4
「高野、俺も当たってみるから、そっちも引き続き探しててくれ!」
『わかりました。よろしくお願いいたします』
受話器を叩きつけボタンを押し掛け、受話器を上げていないことに気づき、慌てて受話器を取り上げ再び一連の番号を押す。
「少しは落ち着いたら」
「俺もそうしたい」
言い返す。
ほんとそうだ、いつもそうなんだ、もうちょっとこういう時に落ち着いて、いろいろきっぱりはっきりやれたら、ほんと人生どれだけ楽だったか。
けれど、できない。
できないまま、いつも、俺は。
呼び出し音に耳を澄ませる。
『はい、こちら新日本タジック…』
「ばかやろうっ!」
「?!」
繋がった瞬間に怒鳴りつけ、相手が黙り込んだ。
「パートナーのくせして何やってる!」
『ちょ…ちょっと待って、滝くんかい?』
「俺じゃ悪いか!」
俺だって電話ぐらい掛けられるぞ。
『悪くはないけど。一体何だい、久しぶりだね、っていうか、君どうしてこの番号を』
「周一郎が消えた」
『…』
「昨日電話で呼び出されて一人で出かけてまだ帰ってない。連絡もつかない」
『…彼が…?』
英は考え込んだ声で応じた。
「お前、立崎って知ってるか?」
『立崎三郎なら、タジック社の前社長派の人間だよ』
「そいつかも知れない」
『…どういうこと?』
乾いてくる喉に無理矢理唾を呑み込み、出来る限り手短かに百合香のことを話す。当たって欲しくなかったのに、
『あり得るな』
英は冷たい声で応じた。
『彼は僕らのバックアップを申し出た。それどころか、本社の不正摘発にも力を貸すと表明した。朝倉財閥の力は誰だって知っている。余計なことを探り出される前にと動いたのが居ても不思議じゃない』
「落ち着いてるなよ!」
滲む冷や汗を拭いながら喚く。
「周一郎が殺されてからじゃ遅いんだぞ!」
そうだあいつが殺されちまったら、ルトが捨て猫になっちまうじゃないか。いや違う、違うぞ、もっと大事なことだ。もし、周一郎が殺されたら。
ぞっとした。
冗談じゃない。
『滝君』
英はうろたえない。それどころか口調を変えて尋ねてきた。
『君、朝倉さんの事を知ってるのかい?』
「はああ?」
今日はどうしてみんな、謎謎ごっこをしたがるんだ? よりにもよって、一分一秒を争うってのに?
「知ってるかって当たり前だろ!」
俺はあそこでバイトしてたんだぞ。周一郎のことだって結構知ってる。かなりたぶん、きっと大いに知っている。
喚き散らす俺に英は動じない。
『そうじゃなくて、朝倉さんがどうして君を放り出したか、理由を知ってるのかい?』
「お前とパートナーを組むからだろ」
『じゃ、知らないわけか』
英は訳のわからぬことを呟いた。
『他には? 朝倉さんがどうしてこんなことに首を突っ込んだのかは?』
「タジック社が欲しかったんだろ」
『全く気づいてないんだな』
「だから、何だよ、一体。何の話をしてるんだ!」
『どうしてまた、朝倉さんが危ないからって僕に連絡まで取ってくるのかな?』
「ど、どうしてって」
反撃されて鼻白む。
どうしてかと言えば、そりゃ俺が無力だからということに尽きる。自分一人では周一郎を捜し出すことも助け出すこともできないからだ。
『君は馘にされたんだろう? 彼とはもう何の関係もないはずだ。なのに、どうしてわざわざ危険な事に飛び込んでくる? まさか、危険だと気づいていないとまでは言わないよね?』
ぐ、とことばが喉に詰まった。
無力なくせに、何もできないくせに、人の力を当てにするしかないくせに、なぜできないことをやろうとするのか、そう尋ねられた気がした。
「…けど…そりゃ…関係ないかも知れないけど…」
言いよどむ。
うん、実はもう一回雇ってもらえないかと思ってさ。
一宿一飯の恩義ってものがあるだろう。
危険が好きだからさ、ふふっ。
……違うな。
どれも違う。
それなら、俺は。
「……ほっとけないだろ…」
『は?』
「ほっとけないだろう!」
ぼそりと唸ったのを聞き返されて意地になった。
「あいつが危ないんだからほっとけないじゃないか! あっちはどう思ってようが、俺はあいつは友達だと思ってるんだから仕方ないだろが!」
くすくす、と英は向こうで低く笑った。
『やれやれ、ほんとに……馬鹿みたいにお人好しだな』
「おい!」
『30分後に迎えに行く。立崎の居場所に心当たりがある』
「お…おぅ」
そうか、俺は周一郎を友達だと思ってたのか。何かあったらほっとけない、そんなに近い友達だと。
切れた受話器を持ったまま、俺はしばらく放心した。




