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「…志郎?」
「んー?」
「わかってるとは思うけど」
お由宇がのんびりと続けた。
「それ、お醤油よ?」「げ」
ぎょっとして我に返り、醤油塗れで黒くなったベーコンエッグにうろたえる。
「わっわっ」
「自分でやったんだから、自分で食べてね」
「はい……すまん、飯もう少しくれ」
「はい」
追加された白飯を醤油漬けのベーコンエッグに入れ、ぐちゃぐちゃかき混ぜつつ溜め息をつく。
お由宇がくすりと笑った。
「?」
「そんなに気になるんなら、飛び出してこなきゃよかったのに」
思わず固まった。
「わかるわよ、あからさまだもの」
お由宇が食後のコーヒーを楽しみながら目を細める。
「昨日が洗濯機に靴も一緒に入れて回したでしょ。一昨日はカレーにドレッシングかけてたし、その前は本棚を倒して、片付けてくれたけど全部逆さまに入れたわよね」
「…はい、その通りですごめんなさい」
小さくなって謝った。
自分でもここ数日間のドジはひどい有様で、まずいとは思いつつもどうにも『改善』に気が回らない。
「様子を見てきたいんでしょ?」
「お、俺はっ」
反論しかけて、心得顔に笑っているお由宇に覇気がしぼむ。
「…行けるわけねえだろ」
唸った。
「せっかくカッコよく出てきたんだぞ? おまけにあいつは俺が邪魔だって言うんだぞ? 恩も忘れて」
言い放ってしまってから、そりゃ恩なんて言うほど大層なものじゃなかったけれど、ドイツであいつを助けたのは確かに俺だし、それ意外でも多少は役に立ったこともあるはずで、と付け加える。
もうちょっと言い方ってものがあるだろうに。たとえば、今いろいろややこしくなってきたから、ちょっと距離を置きたいとか。ごたごたしてるから、できれば数日家を空けてほしいとか……倦怠期の恋人か。
「ううう」
どう考えても俺の方が拘りすぎだとわかっている。
周一郎だって小さな子どもじゃあるまいし、ましてや朝倉財閥を統轄しているのは事実上あいつだし、俺の人生経験値より遥かに遥かにあいつの方が上だし。
朝倉家を出てから、既に4日。
その後、周一郎からのアクションは一切ない。
「……けど…ちょっと、何か変だったんだよなあ…」
かき混ぜたベーコン卵入り醤油ご飯をもぐもぐしながら、考え込む。
「妙に印象がちぐはぐで……」
周一郎の顔を思い返す。英をパートナーとして選び、俺を放置するというか遠ざける動きをしながら、繰り返し繰り返し俺に近づいてくる。猫の目のようにくるくる雰囲気が入れ替わる、嘲り、突っ張り、冷淡、ためらい、不安、優しさ、はねつけ、寂しさ、虚ろさ……そして、硬直。
「…何だろうなあ……」
ぶん殴られて倒れていた間に聞こえた不安そうな頼りなげな声。滝さん、滝さん。繰り返し呼ぶ声に行かないでくれと聞いたのは、俺の独りよがりだったのか。俺の部屋では眠れたと話した不思議そうな顔、ノックをしかけてためらっていた部屋の前のしょんぼりした背中、それらまで芝居とはどうしても思えない俺は、やっぱりどこまでいっても甘いだけなのか。
けれど。
けれど、なあ。
「ええいくそ!」
醤油浸しトマトのびちゃびちゃの最後の一滴まで口に放り込み、茶を呑み下してごちそうさまと手を合わせ、ソファの上にひっくり返った、そのとたん、
リリンッ、リリリリリンッ!
「うわっ…ひえっ!」
跳ね起きて、ソファから転げ落ちる。
「はい、佐野でございます……ああ」
受話器を取ったお由宇の目が光った。
「そう、動いたの。わかったわ、20分後にそっちへ行く」
「何だ?」
のそのそと床から体を起こすと、お由宇が微笑んで尋ねてきた。
「網にかかったらしいけど、一緒に行く?」




