、同窓会でイケメンだと騒いでいる女子から聞くまで全然分からなかった。目つきだろうか。眉があるからだろうか。髪色も印象を大きく変えているとは思うけど、あの頃に漂わせていた刺々しいオーラが無くなったからかもしれない。


所謂、丸くなったと言うやつだ。




合コンも無事に終わり、お店を出た。彼氏がいるのにとても楽しく過ごしてしまった。これも福島のバイト仲間の人のお陰かもしれない。

その仲間と私の友人とで二次会のカラオケに行くらしい。あまりに楽しげで盛り上がっている雰囲気から、恋人に発展するというより友人関係を築いている様に見えてしまっているけれど。

まあ、楽しそうだし、良い人そうだから突然ホテルに連れ込まれるとかは無さそう。この先は友人に任せよう。


店の前で皆とは別れた。

福島は歌が得意じゃないからとカラオケを断って私と駅に向かうことになった。


東京のネオンが眩しい町、新宿。夜の九時過ぎ。

平日ということもあり仕事帰りの人が多くいる。とても賑やか。


「宮崎は何線?」


「京王線。福島は?」


「中央線かな」


田舎者二人が東京の町で当たり前のようにそんな話をする。昔、福島と会話した中学生の頃は、一人で電車にも乗ったことが無かった。基本自転車で、近場は歩き、遠くは親に車に乗せて貰っていた。改札に切符を通すのもいちいち緊張していたのに、今は勝手に手が動いてICカードを翳している。こうして冷静に考えると不思議な感じだ。


「宮崎、暑くないの?」


東京の町を福島と歩いていることに感慨深く感じていたら、急に福島に聞かれた。


「?、今日、暑いね」


近づいている台風のせいで今晩は蒸し暑い。しかも人が多く行き交い、お酒に酔った人達が大きな声で笑い会話して熱気もある。じわりと汗が滲んでいる。


「いや……お前、長袖だから」


福島に指摘されて、ああそうだったと思い出す。もうずっと長袖生活をしていたせいで、その普通の感覚を忘れていた。暑い日は半袖を着るものだった。


「そうだねぇ!失敗したかな。夜は冷えるかなぁって長袖にしたのに、こんなに暑いとは思わなかったよ」


当たり障り無く答えて笑った。


「汗かいて逆に風邪引くなよ」


お母さんみたいなことを言う福島に一瞬止まったが、ギャップに本気で笑ってしまった。


「何で笑うんだよ」


「だって……お母さんみたい……」


笑いがなかなか収まらない私に、福島はまた不満そうな顔を向ける。


福島に心配される日が来るとは思いもよらなかった。昔の自分に教えてあげたい。大人になってもやっぱり福島は良いヤツだよって。





楽しかった気持ちのまま家に帰った。

マンションのエレベーターに乗り居住階に着き扉が開いた時、お隣のおばさんと会った。


「こんばんは。今帰り?」


「こんばんは。そうなんです。ごみ捨てですか?」


おばさんは小さめのごみ袋を持っていた。聞いたことは無いけれど四十代位のとても優しげな方で一人暮らしをしている。いつも会うと親しげに話し掛けてくれ、お陰で隣人トラブルとは無縁だ。


「そう。明日の朝は寝坊したくて」


このマンションは前日の夜からごみ出しが許可されている。ごみ捨て場がきちんと整えられ、住民の方達のマナーも比較的良いからだろう。そういった面でもこのマンションはとても気に入っている。


おばさんは私が乗ってきたエレベーターにそのまま乗り、「じゃあね」と言って別れた。

そうだ明日はごみの日だ、と考えながら通路を歩き、『長野・宮崎』と書かれた表札の部屋まで行った。


玄関のドアを開けると、革靴が目に入ってきた。玄関の置き時計を見るとまだ十時前だった。


リビングに入ると先輩がソファに座っていた。


「ただいま。今日はいつもより帰りが早かったんだね」


「……どこ、行ってた?」


声のトーンにビクッとする。少し低く、暗い声。

でも平静を装う。


「友達と飲みに。何日か前と、昨日も伝えていたんだけど。スマホに連絡入れておけば良かったかな」


「……聞いてない」


スマホに連絡を入れておくべきだったかもしれない。聞いてないなんて、確かに昨日伝えた時は返事があった。疲れて生返事になっていたんだろう。相手が覚えていないなら伝えていないのと同義だ。


「ごめんなさい。もしかしてご飯まだ?何か作ろうか?」


何が作れるだろうか頭をフル回転させる。冷蔵庫に何が残っていただろうか。酔いなんてすっかり覚めてしまった。


「……いらない」


「何か食べた?」


「うるさいっ!」


ビクッとする。空気がビリビリとする程大きな声だった。


「こっちに来い」


私は口だけ動かして、足は全然動いてなかった。リビングの入り口でずっと突っ立っていた。

呼ばれたからには行かないとと、震える体で先輩の座るソファまでヒタヒタと歩く。


今日に限って何故帰りが早かったのだろう。所在確認の電話は来てなかったから先輩も帰ってきたばかりなのかもしれない。私は運が悪いのか。


震えたら駄目なのに、手足の震えを止められない。


先輩の前まで来て立ち止まる。腕をグイッと引っ張られ体を引き寄せられた。そしてソファに座っている先輩は私の腰を抱き、顔をお腹に埋める。

反応を返さないとと先輩の頭を抱いた。でもその手は震えていた。震えないでと思えば思うほど、止まらなかった。


「怖いの?」


違うと言いたいのに、声が出ない。言っても説得力なんて無いだろうけど。


「俺が、怖い?」


顔を上げて、しっかりと私と目を合わせて問う。

この手の震えは何だと答えたら逃れられるのだろうか。


私は小さく首を振るしか出来なかった。


急にドサッとソファに押し倒されて馬乗りになる。私の反応が気に入らなかったのかもしれない。


「嘘だね」


掴まれた腕をギュッと強く握られる。血の巡りが止められたように手がパンパンになる感覚がした。


「悪い子だね、宮は」


腕がじんじんとするが、痛いなんて言えない。言ったら更に酷くなる。


手の感覚が無くなるほど強く腕を握られ、大した愛撫も無しに半強制的に行為が行われる。

胸も股も痛い。あちこち噛まれてそれも痛い。


私が痛くて漏らしてしまう声に、先輩は笑みを見せる。この顔が怖くて恐ろしくて顔を逸らしても、キスを強要されて正面を向かざるを得ない。目を瞑っても目を開けてと言われてしまう。

私が漏らす声が気持ち良くてなのか、痛くてなのか、先輩はどこまで分かっているのだろう。普段から演技で気持ち良さそうな声を出しているのにも気がついているのだろうか。

もしくは私の反応なんて関係無いのかもしれない。


先輩が満足するまで、私は耐えるだけ。





翌朝、目を覚ますと隣の先輩はまだ寝ていた。薄暗い。六時くらいだろうか。起きて朝食の準備をしなければ。今日はごみの日でもあったなと思い出す。


ごそごそと動いて布団から出ようとすると、先輩に抱き寄せられ動けなくなってしまった。


「もう起きるの?」


「ん……朝ごはんの準備を、しないと」


「もうちょっとこうしていたい。宮を抱き締めていたい」


「……じゃあ、あと、十分だけ」


「可愛い、宮。大好きだよ」


先輩から大好きだと言われると、胸がギュッと締め付けられるような感覚になり、甘えたくなってしまう。


ずっとこの先輩でいて欲しい。昔はずっとこの先輩だった。優しい愛を与えてくれて、何にでも良いよと言ってくれていた。


デートする時は私の好きな場所、行きたい所。私が思いつかなければ幾つか候補を出してくれてその中から私が選んでいた。

同棲を始める時も、一人暮らしの頃から使っている物をそのまま使っていたりもするが、折角だからと新しいベッドや少し大きいソファ、ダイニングテーブル等を新しく購入する時、「宮の好きな物で良いよ」と言ってくれた。


仕事から帰ってもこの先輩でいてくれれば良いのに。明日の朝もこの先輩でいてくれれば良いのに。



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