4.新しい家族と同窓会
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五年後────
一人暮らしをしているアパートの郵便受けに、実家から手紙が届いていた。バイトから暗く決して綺麗とは言えない部屋に帰ってとにかく疲れて眠たかったので、翌日の朝その手紙の封を開けた。
実家からなんて大した用事では無いだろうと思ったので睡眠欲を優先した。緊急の用事なら電話でも掛けてくる筈だ。
封筒の中には葉書が入っていた。
「同窓会……?」
中学の同窓会の案内だった。皆二十歳を過ぎ、今年二十一歳になる年だ。酒を飲んで騒ごうという訳だろうか。
まあ、よく俺のところにも案内が来たものだ。自分で言うのもなんだけど、中学時代は不良だったので基本不良仲間以外には避けられていた。
高校はそこそこのレベルのところに行ったのもあり、不良仲間の誰とも同じ高校では無かった。数人同じ中学の者もいたようだけど、全然面識が無く、そのまま交流も無く卒業した。不良仲間が誰も居なかったせいかまあまあ真面目に高校生活を過ごした。
同窓会は夏だ。県外に出た皆が帰省するのを狙ってだろう。
……俺は行って良いのか?
招かれざる客じゃないだろうか?
「行けよ。楽しそう」
バイト仲間に話してみた。
「案内が来たってことは行って良いだろ?」
「それは一応マナーとして全員に声を掛けただけであって、本当は不参加であって欲しいとか思われてないか?」
「考え過ぎじゃね?」
「福島、今は真面目じゃん。参加して同窓会をメチャクチャにするつもりなんて無いだろ?」
「無い」
同窓会を壊したい等とは全く思わない。何も問題無く平和に終わって欲しい。
「同窓会とか楽しいぞ。意外な女子が可愛くなってたりするし、意外な組み合わせが付き合ってるのが発覚したりする」
「へー」
「反応薄!可愛い女子が居ないか探してこい!そして近くの大学に通ってる女子が居たら合コンのセッティングしてくれ!」
「えぇ……幹事とか面倒……」
そんなことを言っていたのに、バイト仲間の千葉と石川に勝手にスマホを奪われ、葉書のQRコードを読み取られた上に、同窓会参加のボタンをタップされた。
便利な世の中だ。もう参加が確定してしまった。
バイト終わり駅までの道を歩きながら「勝手だな」と少し文句を言った。
「良いじゃん。お前だって彼女と別れただろ?新しい出会いの為に頑張れよ」
「暫く欲しいとも思わないから頑張れない」
自分の為には頑張れそうもない。
「福島はモテるのに続かないな」
告白されて付き合って、でも直ぐに別れて。また告白されて付き合って、そして直ぐに別れるを繰り返した。
「俺は恋愛に向いてないのかも」
好きだと好意を寄せられるのは嬉しい。なので付き合うのだが、相手が望むような彼氏になれない。
忙しいのに「会いたい」と言われても困ったし、「あれが欲しい」と言われても高いものなんて買える余裕なんて無いし、「私のこと好きじゃないの?」と言われても「好きだ」という言葉が出てこなかった。
近寄って来られても直ぐに呆れられ、向こうから勝手に離れていくのだ。
「ちょっと女が苦手そうなところあるよな」
確かに、気の強い女性や香水クサイ女性は苦手だ。
「もしかして、同性愛者か?」
お調子者の千葉はわざとらしく自身の体を抱き締めて身を離される。
「残念ながら恋愛対象は女だ。お前は眼中に無い」
「安心した」
石川がそれを見てゲラゲラ笑う。酒も飲んでないのに馬鹿馬鹿しい話をしていると駅に着いて、各々の電車に乗って帰った。
それからあっという間に夏休みになり、同窓会に併せて帰省をした。
久しぶりの故郷。盆正月も殆ど帰っていなかった。バイト三昧の日々の俺にとっては、盆も正月も稼ぎ時だったから。
中学の同級生とは全然連絡を取っていなかった。高校に入ってから半年くらいは不良仲間とたまに会うこともあったが、次第に高校で出来た友人とばかり遊ぶようになった。徐々に話題がズレ始め、笑いのポイントもズレていったから、仕方の無いことだとも思う。
あいつらは同窓会に来るのだろうか。
同級生とは言え、仲の良かったメンバーが来るのかどうか、来てもそいつらと昔のように親しげに会話出来るのかどうか、正直少し不安だった。バイト仲間に可愛い子を探してこいと言われたが、居場所がなく居心地も悪ければさっさと帰ってしまおうと考えていた。
不思議な緊張感を持ったまま久し振りに実家に帰った。
昔、母と二人で暮らしていた狭いアパートから、普通の一軒家へと変わった。母は俺が高校に入って直ぐ再婚をした。新しい父は優しい人だった。再婚して暫くすると弟が生まれた。三歳の弟は可愛いとは思うが、弟と両親で仲良く暮らしている中に俺が入り込むのは、申し訳ない気分になる。
久し振りに弟と会い、初めは少し人見知りのようなよそよそしさがあったが、お土産のお菓子を渡すと嬉しそうに照れて次第に懐き始める。弟は単純で可愛い。
義父は優しく、一人暮らしはどうだなんだと沢山の話題を振って交流を図ろうとしてくれる。
でも母は昔と変わらず俺に冷たい。同窓会の葉書を送ってくれたものの、俺宛のメッセージを同封するといったことは無かった。普段何の連絡も無いし。俺の実父を恨んでいるのだろう。母曰く、俺は実父と顔が似ているらしい。
夕方になり同窓会に出掛けた。
会場の受付に行って名前を伝えると、ビックリされた。顔をひきつりながら「た、楽しんで、ください」と言われた。全員に言っているのだろうか。
会場はとても広く、大勢の人が来ていた。同窓会の規模が大きく、クラスでは無く学年での開催なので、人の多さに圧倒される。もともとあまり友人を作らなかったので知っている人が少ない上に、久し振りに会うので誰が誰だか分からない。
正直このアウェイ感にもう帰りたくなった。
とりあえず女子のかたまりとは反対の男が集まっている方に行ってみる。
「お前、誰?」
誰かに声を掛けられる。
「お前こそ、誰?」
見たことあるような無いような顔をじっと見る。そして向こうも。
「……お前、福島か?」
「そうだ」
「げー!マジか!」
驚きながらも楽しそうに笑う。そして他のやつに声を掛けていく。
「これ、福島だってよ!」
「これって……」
もの扱いか。
「えー!髪、黒!」
「全然わかんねぇ!」
「茶髪は?ピアスは?眉あんじゃん!」
眉はあるだろ。確かに昔は薄かったけれど。
どうやら昔の不良仲間の様だ。軽いノリだけど、受け入れられて貰えないかもという不安は消えた。
俺のことを分からないと言うが、こいつらも中々の変身ぶりだった。一人一人の近況話を聞き、それぞれに色んなことがあったんだなぁと思った。学生もいれば社会人もいて、中にはもう結婚をした者もいた。
高校生の頃は、こいつらとも話題がズレ始めて一緒にいても心が寂しくなる感覚があり、次第に疎遠になってしまったが、今は俺の知らない世界を生きるこいつらの話が面白く感じた。不思議なものだ。大人になったということだろうか。
同窓会も平和に進み、二次会行くかなんて話をしていた時にスマホが鳴った。義父からだった。
「わり、電話」
会場を出て、同窓会の賑やかさが遠く感じる静かな廊下の隅で電話をした。
些細な話だった。帰りは遅くなりそうか、家の鍵は持っているか、楽しいなら朝まで飲んでも構わない等、母が俺を気にしない代わりに義父が気に掛けてくれているようだった。
もう成人もしてるし、普段は一人暮らしで自由にしているから、こう気にされるとくすぐったさがあった。
最後に「ありがとう」と言って電話を切った。
良い人だ。何故こんな人が母と再婚なんてしてくれたのだろう。謎だ。
近くで話す声が聞こえた。
「うん……、うん……、はい」
誰かが俺と同じで電話をしているようだ。
「じゃあね」と言って電話を切って振り返った顔が、俺を見た。
「福島?」
女は男みたいに声変わりが無いから、俺の名を呼ぶ声が懐かしさを感じる声で、直ぐに分かった。
「宮崎」
同窓会なんて、同級生の誰とも連絡を取り合っていなかったから単独で乗り込むにはハードルが高かった。もしもこれが高校の同窓会だったなら面倒だと思ったかもしれない。
それでも参加に悩み、バイト仲間に相談までしたのはどこかで背を押して欲しかった気持ちがあったのかもしれない。
同窓会の葉書を見て一番に頭に浮かんだのは、宮崎の笑った顔だった。
「久し振り」
「久し振り、だな」
自分が緊張しているのが分かった。
俺は普通に出来ているだろうか。
「ホント、真面目になったね。今日の女子の注目は断トツ福島だったよ」
「何だそれ」
「真面目になって格好良いって」
「……ああ、そう」
格好良いと言われるのは嬉しいが、真っ正面から宮崎に言われるのは恥ずかしくて仕方がない。返答に困る。
「今は何してるの?」
「大学生」
「そうなの!?ホント、真面目になったねぇ!大学行けたんだ」
「どういう意味の「行けた」なんだ?馬鹿だったのにか?それとも貧乏だったのにか?」
「ごめんごめん、失礼な言い方だったね」
「高校でそれなりに勉強したから。そんな偏差値の高い大学じゃないけど。それに母親が再婚して、新しい父親が大学の費用出してくれて」
「そうだったんだ。良かったね」
「でもさすがに生活費まで仕送りして貰うのは申し訳ないからバイトばっかしてるけどな」
「生活費って、一人暮らし?」
「ああ」
「大学どこ?」
「S大」
「うそぉ!東京!?私、M大」
「M大!頭良いな」
宮崎は相変わらず頭が良いらしい。
「びっくり。気がつかずに何処かですれ違っていたかな、私達」
「そうかもな」
東京に出て約二年半。このあまり大きくない町の車移動が主流の生活とは違い、東京の人口数は半端なく電車利用者が比べ物になら無いくらいに多い。駅も町も人とぶつからないように歩き、態々すれ違う人の顔を見たりしない。地元はショッピングモールに行けば誰かに会うかもと思うが、東京は新宿や渋谷に行っても知り合いに会うかもなんてこれっぽっちも思わない。
周りを見ずに歩いていた俺が、宮崎と知らず知らずの内に同じ町を歩いていたかもしれない。
「そろそろ会場戻らなきゃね。お開きになるよね」
会場へ促されるが、まだ話していたいと思ってしまった。
「あ、のさ……」
歩き出した宮崎の、袖がヒラヒラとしている腕を掴んでいた。反射で振り返った宮崎が少し不思議そうな顔をする。
「実はバイト仲間に、同窓会で近くの大学に通っている女子が居たら合コンをセッティングしてくれって言われてて……」
「合コン?」
「誰か大学とかバイトの友達で居たら……どうかなって」
バイト仲間には幹事なんて面倒だとか言っておきながら、結局口実に使ってしまっている。誘いながらちょっと自己嫌悪になる。
宮崎はくすっと笑った。
「福島と合コン話をすることになるなんて、お互いに大学生になったんだって思うね!良いよ!誰か紹介する」
断られずに済みホッとした。
そしてその流れから連絡先を交換することが出来た。
「私、合コンの幹事なんて初めて」
「俺も」
「何を決めたら良いの?人数、店……くらい?」
「まあ、多分。こっちは多分バイト仲間が二人かな」
「福島は今彼女は?」
直球で聞かれてドキッとする。する必要は無いのに、何故ドキッとしたのか自分でもよく分からない。
「いない」
「じゃあ、女の子三人探すね。私は彼氏がいるから」
……いてもおかしくはない。
そう、いても全くおかしくない。
多分、それを考えなかった訳ではなく、都合良く思考を閉め出していたのかもしれない。
同窓会の案内葉書を受け取り一番に思い浮かんだ相手ではあるが、会ってどうかなりたいとか、そういうのは無かった。どうしているのか、どうなっているのか、どんな女性になっているのか、憧れのような気持ちを抱いていた相手の今の姿が気になっただけだ。
だから、この小さく受けたショックは可愛い女性芸能人が結婚してしまった時に感じるようなものと一緒なんだと思う。
「そっちも二人で良いよ。俺は今のところ彼女を作る気になれない」
「えー、何?何か訳あり?ちょっとモテ男っぽい発言だね」
「……どこがだよ」
宮崎の彼氏の話を聞きたいような聞きたくないような気分で、結局何も聞かずに二人で同窓会の会場に戻り、そして俺は元不良仲間の男だけのグループの二次会へと流れていった。