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こういう時はどうだった、開けてよかったのか悪かったのか。ええい、開けなくてもいずれ炎に巻かれて死ぬだけだろう、開けちまえ。
思い切り窓を開け放つと、ごお、と不吉な音が廊下の外で響いた気がした。負けずに喚く。
「ここだーっ!! 助けてくれーっ!!!!」
「滝君! 飛び降りろ!」
すぐに英の声が戻ってくる。窓の下に消防らしい男達がマットのようなものを広げている。
「二階へもう上がれなくなってるんだ、早く!」
「周一郎も見つけた!」
「わかった、早く!」
英の側に立崎の姿はなかった。パトカーが一台、サイレンを鳴らしながら引き上げていく。放火、殺人未遂は最低つくはず、タジック社の命運も尽きただろう。
「周一郎! しっかりしろ!」
「ん…」
ほとんど自力で立てないばかりか、手を離せばぐずぐず崩れていく周一郎の顔は蒼い。今更気づけば、ソファの陰に吐物があった。自分で吐いたのか、それとも体が反応したのか。どちらにせよ、このままでは明日の朝刊で有名人になってしまう。
「周一郎って! おい! 起きろ!」
ぺちぺち叩いたところで反応しない。山根あたりをぶっ叩くつもりで勢いを込める。
ばつんっ!
「ひえっ」
予想以上に派手にあたって思わず身を竦めた。頬を張り飛ばされた周一郎がようよう瞬きして薄目を開ける。
「滝…」
「ああ俺だ! 起きて眼を覚ませ! 火事だ焼き鳥になるぞ!」
「力…入らなく……注射…され…」
「注射? 酒を注射されたのか?!」
「感覚が……なくて……立て……ません…」
「こんな時に敬語かよ、おらさ!」
肩を入れて引きずり上げる。重い。自力で立てない人間は本当に重い。周一郎ほど小柄でも、ひきずって窓に歩くのが手一杯だ。
「こっちだ、この窓から脱出するぞ!」
「……め」
「あ?」
「……ゆめに……似てる…」
ずるずるひきずられながら、周一郎が淡い声で続けた。
「…迷ってて……白い…靄の中で……出口……見つからなく……霧が…濃くて…」
「こんな時に夢の話かよ、ほっとくとここでも煙に巻かれて真っ白に……霧?」
喘ぎながら周一郎を見る。
「……出たくて……迷って……迷い続けて……もう…諦めようとして…」
白い靄の中で迷う夢? 俺と同じ夢じゃないか。
「…かなしくて……他の人に……ある出口……僕には……見えない…」
ぼんやりと遠い瞳は今もまだ夢の中にいるようだ。
「諦めて………声が聴こえた……そっちは……明るくて……滝さんがいて……ああ……こっちだって……ほっとして……走って…」
どおん! ばきばきっ!
崩壊する建物の中で、俺は周一郎の告白に気を取られている。
ふいに見上げてきた周一郎がふわりと笑った。いつか英がこけた時に見せたような、懐かしそうな嬉しそうな笑み。
「滝さん……いるから……僕は……」
青ざめていた顔が薄く紅潮する。満足そうな微笑みは見たことがないほど無防備だ。
「…だい…じょう……ぶ………」
「っ、うあっ、おいいいっ!」
がくりと周一郎が崩れた。正確に言えば寝落ちた。そこでようやく、それでも今まで周一郎が少しは自分の脚を突っ張っていたと知る。数倍になった体重を、俺は半泣きで引きずって窓へ突進した。
「落とすぞ行くぞ周一郎無事でいろよっ!」
窓に押し上げ突き落とす。わあっと声が上がりぼすんと音が響く。後ろから突然熱気が吹き出す。足元が揺れ、斜めに傾いでいく床が背後へ崩れて行こうとするのを必死に蹴って、窓に摑まり、サーカスの火の輪くぐりのライオンよろしく、虚空へ向かって飛び出す。
「うわおおおーっ!」
一生一代の晴れ舞台、ああ外って涼しいんだ、世界って広いんだと考えた瞬間、自由落下する体に眼を閉じる。
ぼすっ、どごっ!
「げっ!」
確かに衝撃は弱められたはずだ、直接地面に激突するよりは。
けれどマットを押し潰すように俺は端っこに落ち、勢いで投げ出されて再び地面に落下した。
「おおい、大丈夫か!」
ひょっとして少し張りが弱かったかな、いやすまんすまん。
苦笑いして覗き込む消防隊員を、俺は逆恨みの目でねめつけた。




