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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
2.奴
13/48

5

 嫌な予感はしてたんだ、うん。 

 いつも通りの愚痴をぼやきながら朝倉家に戻ってきた。アルバイトの口は幸いすぐに見つかって(世の中はひどく労働力不足なんだろう)、Dr.ドナルドのハンバーガーショップ店員、時給七百八十円、夕方五時から九時ということで、明日から出ることになった。

 けれど、せっかくのデートがほんわか可愛いものじゃなくて、厄介事の気配を孕んだややこしいものに発展しそうな今、アルバイトの方も十分注意した方が良いかもしれない。商品を駄目にするとかお客とトラブルになるなんかはましなほうで、砂利を一杯積んだトラックが突っ込んでくるとかスペースシャトルが落ちてくるとか、とにかく予想外の何かが起こってくるかもしれない。

 もっとも、普段から俺が厄介事に注意していないわけではなくて、避けよう避けようとしているのに結果的に厄介事のど真ん中に居る羽目になってしまう、というのが常道だが。

「それを言うなら、ここも厄介事の焦点だったっけ」

 呟いて、遥か向こうの朝倉家の玄関を見つめる。

 特に今回は、周一郎が何やら企んでいる気配もあるし(いつもか?)、それにあの、英、とかいう奴も気になる。

(何者だ、あいつ)

 周一郎と同じ世界に生きているような気がする。一筋縄ではいかないだろうとも思う。なまじ俺と似ているというのがなお癪に障る。

(同じタイプの人間だけど、あっちの方が出来がいい)

 冷酷な理性がずばりと言ってのけてくれた。

「…だよな」

 俺は周一郎の『遊び相手』。

 けれど、何度か事件を潜って、周一郎と組んでうまくやっていけるのは、ひょっとして俺だけじゃないかとそんな気もしていた。それはもちろん、お由宇とかのすりこみもあるけれど、周一郎の『相棒』として一番いい立ち位置にあるんじゃないかとも。

 今までそれほど人に頼られたこともなく、これほど長く人と近しい関係を持ったことがない俺にしても、周一郎の存在はいつの間にか『特別』になっていた。百合香の件にしても、今までなら滅多にない女の子とお付き合い、わあ嬉しい、というところで考えるところだったのを、何だろうな、百合香の置かれた場所そのものの頼りなさみたいなものが見えて心配してしまったのは、きっと周一郎との絡みがあったからだ。

 なら、俺は?

 俺は、どこの場所に居る?

 たとえば、周一郎の視界の中に、俺はいったいどんな風に立っている?

 英を見ると、そんなことが急に気になってくる。

「……あれ」

 考え事をしていたせいか、いつのまに小道を逸れてしまったのか、無意識に湖の側に来ていた。

 今日の水は良く澄んでいる。水際からするりと深くなる淵を覗き込むと、水底の石やそこを素早く過ぎる小魚が見えた。

 しゃがみ込んで手を浸す。ひんやりと沁みてくる水の冷たさに身震いして、自分がTシャツ一枚だったことを思い出す。けれど、じっと手を入れてると水の中の温かさ、みたいなものを感じる気がする……幻かもしれないが。

 脳裏に周一郎の瞳が過った。

 今,何を考えているんだろう?

「ふ…」

 ぶるっと体が震えた。

「ふぇーっくしょっ……ひわ!」

 派手なくしゃみに体勢が崩れた,次の瞬間、お約束通りに足元が滑る。

 ばしゃっ!!「どあっ!」

 尻餅をついて危うく肩まで浸かりそうだったのを何とか堪えて、それでも飛沫でぐっしょり濡れてのろのろ立ち上がった。

「まじかよ……」

「滝さん?」「っ」

 声に振り返ると、今一番居て欲しくない奴がそこに居た。

「どうしたんですか?」

 無邪気に不思議そうに尋ねてくる。

「見りゃわかるだろ」

 じゃぶじゃぶと岸へと歩いて戻る。

「水浴び、にしては早すぎる気も」

 マジか。

「落ちたんだ!」

 ざぶんと最後の一歩を勢いつけて踏み上がる。ぶしゃぶしゃと気持ち悪く靴の中で水が動いた。

「風邪を引きますよ」

 英が卒なく背広を脱いで渡してくれたが、びしょ濡れの手で掴むのが気になって戸惑う。

「いいですよ」「けど」「すぐクリーニングに出しますから」「クリーニング代」「今払えないのは知ってます」「…」

 お互いにじっと相手を見つめて、同時にふううと溜め息をついた。

 何だこの異様なタイミングの良さ。というか、まるで。

「分身みたいだね」

「あ?」

「敬語が気持ち悪い」

「…わかる。自分に敬語使ってるみたいな気分だろ」

「うん」

 英が頷くタイミングさえ俺そっくりで、受け取らない背広をやれやれと手元に引き寄せながら、

「着替えはあるのか?」

「ない」

 ふう、とまた溜め息をつきかけたとたん、派手なくしゃみを三連重ねた。

「来いよ、僕のが合うよね。ほぼ同じ体格みたいだし」

「着替え?」

「しばらくここに滞在する」

 英は一瞬俺を試すような視線を返した。


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