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1.思い出と喧嘩

◇◇◇



私が初めて告白されたのは小学校三年生の時。


周りの女の子達が誰かに恋をし始め、誰が格好良いとか、何君が優しい等と騒いでいるのを少し羨ましく思っていた時期。あの子と誰それは両想いらしいよ、なんて話を聞いては、少女漫画に憧れていた私は、自分にもいつかそんなことがあるのかなぁなんて夢見ていた。


夢だけ見ていて実際に誰かを好きになったことは無かった。友達を好きなのとどう違うのかその時の私にはまだ分からなかった。


だから告白されても驚きで何も言えなかった。


『俺、お前が好きだ』


正直に言うとどう反応してどうその場を切り抜けたのか覚えていない。

授業中だったということは覚えている。一番後ろの席で先生からも離れていて、こっそりと言われた。前や横の席の子に聞かれていたかどうかも分からない。聞かれていたら噂になっていた筈だけど、何も誰からも言われなかったので聞かれてはいなかったのではないかと思う。けれど噂とは本人の知らないところで広まるものなので確かではないけれど。


私自身がどう反応したかを覚えていないので、もちろん付き合うとかも無かった。まあ、小学三年生だし。


今覚えば、あの『好き』は恋愛的な意味合いでは無く、友人とか人としての『好き』だったのかもしれない。


彼は三年生になってから暫く入院をしていた。怪我をしていたらしい。初めて教室に入ってきた時、足にはギプスを巻いていた。

席は私の隣。彼はずっと休んでいたけれど、席替えは居る体で行っていたので、ほんとに偶々私の隣だった。決して私が面倒見が良いからとかそんなのでは無かった。

ずっと休んでいたので急に授業に参加してもついていけないと言っていたので、出来得る限り教えてあげた。しかも結構ずぼらなのか教科書の忘れ物も多く、頻繁に教科書を見せてあげていた。鉛筆を削って来ないから貸してあげることもしばしば。教室の鉛筆削りで削ってあげることもあった。何しろ教室の鉛筆削りは前の黒板の側にあり、一番後ろの席からは遠くてギプスをしている彼は削りに行くのが大変だったのだ。


クラスには色々な係があって、皆何かしら係を担っていたけれど、私はそれプラス彼の世話担当みたいな感じになっていた。

私はそんなに世話焼きな性格では無かったけれど、彼は素直に必ず「ありがとう」と言ってくれたから、世話を焼くのが嫌に思わなかった。


そんな彼の世話が当たり前になってしまっていたある日、また教科書を見せてあげていた時に突然告白されたのだ。


この件の後から直ぐに席替えが行われ、私は彼と席が離れた。それと同時に彼と関わることが殆ど無くなった。同じクラスと言っても異性を意識し始める年頃で、休み時間はどうしても同性同士で遊ぶし、彼も怪我が治り人の手助けも必要無くなり頼られることも無くなった。

それからずっとクラス替えで同じクラスになることも無かった。初めて告白してきた人、として遠い記憶になった。



中学に入って彼は荒れた。先輩の不良グループと仲良くなり、頭は茶色でズボンはダボダボのものを腰パン履き。眉毛もほぼ無くなって薄く、ピアスも空けていた。誰がどう見ても田舎の不良君だった。


小学三年生の頃の彼はとても可愛い少年だった。私が成長が早く背が高かったのもあり、背の低い彼が可愛く見えたのもあるかもしれない。そんな可愛かった少年の面影はどこへ行ったのかと思う程、彼は変わってしまった。


噂で聞いた限りでは両親が離婚したらしい。


それがどう影響して彼が不良になってしまったのかは、幸せな家庭で育った私にはさっぱり分からなかった。両親が離婚したからと言って不良になんてなっていない子だっているのだし。


まあ、でも私は特にクラスも違うしそれ以上彼の事情に興味を持つことは無かった。もともとあれこれと噂をすることが好きでは無かったし、勝手な詮索も好まない。友達が噂をしていたら「そうなんだ」位で流していた。

陰で自分のことを好き勝手噂され笑われるのは気分が悪い。そんな人間になりたくなかった。

でも噂をしている友人を咎めることは出来なかった。それは自分の弱いところなんだろうと思う。結局は安全で平和な位置に居たいのだから。


が、しかし。

中学三年生になり、クラス委員も部活の部長もやり、試験ではクラスのトップ3に常に入っていたし、リレーの選手に選ばれる程には運動も出来た。自分で言うのも何だけれど、いつの間にかクラスの中心的存在になり先生方からの信頼も厚く友人から頼られるようになり、頼られてしまうと応えなければと義務感が生まれてしまうようになった。



「宮ちゃん、また福島くんがいじめてくる……」


「またあ!?」


休み時間に隣のクラスから幼馴染みが泣きながら訴えてきた。


「歴史の資料集に載ってる写真を見て、お前に似てるって……」


「小学生みたい」


「それで授業中なのに、クラスの皆で笑って……もうクラス戻りたくない」


私達の学年は不良が多かった。先生方もかなり手を焼いていて、何を思ったか、不良グループでも特に達の悪いメンバーは全員同じクラスにさせ、担任を学校一厳しい先生にしたのだ。それ以外の不良は各クラスに振り分けた。でもその厳しい先生一人でどうにか出来る筈もなく、そのクラスになってしまった少し気の弱い幼馴染みは見事にいじめの対象にされてしまったのだ。


「授業はどうしようもないけど、休み時間はここに来たら良いよ。話ならいくらでも聞いてあげられるから」


休み時間が終わるチャイムが鳴り、何とか涙を止めた幼馴染みはクラスへと戻っていった。


私のクラスは平和だった。担任の先生がフレンドリーで面白いベテランの女の先生だったこともあるし、私が絶対的な権力を持っていた為に女子の発言力が強く、男子は見事なまでに服従していた。良いのかこれで……とも思うけれど、特にいじめは無いし意外にも団結力はあったので、体育祭でも準優勝したくらいだった。


幼馴染みのクラスは不良同士は仲が良いけれど、それ以外とは馴染もうとはしないようで、いじめの対象がコロコロ変わっていた。いじめと言ってもただのからかいとも言えるし、陰で陰湿なことをしたりしないので先生方もその場の注意しかしない。ただ不満を辺りに撒き散らしているようなものだったので、先生方もまたかと一種の慣れもあり、私の目から見るとあまり重く受け止めている様に感じなかった。


お陰で何も解決はしなかった。



「福島くんが、私のこと臭いって……」


「は?」


女子に向かって臭いだと?


「風呂入ってんのかって、汚いって……」


イラッとした。

他所のクラスに口出しするつもりは全く無かったけれど、さすがに酷いと思ったら怒りのあまり体が勝手に動いていた。正義感とかそういうのでは無く、私が侮辱された気分になったのだ。そうなったのも数々のいじめ話を聞かされていたからかもしれない。


そのまま幼馴染みのクラスに乗り込んで、教室の後ろの福島の座っている……いや、寝ている机にバンッと思いっきり手をついた。ちょっと手がじんじんとした。

福島は突然の音と衝撃に驚いて顔を上げた。


「ビビったぁ……何だよ」


彼と会話するのはいつ振りだろう。この福島こそ、初めて私に告白してきた人だ。


「福島、謝って」


福島は驚いた顔からぎゅっと眉に寄せ眉間に皺を作った。そして睨み付けてきた。


「何をてめぇに謝らなきゃなんねぇんだよ」


「私にじゃない。私の大切な幼馴染みによ。臭いとか汚いとか、酷いでしょ」


「はぁ?事実なんだから謝る必要もねぇだろ」


「どこが事実なのよ。何にも臭くないし汚くない。あんたのその性格の方が汚い」


「犬臭いんだよ。獣臭がして気分わりぃんだよ」


「ペット飼ってたら普通でしょ。嗅覚良いのねぇ」


「馬鹿にしてんのか!」


「嗅覚を褒めただけだけど」


「うっせぇな!黙れや」


「福島がちゃんと謝ったら黙るけど」


「うぜぇな!」


私が福島の睨みも脅しにも怯まず、そして言うことも聞かずに黙らないので、かなり福島はイライラし始めた。


「おいおい、宮崎」


間に入ってきたのは福島と幼馴染みのクラスの担任の先生。学校一厳しいと言われている先生だ。授業を教えて貰ったことは無いから直接的な関係性が無く、どう怖い先生なのか知らないので、どちらかと言うと優等生の私からしたら何も怖くもない、怖がる必要も無い先生。


「何ですか、先生」


「そろそろ止めておけって」


「どうしてですか?」


「福島に何されるか分からんだろ」


「だから止めるのですか?私は何も悪いことをしていません」


「まあ、そうだけど」


学校一厳しい先生と言っても先生が生徒に出来ることは話して諭すくらいだ。暴力で屈服させようものなら問題になってしまう。親に言ってどうにかなるならもう解決しているだろう。

クラス内で暴力事件が起きたら大変なので、それを回避する為に私を止めたということくらい私にだって分かる。だからと言って私が引いたら結局何も解決しない。それは嫌だ。私は結構頑固なのだ。


「友達が辛い思いをしています。先生は何かしてくれましたか?私はそれをどうにかしたいんです。友達を私のクラスに変更して貰えませんか?」


「それはさすがに無理だろう」


「だったら福島に直接言うしかないでしょう」


「おいおい」


先生との話は私の中では終わった。先生から福島へと再び向き直る。

福島は机に突っ伏して寝ていたのに、いつの間にか机に足を乗せて座っている。偉そうだ。しかも不良仲間が面白げに集まってきており、福島の周りを囲んでいる。取り巻きか。


「福島、謝るのが嫌ならせめてもういじめるのは止めて」


「いじめてねぇし。事実を言っただけだし」


「あんたにそのつもりが無くても相手がそう感じるような傷つける言葉ならいじめでしょ」


「うっせぇな!」


「あんたがいじめてる相手はもっと煩いと思ってると思うけど」


「ああ!?うぜぇな、マジで。黙れや」


「あんたがいじめを止めてくれれば良いだけなんだけど」


「あぁ、マジうぜぇ」


「うざいと思うならもういじめないって言ってよ」


「うるせぇ!黙れ」


「黙って欲しいなら言って」


「うぜぇ!」


「あんた、さっきから、うるせぇとか、うぜぇとか、黙れとか、同じ言葉しか言わないけど語彙力無さ過ぎじゃない?」


「ああ!?馬鹿にしてんのかよ!」


福島は足を乗せていた机をガンッと蹴った。


「本読んだ方が良いんじゃない?今度何か本貸そうか?」


「お前っ!いい加減に───」


福島の言葉を遮るようにチャイムが鳴った。立ち上がろうとした福島も動きを止めた。


「はいはい!もうやめろって!チャイム鳴ったぞ。宮崎は自分のクラスに戻れ」


先生に無理やり体を引っ張られ、今にも喧嘩しそうな福島から離された。仕方がないのでそのまま教室を出た。廊下には騒ぎを聞きつけて人が集まってきていた。私はそれを気にもせずしれっと自分のクラスに戻った。



その日の放課後、担任の先生に事情を聞かれた。けれどフレンドリーで面白いこの先生は、笑っていた。


「宮崎さん、やるね~!宮崎さんみたいな人が教師になってくれたらいいなぁ」


「えー……、教師は結構です」


正直、生徒という立場だから乗り込めたのだと思う。教師になれば子どもの私には分からない苦労がきっとあることだろう。だって不良がこんなにも沢山いて、全く言うことを聞かないのだ。あの学校一厳しいと言われる先生だって全然怖くなかった。あの先生も多くの不良を一人で相手しなければならないのだ。怒鳴ったところで効果なんて無いことを分かっているから、問題を回避することしか出来ないのではないだろうか。


こんな大変な仕事も無いだろう。まぁ、この学年だけかもしれないけれど。


それに、福島の不良になる前の、私に告白してきたあの頃を知っているから直談判出来たようにも思う。全く知らない人相手なら絶対に乗り込んだりしないだろう。



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