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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
1.夢
2/48

2

 ドサッ!!

「…ん、な…?」

 ふいにぐるりと視界が回って世界が衝撃に揺れた。霧が飛び散った視界は眩く、もぞもぞと体を動かしながら瞬きをしても光量に感覚が追いつかない。

 何とか薄目を開けてみると、妙に高い天井と見覚えのある木の板、そしてその向こうでゆらゆらと危なっかしく揺れている花が視界に入った。

「…え?」

 慌てて瞬きをする。何だろう、非常によくない予感がする。

「ちょっ…」

 ぱっちりと目を開いた瞬間、サイドボードの端からひょいとルトの顔が覗いた。

「にゃ」

「にゃ?」

 にやりと嗤うように真珠色の牙を剥く。サイドボードがなぜ頭上にあるのかも知りたいが、それよりもなぜこの小猫が悪戯っぽい顔で前足を差し出して見せているのかがもっと知りたい。ついでに言うなら、なぜルトはその前足をゆらゆらと揺れている薔薇、もとい、薔薇が満タンに生けてある花瓶に伸ばそうとしているのかが是非知りたい、いや知らねばならないような気がする、今すぐに。

「おいルト」「にゃ〜」「いや、にゃ〜じゃないぞ、にゃ〜じゃなくてお前それ一体何を……何をってばかよせやめろうわわわわわ!」

 ひゅ、うん、ごっ!

「ひっ!」

 頭の真横に落下した花瓶が跳ね上がり、水と薔薇を撒き散らしながら目の前を飛び渡っていくのを凍りついて眺めながら、俺はこういうときはどうしてスローモーションに見えるのかなと現実逃避に必死だった。

「うわぶっ、った、ぐもっ!」

 目一杯水を浴びて跳ね起きる。体に散った薔薇に刺されるかと思ったが、さすが高野、棘は全部処理済みだ。

「うにゃ?」

 え、何どうしたの、何でそんなお茶目なことしてんの不思議な人だねあんた?

 そんな感じでちょいと首を傾げたルトはひらりとサイドボードから飛び降りた。そのまま何事もなかったようにとことこと、ぐしょ濡れのままへたり込んでいる俺の前を通り過ぎていく。

「こ、の、や、ろう……っ」

「…」

 唸る俺をルトは振り返った。鳴き声を出さずに口を開き、牙を見せつける例の嗤い方、細めて三日月に見える目に宿るあからさまな嘲笑。

「てめ、人が大人しくしてたらいい気になりやがって…っ!」

「にゃ、あ、あ、ん…っ」

 まるで俺がいたいけな小猫をいたぶりにでもかかったように、芝居がかった悲鳴を上げてみせてルトがひらりと俺の手をかいくぐる。

「にゃああ」「にゃああじゃねえっっ、この猫野郎!」

 今日という今日はどっちが偉いんだかはっきりさせてやる、こう見えても俺だって万物の頂点、人類の末裔なんだぞ!

「いやまだ滅んでねえけどな!」

「にゃあ〜〜」

 戸口にひょいひょいと足取り軽く飛び跳ねながら逃げていくルトを追って、俺は突っ込んだ。部屋の戸は閉まっている、ルトがノブを回せるとは思えない。

「今度こそ俺の勝ちだなはははははは、は?」

 あわや追いつく寸前で、なぜかふいに目の前でドアが開いた。ルトはこれ見よがしに尻尾を立てるとくるりと回して見せ、次には開いた隙間から見事に飛び出していく。

「てめえええ……え……っ!」「っっっ!」

 ルトを追いかけ開いたドアに突進した俺は、もちろん、ドアを開けた人間に突っ込んだ。それほど重量級ではないにせよ、ルトを捕まえるべく体を屈めて突っ込んでいるから、当然相手の視界には一瞬しか入らなかったのだろう、避ける間もなく俺と一緒に廊下に転がってしまう。

「わ、悪いっ!」

「…」

「あれ……?」

 突っ込んだ相手にのしかかってのマウントポジション、昔懐かしいラブコメなら一気に恋愛が始まってしまうところだったが、

「周一郎?」

「……はい」

 相手は溜め息まじりに頷いた。下から俺を見上げていた視線を、ゆっくりと降ろす。導かれて視線を落とし、見事に周一郎を廊下に貼りつけている自分の体勢に気づいてぎょっとした。

「わ、悪い!」

 慌てて飛び退く。

「捻らなかったか?! 大丈夫か?!」

「大丈夫ですが」

 複雑な顔でちらりと俺の頭のあたりを見やり、ゆっくり立ち上がってパンパンと服の埃を叩き落とした。数十万は下らないだろうオーダースーツも、周一郎にとっては吊るし同様の扱い、拾ったサングラスをかけながらまたも微妙な顔で振り返る。

「?」

「……その薔薇はあなたの趣味ですか?」

「ばら?」

 周一郎が無言で指差す方向に手をやり、髪の毛に絡んだ棒状のものに気づく。さっき被った花瓶の水の名残、中途半端な長さだったのだろうか薔薇一本、探った指先にしっとりと柔らかな花弁が触れる。同時に、自分の証明写真の上に重なった薔薇の冠を想像して慌てて引っ張る。

「ば、ばかっ、俺がそんなものを着けるわけがないだろっっ!!」

 力の限り否定して薔薇をもぎ取ろうとしたとたん、頭の皮が一気に突っ張った。

「いてっってってっ」

 涙目になりつつ薔薇を何とか髪の毛から外そうとするが、どういう絡み方になっているのか全く取れない。

「あれっ、ここをこう? ったってってって!」

 涙目になりつつ必死に引っ張っていると、見るに見かねたのだろう、周一郎が近づいてきた。

「手伝いましょうか?」

「たのむっっ」

 触れば触るほどぐしゃぐしゃと、より深く複雑に絡んでいこうとする薔薇を扱いあぐねて、身を屈めながら全力で頼んだ。

「早く取ってくれっ」

「そんなに慌てなくても」

「高野に見られたらどうするっ」

「……大丈夫ですよ」

「岩淵に見られたらっ」

「……………大丈夫ですよ?」

「おい、今疑問符を付けたなっ、付けただろうっ」

「……」

「ノーコメントかよっ!」

 周一郎はくすくす笑い出しながら手を伸ばしてきた。細やかな優しい動きで、何とか薔薇を取ろうとしてくれているようだ。

(前だったら、あり得ない光景って奴だよな)

 あの周一郎が、他人に自分で触れ、しかも楽しみながら困り事を解決していってくれている。

(あいつはどうなったかな)

 ふいに、夢の中、迷路で彷徨っていた周一郎の姿を思い出した。


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