Ⅰ
「蛍を見に行きたい」
白狐は唐突にそんなことを強請った。ある夏の夕暮れのことだった。
***
冴省の離宮にやってきた白狐は、毎年のことながらすっかり退屈していた。
この時期の都は高温多湿。虚弱な体質の白狐には辛く、夏は北の地で過ごすのが影家の慣例である。殺風景な冴省は青白い峰が空に光るばかりで、大気は澄んでいるが、特筆すべきものは他にない。
都の格式ばった生活から解放される代わりに、離宮では体が伸びるほどの退屈な時間を持て余した。生来太陽の光に弱く、肺を患った白狐は倦んだ眼差しで青空を仰いではため息を漏らす日々にも慣れてはいたが、やることがなさすぎるのも考えものである。
時期を同じくして、避暑に訪れていた幼馴染は省都・真鶴都の花柳街で遊び歩くことを毎夏の楽しみにしているらしい。時折白狐の退屈を見越して離宮に顔を見せては、北方の女は色白で美人が多いだの盛んに語って聞かせてくる。
最近妻を娶ったばかりにも関わらず、彼の女遊びは相変わらず際限がなかった。お前も気が向けば来ればいいという陽気な誘いを、白狐は毎回やんわりと断る。
門閥貴族の影家の嫡子にして、次期皇帝の候補として名の挙がった儲君──白狐が背負う肩書はこの国ではあまりに重く、迂闊に遊び歩けばおかしな醜聞が立ちかねない。似たような立場でありながら早々に儲君の名を投げ捨ててしまった幼馴染の身勝手さが、自由の象徴のようで白狐には眩しかった。
保守的な層に顔を顰められることも厭わず、在るがまま人生を謳歌する幼馴染を見ていると、自分が如何に狭い箱の中で生きているか思い知らされる。彼のように為りたいかと言われると話は別だが、ああいう生き方は楽しかろう、という嫉妬交じりの羨望は歳を重ねるごとに大きくなった。
白狐にとって人生は窮屈で、先に進むほど身動きが取れなくなる先細った筒のようなものである。皇帝という座に拘った父に言われるまま、慣習や勉強を気怠くやり過ごす日々が自分にはお似合いか、などという自嘲も声には出さない。既に大人になり、愚痴を吐くのも幼稚に思えてきた頃合いだ。
なのに、今夜はとびきり我儘を言いたい気分だった。「蛍を見に行きたいです」ともう一度言えば、傍らで茶器を片付けていた司旦が怪訝そうに顔を上げる。
「はあ……?」
「この辺りの綺麗な川辺には蛍がいるそうですよ。いつだったか、千伽が言っていました」
幼馴染の名を出し、以前彼が言っていた場所を語る。恐らく、司旦が訝ったのはそういうことではないのだろうが、白狐は構わない。
かつて異民族の奴隷として生きていた司旦を拾ったのはもう随分前のことのように思える。今や身の回りの世話をする近習として誰よりも白狐の傍にいる司旦は、白狐にとって思い切り甘えられる数少ない相手だった。
「蛍なんて」
司旦は異民族らしい、不思議なくらい整った顔を顰めて見せる。
「宴の席で望めば幾らでも見られるでしょう。珍しくもない」
「捕まえたやつじゃなくて、野生の蛍が見たいんです」
白狐は食い下がる。司旦の言う通り、宴席で涼をとるため辺りに百匹の蛍を放つような趣向は、都では珍しくない。食傷気味、と言っても良かった。
司旦からしてみれば下らない貴族の道楽で、水のないところに放たれた大量の蛍が翌朝死んでいるのを片付けるこちらの身にもなって欲しいと文句を垂れたこともある。
今度は野生の蛍が見たいと来たか。司旦は何か言いかけ、黙った。
主である白狐は決して命を軽んじることはしない男だ。閉鎖的な幼少期を過ごしたために、大人になっても尚、珍しいものには目を輝かせる無邪気な節があるが、そうした傲慢ともいえる鷹揚さは彼の長所でもある。金持ちの遊蕩に辟易としている司旦とて、八つ当たりするには分が悪い。
はあ、とため息。それは諦めの合図でもある。子どものような期待の表情を浮かべる白狐に、司旦はあからさまに面倒くさそうな顔をした。
「今夜行きたいんですか」
「ええ」
「白狐様に何かあったら俺の首が飛ぶんですよ。物理的に」
本当に、分かっているのだろうか。生真面目に堅苦しく生きている反動なのか、白狐は身内にしか見せない我儘で幼気な面がある。おまけに、こうと決めたら梃子でも動かない。
ぽりぽりと頬を掻きながら、毎度この主に適当なことを吹き込む千伽への呪詛を呟き、おおよそ彼が言っていた場所の行き方の見当をつける。
一方で白狐はすっかりその気になって、暮れなずむ景色を熱心に眺めていた。能天気を通り越していっそ神聖さすら漂う横顔。俗に穢れた朝廷の政情を躱し、ふわふわと雲の上にいるような生き方が無自覚なのか処世術なのか未だに判然としない。
ただ綺麗なもの、尊いものを見たいという、些細な我儘が白狐の人生を変えることになるとは、このとき誰も知らなかった。
色白の頬を琥珀色の光に染め、人形のように微笑んでいる白狐に、早く着替えてくださいね、と司旦はせっつく。