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「朝倉さんとの仕事が終るまでね」
「へえ」
中途半端に頷いて、歩き出しながらつい尋ねた。
「一体どんな仕事だ?」
「……いいだろうね、朝倉さんも君のことをアドバイザーとして扱っているし」
「…そう言ったのか、あいつが」
「いや」
英が軽く首を振った。髪が風になびく。俺より柔らかくて手入れが行き届いている髪だった。
「それぐらいわからなくちゃ、彼とやっていけないよ」
「…さようで」
俺よりうんと『お出来になる』ってわけだ。
「僕はタジック社から朝倉財閥と手を組むために派遣されてきたから」
タジック社。
ふい、と唐突に脳裏を情報が掠めた。アメリカ本社の外資系の会社だ。確かお由宇が話していたことがある、ロボット産業でしのぎを削っている数社の一つだと。
「アメリカから来たのか」
「そうだよ……よく知ってるね?」
英は少し目を見開いた。
「アメリカ資本って言うことは割と知られていないはずなんだけど」
微笑まれてひやりとする。しまった、こいつはお由宇のマル秘情報だったのか。
「君も有力なラインを持ってるってこと?」
有力なラインには違いない、ただし、俺の自由には全くならないラインだがな、その気になれば、月の餅つきの様子さえわかるんだぞ…たぶん。
「海部運輸って知ってるかい?」
「ああ」
「あそこの海部敏人をはじめとする中枢が、最近殺されるという事件があってね」
「…ああ」
よぉく知ってるぞ、そいつのことなら。できたての死体と次々ご対面してきたんだからな、とこれはさすがに口に出せない。
「…彼は凄いね」
口を噤んだ俺にわかってるよ的な微笑みを返して、英が切り出した。
「あの海部の海外ルートに目をつけた…今なら片手間で吸収できる、ってね」
口調がひんやりと熱を失った。
「そのルートをこちらも利用できるという条件で、タジックは人材と資源の提供を申し込んだよ」
「…その人材ってのはあんたか」
「まあね」
「…やれやれ」
俺は唸った。
骨肉相食むということばがある。あの古城で起きた出来事はまさにその通りだったが、相食み合った後の屍体にさえ次々と新たな食み手が喰いついていく。
(あいつがいるのは……いや、あいつが生きているのは、そういう世界)
周一郎の薄い笑みが甦る。
二つの顔を使い分ける少年。ただの年相応のいや年齢以下の人生経験しかない子どもと、朝倉家の当主としての年齢以上の社会経験を重ねた大人の、一人二役。
(それだけじゃないのかも知れない)
俺の知らない全く相容れない世界に生きる、何人もの周一郎が居るのかもしれない。
(俺、大丈夫か?)
ふいにぞくりとした。全身濡れそぼっているからだけではなく、腹の底から冷えてくるような、背筋を冷たい手で撫で上げられるような、そんな寒気。
(俺はきっとまだまだあいつのことなんか知らない)
けれど、英は?
思わず振り向いた俺の視線の意味を、英は的確に読み取っていた。にこりと笑う、お人好しそうに、上品に柔和に。
「本当に凄い人だよ。やりがいのある仕事だし、全てにおいて支えていきたいと思ってる」
微笑の中で両目がきらりと酷薄な色に光った。目の前で子どもが転んでも、必要とあらば踏みつけられるような、ひどく冷たい、険しい光。
だが、それに俺が気づく前に、英は再びにっこりと笑った、誠実そうに。
「じゃあ、僕の部屋へ行こうか」
こいつは冷たい。
感じた瞬間、自問自答する。
(なら、俺は?)