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「……ああ、そういうわけなの」
くすり、とふいにお由宇が笑った。
「だから付いてきたのね」
全くほんと過保護よ、あなた。
きらりと光ったお由宇の瞳を、ルトは平然と無視したばかりか、今何か聞こえましたっけ、的な顔でぺろぺろと前足を舐めて身繕いを始める。
「え? 何? 何だよ、おい」
俺はルトとお由宇を交互に見た。
「二人だけで何かやりとりしてるだろ、今」
「私は猫語しゃべれないけど?」
「にゃあぅぐるぅ」
「いや、ほら絶対何かやりとりしてるぞ、お前ら!」
同じようなタイミングで振り向いて返事した相手に唸った。
「何だよ、英が二階に居たり、周一郎が起きないってことに、他に何があるんだよ」
「志郎はわからなくっていいってこと」
「にゃぐ」
「声合わせるな!」
「それより、英京悟のことだけど」
とっておきの情報欲しくない?
「う」
お由宇は今の話をなしにする気だ。それはさすがに俺でもわかったが、かと言って『とっておきの情報』をお由宇から話してくれるのを聞き逃すわけには行かない。何せ、俺には『ルト』はいないのだ。
「タジック社と言ったわね?」
「ああ」
「一ヶ月ほど前、タジック社の産業ロボットが工場で作業中に暴走、結果的に人間二人を殺してる」
「ロボットが人間を?」
「悪意がないだけましなものね。プログラム・ミスかとも言われているけど、ある特殊な状況下で作業回避が適切に行われなかったの。人がイレギュラーなことをしちゃったから、作業を止めずにそのまま動き続けたってことね」
「???」
「…つまりね、ベルトコンベアの上にふざけた阿呆が寝そべって一か八かのスリルを味わおうとしたの」
「……ロボットの作業って」
「簡単に言えば、ベルトコンベア上の物体のプレス、ね」
「……」
「仲間を助けようとしたもう一人も巻き込まれた。二人が詰まって、機械が止まった」
「…そんなことってよくあることなのか?」
「ないわよ」
お由宇はあっさりと言い放った。
「指示以外の物体が流れてきたら、感知してストップするようにプログラミングされているし、もしそれが駄目でも次の手、って感じで何重にもストッパーが設けられているはずだから」
「……だから、プログラミング・ミス…」
「タジックは認めていないわ。『通常では起こりえない何かの干渉があったと考える』なんてことを言ってるけど、過失致死は免れないから、損害賠償もろもろでかなりの痛手を負ったし、今はトップから転がり落ちるのも時間の問題とまで言われてる」
「……なる、ほど」
そこまで言われてようやく見えてきた。
「だから、今度は何とか海外市場でも確保できないかってことで、海部運輸を狙ったのか」
「かしら?」
「かしら?」
お由宇が小首を傾げるのに、俺も一緒に首を傾げてしまった。
「新しい市場を獲得したところで、この事件の影響力は大きいわ。日本はまだまだ温いけど、諸外国では安全性を確約出来ない企業は生き延びられない。この安全性は顧客に対してもそうだし、株主に対しても安全であることが必須、という意味ね」
お由宇はわかるでしょ、とウィンクしてくれたが、もちろん俺にはわからない。
「えーと、つまり?」
「つまり、今のタジックが数本海外ルートを確保したところで、トップ争いから零れ落ちるのは食い止められない、ということ」
「え?」
じゃあ、英は何のために周一郎と手を組もうとしているんだ?
「英京悟について、何を知ってるの?」
「知る訳ないだろ」
「ケンブリッジ首席卒業に始まって、まあ大層な履歴よ。もっとも、あんな顔をしてて意外に遣り口はダーティだけどね。手がけたものでウィンウィンで気持ちよく合併したケースは少ないんじゃないかしら。ほとんどが吸収、それも小が大を呑む、あり得ない魔術的な吸収」
「……もうちょっとわかりやすく言ってくれると非常に有難い」
「表より裏で知られた顔なのよ」
「はあ」
全然わかりやすくなかった。
「その英が周一郎と手を組んだ」
「………あー、その、つまり『ダーティな展開』ということか?」
「海部運輸乗っ取りで済めば『きれいなもの』ね」
生かさず殺さず、報酬は無限に絞れるように動くのがプロ。
さらりと付け加えてコーヒーを呑むお由宇こそが、プロ中のプロに見えて落ち着かなくなった。




