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銀幕紙芝居 〜猫たちの時間6〜  作者: segakiyui
1.夢
1/48

1

 そこは妙にふわふわとしたミルク色の空間だった。

 靄がかった色合いの中で、小柄な人影があちらに迷いこちらに迷いを繰り返している。うすぼんやりした角の向こうを覗きかけては気まずい表情で顔を背け、煙る道を行きかけてはためらって立ち止まってしまう。

 どうやら彼が居る所は迷路になっているらしい。こちらからははっきり見える姿なのだが、彼からは、このもやもやとした霧に隠され滲む視界に、なかなか進むべき道を見つけられないようだ。

(おい、こっちだ)

 俺は声をかけた。

(こっちだよ)

 びくりとして立ち竦み、相手はきょろきょろと周囲を見回している。幾度かこちらと視線が合ったと思うのに、すぐに必死に見張った目を逸らせてしまうところを見ると、俺にはただの靄としか見えないこの空間が、巨大な灰色の壁か何かで区切られていて、あちらからは俺のいるところすらわからない、そんな感じ。

 声の方向を探るように、彼はしばらく小首を傾げていたが、やがて小さく溜め息をついて、再びミルク色にたゆとう世界を手探りで歩き始めた。

 よく見ていると、周囲は全く壁ばかりというのでもないらしい。時々、何かを見つけたらしく、ひどく哀しげな切なげな顔になって、見つけたものから目を背けたそうにするのだが、どうにもそれは叶わないらしく、視界の端で捉えたまま唇を噛み、じっと動かなくなってしまう。

(おい、ここだってば)

 つい、もう一度声をかけた。

 今度は確実に方向を捉えたのだろう、はっとしたように顔を上げて、思い詰めた表情で走り出し、唐突に見えない壁にぶつかったように跳ね返されてよろめき、霧を乱す。霧の放つ淡い光の中で輪郭をぼやけさせながらもわかる、苦しげで悔しげな顔。そっと手を伸ばして正面に触れ、見えない壁に両手を突く。強く押す、が動かない。片方の手を周囲に伸ばす。周囲もまた壁のようだ。立てた掌が上下左右を撫で回しながら、見えない壁の形を作る。

 やがてたった一つ空いていた方向、それは元来た方向のようにも思えるけれど、そちらへ向かって彼は歩き出す。嫌々ながら、気の進まない顔で、不安そうな表情で、けれどだんだん冷えてくる瞳は鋭さを失い、やがてのろのろと速度を落として立ち止まる。

 その姿は呟いていた、結局こっちしかないんだな、と。

 力の籠っていた肩がゆっくりと落ちた。深い吐息。そして、もう一回、今度は震えるようにか細く長く、息が切れるときに奇跡が起きないかと願うように。

 息を吐き切って、それでも何かを待つように俯いたまましばらく堪え、やがて顔を上げ、周囲を見回し、微かに苦笑した。サングラスをどこからか取り出し、端整な動かぬ顔にはめ込む。そのまままっすぐ歩き出す。まるで、この先に断崖絶壁が待っていようと全く構わないと言いたげな勢いで。

 だが、それは俺から遠ざかる方向だ。

 出口はこっちだというのに。今はここに俺が居るというのに。

(ここだ!)

 叫ぶ。

 霧を散らして力強く、もう一度。

(こっちだ、周一郎!)

 相手が突然振り返った。

『滝さん!』

 弾けた声で呼び返す。サングラスはかけたままだ。けれど、唇が笑み綻び、顔が一気に明るくなった。

 周囲の壁は消え失せたのだろう、まっすぐこちらへ走ってくる。手を伸ばしてくるのに応えて、俺は笑い返しながら待っている、ひどく素直な周一郎の笑みに見とれながら。


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