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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
7.友

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1

 Dr.ドナルドのバイトは見事におじゃんになった。あの主任が、どうやら現場には不向きらしいと上に判断され、別の部署に飛ばされたのだ。従って、俺のドジにも関わらず,アルバイトとして雇い続けることはないわけで、自動的に俺の頭は胴体と泣き別れてしまった。

「どうするかなあ」

 ぼやきながら、トレーニングパンツにTシャツ、右手に真紅のバラという人目を引く格好で歩いている。とにかくあの火事で服は無惨な状態になってしまったし、穴が空いてたりほつれてたりで他に着れる服もほとんどなく、ついでにバラの花束でわずかに残っていた金も吹っ飛んだ。

 病院の中を歩いていると、俗に言う白衣の天使達がくすくすと微笑みを堪えつつ通り過ぎる。てやんでえ、天使とか何とか言ってても、感覚は一般人と同じじゃねえかと悪態をついている間に百合香の病室に辿り着いた。

 ノック。

「…」

 返答なし。

 おそるおそるドアを開けると、個室のベッドは既に空になっていた。床頭台の花瓶が、開け放った窓から入る初夏の風に飛ばされるまいとするように、小さな紙を押えつけている。俺はバラをベッドに置き、床頭台に近寄った。

 小さく折り畳まれた薄く青い便箋、広げるとぱさりと何かが滑り落ちる。

「?」

 拾い上げて、中学時代のクラス写真だと気づいた。写真の中の俺の姿は切り抜かれている。百合香の姿は黒いマジックで塗り潰されている。便箋に目を移すと、そこには昔憧れた細く軽い筆圧の紺色の文字がたった二行、涼しげに寂しげに並んでいた。

『 さよなら

  滝くん  』

 折りたたみ、写真と一緒にポケットに入れる。バラを持て余しながら病室を出ると、看護師の一人と出くわした。

「あら、城本さんなら、今朝早く退院されましたよ?」

「…元気でしたか?」

「ええ、もちろん」

 元気を取り戻さない患者に退院はさせないだろうと言いたげな訝しい表情で、看護師は頷く。

「…どうもありがとうございました」

 のろのろと頭を下げた。看護師はいささか憐れみを込めた視線で微笑み返し、静かに立ち去っていく。少しだけ未練がましく後ろ姿を見送って、俺は溜め息をついて向きを変えた。

 もし、俺と百合香がもう少し早く再会していれば、もちろん恋人同士には時間が流れ過ぎていて無理だったかもしれないが、良い友人ぐらいにはなれていただろう。

 けれど、どこかで俺達はすれ違ってしまった、ほんの僅かな時のずれと神様とやらの悪戯で。

 そんなつもりはなかったけれど、考えながら歩いていて、つい習慣で朝倉家の長い長いレンガ塀に向かってきていた。

「にゃあん」

 突然聞き慣れた声がして立ち止まる。

「よう、ルト」

 目の前に、いつの間に現れたのか、青灰色の小猫が居た。尻尾をくねらせ、俺の視線を止めたと気づくと、くるりと向きを変え、付いて来いよと言いたげに歩き出す。

「おい、駄目だぜ、ルト。俺はクビになったんだから」

「にゃ」

 振り返ったルトは小走りに戻ってきた、かと思うといきなり俺の靴に駆け上がり、ためらいもなく素直に俺の脛に齧りついた。

「ぎゃ!」「ふっ」

 飛び上がる俺から軽く身を翻して飛び退り、例の声を出さずに鳴く顔で牙を剥き出す。それからぐいと顎を上げて顔を反らせ、再び前に立って歩き出そうとする。

「何だ? 何の用だ?」

『周一郎はね』

 ふいに頭の中にお由宇の声が甦った。


 ごたごたはほとんどおさまっていた。

 英はタジック社が周一郎を泥酔させて殺そうとしたことを交渉材料に、新日本タジック社としてロボット産業に返り咲いた。タジック社は事実上失墜、トップの入れ替えもスムーズに行われた。

 そう、ごたごたはおさまっていた、ただ一つ、周一郎の態度を除いては。

「周一郎はね、あなたのことを心配したのよ」

 お由宇は穏やかに笑っていた。

「だから、英が何かを企んだとき、あなたを巻き込まずに処理できるように、自分と同じ階に彼の部屋を準備したの」

「けど、英が近づいてもあいつは起きなかったぞ」

「あなたがいたでしょ?」

「…」

「そういうことを私に謎解きさせないようにしたところが、実に周一郎らしいけど」

 くすくす笑うお由宇に、彼女が話そうとする時に遮ったルトを思い出す。

「……けど……何でだ?」

 あいつの意地っ張りは今に始まったことじゃない。実は心配したなんて今更明かされたところで、ああ相変わらず意地っ張りだなあで済むはずだろうに?

「自分に照れたのかもしれないわね」

「へ?」

「ドイツから帰ってきて、また素直じゃなくなったって言ってたでしょ?」

「ああ」

「ドイツでの自分の行動を分析してみて、改めて眼を覆いたくなったのかもしれないわ。意識し始めると、あなたにどう接すればいいのかわからなくなった。本音はそんなところじゃない?」

 お由宇の恋人になる男はさぞかし大変だろう。その日のパンツの色まで見抜かれてしまうんだろう。

「白」「えっ?!」

 いきなり指摘されて思わず腰を押える。堪えかねたようにお由宇は笑い出しながら付け加えた。

「あなた、白しか持ってないんだもの」

 ……ああ。


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