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「ん……」
眩い。
無意識に手を上げ、光を遮りながら、俺は瞬きした。薄ぼんやりとした視界に入る時計を確認する。六時過ぎ。朝だよなきっと。けど、どうしてこんな時間に、顔に光が当たるんだっけ?
「えーと…ああ……そうか…」
ことばにならない自問自答を繋いで独り頷く。
そうだ俺はレポートやってて、そこへ周一郎がやってきて、ベッドに座ってるうちに眠り込んでしまったから俺もまあ寝るかって考えて。
思い出しながら体を起こし、ベッドから見つめる相手に気づく。
「あ……」
「…」
「あーははは…」
沈黙に中途半端な笑いを返して、既にしっかり起きていたらしい周一郎を見返した。
「滝さん」「はい」
凛と響いた声に思わず身を竦めて正座した。
周一郎はベッドで膝を抱えるようにして座っていた、こじんまりと、まるで小さな子どものように。
凝視する俺にふいに自分の格好の幼さに気づいたように腕を解き膝を伸ばし、するりとベッドの端に腰掛け何か言いかけたが、きゅ、と口を結んでそのまま立ち上がる。
「周一郎?」
「ぼく…」
「ん?」
「…昨夜ここで寝てたんですか」
まるで自分が何をしていたのか覚えていなかったような口調に、思わずぎょっとした。
「おい?」
「…ここ二、三日よく眠れなくて…」
尋ねられて、別のことを考えていたからつい答えてしまった、そんな口調で呟く。それもまた意識しての動作じゃないような気配で、周一郎は背中を向けてごそごそとベッドの乱れを直しながら、
「大抵は目が覚めたら起きていたのに、昨夜はぐっすり眠った気がしたから…」
「…おい」
周一郎に近寄った。
「起きてたって…まさか徹夜じゃないだろうな」
「まさか」
周一郎は苦笑した。
「三十分ぐらいは寝て……わっ」「っしょっと」
数字を聞くと同時に、俺は周一郎をベッドに突き倒した。思いもしていなかったのだろう、抵抗する暇もなく周一郎がぼすりと頭から突っ込み、慌てて起き上がりながら振り向く。
「滝さん!一体何を」
「何をじゃねえ!」
一日三十分? いや、こいつのことだから、二、三日で三十分とか恐ろしいことを言うに違いない。自分があれほどはっきり部屋にやってきたことも、ベッドに這い上がったことも、ついでに眠るつもりさえないのに眠ってしまうなんていう、朝倉周一郎にあるまじき無防備な振舞いさえも覚えていないぐらいに疲れ切っているのに、まだ自覚していない。
「体壊したらどうにもならんだろうが!」
「でも」
「でもじゃねえ、ここでは眠れるならここで寝てろっ」
「仕事が」
「英がいるだろが」
「…」
周一郎がぐ、と詰まった顔になる。
「八時間眠ったら部屋に帰してやる」
じろりとねめつける。
確かに脳みその出来は圧倒的に足りないが、体格差だけの力はある。正面切ってもみ合えば、絶対俺の方が強い、周一郎が悪辣な手を使って俺をだまくらかさなければ。
「…ふ」
仁王立ちで腕組みをした俺を、周一郎はしばらくとんでもないところに立っている珍妙な看板みたいに眺めていたが、小さく溜め息をついてネクタイを緩めた。カッターシャツのボタンを一つ外し、気障な仕草で肩を竦める。整えたベッドカバーを剥がし、大人しく横になって俺を見上げた。射してくる朝日に目を細める、気づいて窓のカーテンをしっかりと閉じてやる。
薄く翳った部屋の中で、猫が瞳孔を開くように、周一郎が目を開く。そのまま、なおも俺を見つめ続ける。
「? どうした?」
「……あなたは医者に向いてるかも知れませんね」
物憂げで皮肉な声が零れた。
「よせよ、頭がついてくわけがないだろ」
「だって、きっと誰だって、あなたがそんなふうに言い切ったら…」
睫毛を伏せていくのと声がふわふわと蕩けていくのが同じ速さだ。
「…そんなふうに……心配…して…くれてる……のを感じ…た……ら………」
ふっつりと途切れた後はすうすうと軽くて気持ち良さげな寝息に変わる。
「そらみろ、結局疲れてたんじゃないか」
ったく、どうしてこいつは、いつもこう素直じゃないんだろうな。今更俺の前で気を張ってても仕方がないだろうに、
くたりとベッドに転がっている周一郎は覗き込んでも指先一つ動かさない。だが、朝倉周一郎はそんなにヤワじゃないはずだ。なのに、これほどくたくたになるってことは。
(あの野郎)
二人分の朝食を取りに行くついでに、一言言ってやろうと部屋を出ると、ちょうど廊下の向こうから急ぎ足にやってくる英を見つけた。
「滝君!」
俺を見つけてほっとしたように声をかけてくる。
「朝倉さんを知らないか? もう部屋にいなくて」
「寝てる」
「は?」
「俺の部屋で寝てる」
「…」
「お前に言ってやろうと思ってんだがな」
何とも複雑な顔で黙り込んだ相手に唸った。
「仮にもコンビを組んだんなら、あいつの体調ぐらいは把握しろ。人一倍精神的にはタフな奴だし、仕事が詰まっても根を上げる奴じゃないが、ガキの体力には限界ってもんがあるだろ」
「……すまない」
非常に苦い何かを噛み砕くように英は謝った。
「気をつけてはいたんだが…」
「……そうだろうな。あいつの方が役者が上なんだろ、きっと」
「…」
昨夜のルトと同じく、しょんぼりしてしまった英に逆に苛立った。
何だ結構いい奴じゃないか。周一郎への取り入り方はむかつくが、仕事は出来る奴みたいだし、周一郎のことも心配してるし、もうしばらく一緒に居てコツさえ呑み込めば、それほどあいつがへたり切ることもないだろう。
(俺よりも)
「……あいつが起きるまで放っとけよ」
掠めかけたことばをさっさとぶった切った。
「仕事の方はお前ができるところをやっておいてやれよ。とにかく起こすな。今日はあいつは戦線離脱、休養日だ。何か文句があったら俺に言えって言っとけ。最低でも八時間は寝かせろ、部屋から出すな」
「わかった。食事もその後でいいかな」
「ああ、いつもより少なめにしてやれ。少なくしたから全部食べろって言ってやれ」
どうせすぐ仕事に戻るとだだをこねるだろう。いつもの量を準備すると、焦って半分も食べずに動き出すに違いない。
「わかった。しっかり休んでもらって、しっかり栄養を摂ってもらって……後は?」
忠実な番犬のように尻尾を振りそうな顔で俺を見つめる英に溜め息をつく。
ほんと、何やってんだろうな、俺は。
「任せる」
「君は?」
「俺は…」
一瞬息を詰め、で、凄く長くて重い溜め息を吐き出した。
そうだよな、こっちばかりに構ってられなかったんだよな。バイトを探して、百合香のことも何とかしなくちゃならない。
「今日はとーっても忙しい」
だからあいつを頼んだぞ、と続けると、英は妙な顔になった。
「それでいいのか?」
「何が」
「君はいいのか?」
「だから何が」
「朝倉さんは君に」
「周一郎は俺に?」
「……何でもない」
ふいに英は口を噤んだ。それからぼそぼそと聞こえるか聞こえないかの独り言を続ける。
「君みたいな人が、よく朝倉さんの側に居たものだ」
「…どういう意味だ」
「別に」
聞き返すとしゃらっと明るい口調で流された。
「じゃあ行ってきてくれ、幸運を祈る」
お人好しな笑みにちくりとする棘を含ませて、英は俺の部屋へ入っていった。




