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お由宇はいつも人を煙に巻いて喜んでやがる、と毒づきながら歩く。
「いろいろわかってるなら、素直に教えてくれりゃいいだろうが」
周一郎も周一郎だ。本当にお由宇が言うように俺を信頼してくれてるなら、あんなふうにあれこれけなすこたないだろう。そりゃ、俺よりちょっと決まっていて、ちょっと頭が切れて、ちょっといろんなことを知ってて、ちょっと顔が良くて、ちょっと金があって……ちょっとか?
「………結局、俺の一人相撲なのかな」
お由宇にもらったバイト情報の紙切れを手に立ち止まってしまった。
俺は周一郎を友達だと思ってる。確かに年下だし、育った環境も抱えてる状況も何一つ共通点はないし、趣味も違うし話も合わない、なのに、どこかの一瞬で、世界の中にただ二人だけ、背中合わせに立っている、そんな感覚。
けれど、そう思っているのは俺の方だけなのかも知れない。
周一郎は、そのもう一つの視界の中に人間の裏表を見抜いて来た人間で、悪魔じみた頭脳を持ってて、財力を手にしたいことは何でもやれる。対する俺は、ジーパン一本買うためにバイト探しに走り回る苦学生、あいつにアドバイスできることなどないし、ストレス緩和剤にもならない……むしろ、別口のストレスを追加していっているかもしれない。
あいつに俺が差し出してやれるものは、一方的なお節介、もしくは片側通行の『友情』みたいなもの。
そういう『俺』を、周一郎は本当に必要としているんだろうか?
「…うーん…」
ぐらぐらと胸の底が揺れ動いた。
「俺なら……必要じゃねえなあ…」
呟いた矢先に脳裏を過ったのは今朝の夢、俺めがけて駆け寄ってきた周一郎。
(お前の側でなら安心してるんじゃないか?)
訳知り顔の心の声に被さるように、理性が反論した。
(いやいや、あいつが必要としているにしても、それはお前というタイプの人間で、お前じゃなくてもよかったんだろ、きっと)
お由宇の声が響く。
『後にも先にも、きっとあなた一人でしょうね』
「俺…一人」
それはつまり『タイプ』じゃないってことだ。
(お前だって、ほんとはわかってるだろ)
心の声がにやにや笑って言い添えた。
(あいつが必要としているのは休める場所、お前こそがあいつを休ませてやれる場所だって。お由宇はそれを言ってんだろ?)
(そうかあ?)
理性が肩を竦めた。
(お由宇だって人間さ、周一郎の側にずっと居るわけじゃないし、間違うことだってあるさ、だろ?)
「……うううううん」
頭の中の二分割にいい加減にぐるぐるしてきた。
「……まあ、いいか」
溜め息をついて首を振る。
どっちにせよ、今周一郎の側に居るのは俺だし、俺はあいつの『遊び相手』だし、『遊び相手』はややこしいことを考えたり突き詰めたりしてないで、楽しく遊んでやればいいもんだろう。
「だな!」
「ねえ」
「っ!」
結論づけて歩き出したとたん、ぽん、と背中を叩かれてぎょっとした。
「滝くん?」
「っっっっ」
響いた声が頭の奥底のとんでもない所に届いて、脳味噌が一気に気化した。ありえないだろそれは。そう唸ったのは理性のヤローで、それでも体は正直に振り返りながら応じてしまう。
「…きもと……さん?」
「やっぱり!」
相手がにっこりと零れるように笑った。低めの背、淡いピンク系でまとめたラフな格好、唇を染めたルージュが何だか眩い。城本百合香、中学時代のクラスメイト……ついでに俺の初恋の相手。
何で自分が彼女にはいつもに増しておかしなことを口走るのか、何で彼女の前では笑うことさえ難しくなってしまうのか、何で彼女には優しくしたい半分も優しくできなくなってしまうのか、そんなこんなにひたすらうろたえて戸惑ってためらい続けた日々。
それが一気に甦って全身を支配した気がした。
「あ、あの、あの、あの」
何を言うべきかも考えられずにおたおたしている俺に、
「後ろ姿が似ていたから、そうじゃないかなと思って。でも、滝くん、って」
くすり、と可愛らしく声を立てる。
「中学から全然変わってないのね、すぐわかったわ」
それはあまり歓迎できないことだよなと思いつつ、トレパン姿を気にしていない気さくさも、笑うと余計ににじみ出てくる甘さも、城本こそ全く変わっていない、とぼうっとした。だが、すぐに気づいた、思い出から流れて来た時間と、二人に開いてしまった距離、城本の化粧した顔と俺のいい切れないことばに。
ちょっと切ない気分になった俺を射抜くように、城本が笑った。
「滝くん、今、時間ある?」
「え?」
「久しぶりに会ったんだもの、お茶でも飲まない?」