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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
1.夢
4/48

4

「…何だよ、一体」

 ドイツでは結構素直だったのになあ。

 ぼやきながらパジャマを脱ぎ捨てた。

 いや、ドイツだけじゃない、最近はかなり素直に感情を出してくれるようになってきたと思っていた。付き合いもそろそろ一年を越すし、前よりずいぶんよく笑うようになったし、俺の側に居る時はあんまり警戒している様子もないし。

 ところが、ドイツから帰って一週間ぐらいたってから、またぞろ態度が硬くなってきた。他人行儀というのではなくて、さっきのように妙な憎まれ口をたたくことが増えた。

「何かやったっけ?」

 考え込みながらジーパンに脚を突っ込む。

 周一郎が傷つくようなこと…俺に対して距離を置かなくてはならなくなるような羽目にあいつを追い込むようなことを? 

 何の覚えもない。特にこれといって、あいつがうっとうしがるような、急にあれこれ世話を焼くこともしていない。

 周一郎は病み上がりで旅行疲れもあったし、寝たり起きたりが続いていた。少し調子がよくて夜更かしすると、次の日の朝食に姿を見せないことも多かった。考えていたよりずっと多くの負担を、周一郎は無言で堪えていたのだとよくわかった。

 こいつは休ませなきゃだめだ。単に疲れがとれないというだけじゃない、体の芯からめちゃくちゃに壊すまで働きかねない。

 気づいて俺は、あいつがベッドに持ち込みかけた書類をひったくって高野に渡した。抗議の声は大声で歌いながら聞こーえない聞こえない、と言い張った。すぐに食うのを忘れるのは知っていたから、しつこく粘り強く食事を押し付けた。

 幸い休学中だったし、いろいろなバイトも一旦休んだり止めたりしていたから暇だったし、あいつの部屋に結構入り浸っていた。それでもあいつが眠れば黙って本を読んだり、ありがたくも優しい納屋教授のレポートをやっているだけだったから、邪魔はしていないと思…。

「げ!」

 くん、と足元が詰まって引っ掛かり、俺はベッドの上にひっくり返った。両脚を上げて見ると、考え事をしていたせいか、ジーパンの片方に二本とも脚を突っ込んでいる。道理で脚が動かないと思った。

「ん、あれ? おい、何だよ、んなろ」

 すぐに抜けると思っていたジーパンはなかなか抜けない。指でも引っ掛かってるのかといごいごと指を曲げ伸ばししたが、別にそんな気配もない。

「ジーパンのくせに俺に逆らう気か」

 ぶつぶつ言いつつ寝転がって下半身を引き寄せる。大体こんなになるまで突っ込んで気づかない自分に呆れる。

「もう五年も履いてやってるのに、ジーパン仁義を知らん奴だなこの……っ、」

 渾身の力で両脚から引きはがそうとした手に、び、っと嫌な感触があった。

「……あー……」

 確かに脱げた、脱げはしたが、おそるおそる持ち上げたそれには、股間に斜めの裂け目が入ってしまっている。

「こりゃ…無理だな」

 指先で探って嘆息した。たとえ縫い合わせたところで、これほど薄くなってしまっていては、すぐにまた破れるだろう。だましだまし履いたところで後数回、へたすりゃ、公衆の面前でパンツの色柄を誇示することになる。

「やれやれ」

 ジーパンをベッドに放り投げ、ごそごそと寝間着兼用のトレパンを身に着ける。こちらもかなり年期もの、高野に一度廃棄処分にされかけた代物、もちろん朝倉家にはふさわしくないだろうが仕方がない。まあ、ジーパンがふさわしいかと言うと、そういうものでもなかったが。

「金があったかなあ…」

 ボストンバッグから取り出した財布の中身を覗き込むと硬貨が十四枚、ベッドに座り込んで並べてみる。締めて五百七十二円。

「うーん」

 とてもじゃないが、人形のエプロンも買えそうにない。

 食と住は保証されていて、授業料はバイトで何とかまかなってきたが、週給三千五百円を交通費に始まる諸費に当てると衣類が買えなくなるのは自明の理、それにしても厳しい。

「新しいバイト、探さなきゃならんなあ」

 短期でジーパンと諸費のストック分が作れるような奴。一応は周一郎に雇われている身だから、時間も内容も限定されてくる、そんなに気軽に他の仕事に手を出す訳にはいかないだろう。周一郎が俺を必要とした時には応じられなくちゃならない……、だろう、か?

『僕はあなたなんか呼びません』

 ふいと周一郎のことばが甦り、俺は硬貨を片付け、財布をポケットに突っ込んだ手を止めた。

(あれはひょっとして、俺なんかいなくていいってことか?)

 俺だけが、あいつの側に居てやらなくちゃならないと勝手に思い込んでいるだけなのか?

 チィーチチチチチ………と愛らしい声を響かせて、ベッドの上を鳥の影が横切った。

 ぐーぅるるるるる………と愛らしくもくそもない音が、ベッドの上に座った俺の腹から響き渡った。

「……はいはいわかったわかったわかった、シリアスな場面は似合わんっつーことだろ、わかったよ!」

 どこかで大笑いしてやがるだろう神様に、毒づきながらベッドを降りた。

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