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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
1.夢
3/48

3

 あいつは結局迷路を抜け出せたのだろうか。それとも今もまだ、あの中で彷徨っているのだろうか。最後に俺を見つけて駆け寄ってきてくれたような気がしたんだが、夢から醒めた『俺』はまだあそこに居たんだろうか……?

「なんか……暗示的な気もするよなあ……」

「どうしたんですか」

「え?」

「取れましたよ?」

「あ、すまん」

 へこりと頭を下げて顔を上げると、周一郎は淡いピンクの薔薇を片手に不思議そうに俺を見つめている。これがまたもう、歯噛みしたくなるほど地面を叩きつけたいほど絵になる姿で、俺はしみじみと神様の不公平を感じた。こういう、どんな女だってよりどりみどり的な奴が、自分や仕事のことで手一杯で女に見向きもしないという構造は、神様的には大丈夫なんだろうか。それとも、産めよ増やせよ地に満てよというのは当初だけの計画で、人のあまりに野放図な振る舞いに、後は野となれ山となれに変わっているってことだろうか。

「滝さん?」

「ああいや、神様の計画には人類滅亡が織り込み済みなのかなあと」

「は?」

「ちがうちがう、まあちょっと妙な夢を見たもんでな」

「夢?」

 周一郎はまたきょとん、と可愛らしく首を傾げた。

「そう言えば僕も見ましたけど……」

 呟いて唐突に奇妙な表情で固まり、首を戻して体を建て直した。サングラスの向こうから俺を見つめ、なんだかわざとらしく目を逸らす。

「へえ、お前も夢は見るのか」

「…見ますよ」

「どんな夢?」

 書類とか書類とか書類とかだろうか。いや、周一郎は仕事を嫌がっていないから、もっと苦手なものが追いかけてくるとかだろうか。

(周一郎の苦手なもの?)

 考えて思わず首を捻る。

(あるのか?)

「滝さんは?」

 俺の問いかけはさらりと躱された。

「俺? ああ、俺の夢はなあ」

 思い出して思わずにやにや笑ってしまった。

「お前の夢だぞ」

「…」

「ドイツ旅行の印象が強かったんだな、迷路が出て来た」

「……迷路」

「そうそう、けど、ああいうのじゃなくて、真っ白いとこでさ、霧の中みたいなところ」

「………霧」

 ぴくりと周一郎は片眉を上げた。

「そう、霧っぽいところの迷路。迷路っていうか、俺から見りゃ、何もないんだけどな。お前が霧の中に居て、見えない迷路みたいなところであちこちうろうろしててさ、透明な壁かなんかがあるみたいで、なかなか思うところへ行けないみたいでさ」

「………」

 周一郎は無言で先を促した。

「で、俺が声をかけるんだ、『こっちだぞ』って。なかなか気づいてくれなくってさ、二、三回声かけたところで、ようやく俺に気づいてさ」

 にやにや笑いが顔全体に広がった気がした。あり得ない光景だろう、いや全くあり得ない状況だろう。それを自分が夢の中でしていたとか聞かされて、こいつはどんな顔をするんだろう。ちょっと人の悪い期待が動く。

「で、そっからお前が嬉しそうに笑って全力でこっちへ向かって駆けてくるってところで目が覚め……? 周一郎?」

 俺は途中で話を切った。

 こんな顔は見たことがない。

 周一郎はサングラス越しにもわかるほど大きく目を見開いていた。品のいい唇がぽかんと馬鹿みたいに開いている。猫だまし? 目の前で何かが突然に破裂したのを見たような、驚きしか残ってない表情。けれど、猫の瞳で人の裏も表も見抜き、現実の背後の世界まで読み取る少年をこれほど驚かせるようなものが、世界に幾つあるだろう。

「どうした? 気分でも悪いのか?」

 さっき転倒した衝撃が今頃来たんだろうかと心配して声をかけたとたん、はっとしたように瞬きした周一郎が見る見る赤くなった。

「え」

「僕がそんなことするわけがないでしょう」

「いやお前」

「僕は迷路に迷ったりなんかしません」

 滝さんは何を考えてるんですか。

 冷ややかに言い放たれて、思わずむっとした。

「知らねえよ。けど、お前、駆け寄って来ながら、『滝さん』とか嬉しそうに呼んだんだぞ、ガキんちょみたいに開けっぴろげに笑ってだな」

「僕はあなたなんか呼びません」

 ぱっつり切り捨てるように言い切る。けれど顔の赤みはもう頬だけではなくて、耳あたりまでも広がっていて、俺は真っ赤になって弁解する周一郎という、世にも珍しいものを眺めることになった。

「あなたなんか呼んだって、一緒に迷うのがオチです」

「ほー、言ってくれるじゃねえか」

 俺はにやりと笑い返した。

「じゃ、どうして真っ赤になってる?」

「っっっ!」

 これは驚いた。周一郎は自分が赤くなっているのさえ気づいてなかったようで、咄嗟に片腕を上げて顔を隠しかけ、その自分にうろたえて慌ててくるりと背中を向けた。

(おいおい)

 あの朝倉周一郎がやり合ってる相手に背中を向けるだと? お由宇が聞いたら、周一郎以上にびっくりするんじゃねえか。

「朝食の用意ができています。早めに来て下さい」

 今度は俺も目を丸くして突っ立っていると、凍りつくほど冷ややかに言い捨ててさっさと歩き出していく。

「…お、おい!」

 お前の夢って何だったんだ、そう声をかけようとしたが、周一郎は物凄い速さで遠ざかっていってしまって、振り向く気配さえなかった。

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