転生者
大変な騒ぎがあった日の夜が終わり、静かな朝を迎えた。
俺が目を覚ますと何故か俺の顔の前にフェレの顔があった。
「す…すいません、起こしてしまいましたね」
彼女は驚き取り乱すが、すぐに冷静になり椅子に座りなおす、いやほんとに驚いたのはこっちなんだけども…
てか朝から人の部屋で何をしてるんだ?
「フェレ、仕事は?」
「お母さんから宿屋の事はいいから貴方の面倒を見ておやりと言われまして」
サボっていたわけではないようだが、女将さん、何か企んでないだろうな…
「フェレこそ身体は大丈夫?
痛いところはない?」
「はい、お陰様でこの通り元気いっぱいです」
その場で軽々しく飛び跳ねたり、拳で突きを行ったりと異常がないことをアピールして見せてくれた。
よかったよかった、彼女の方は元気そうだ。
しかし俺は腕がまだ痛む、そう簡単に癒えるわけではないのはこちらの世界でも変わりはないようだ。
「包帯、取り替えますね」
手慣れた手つきで血だらけの包帯がはがされていく、傷の状態は…なんとも痛々しいな。
自分の腕とは言えあまり見たいものでない、しかし確認しなければいけないことがある。
焼き印の数だ、よくよく見ると今度は2つ減っていた。初日に使った分を含めて3つ無くなったことになる。どうやら願いの程度によって消費する焼き印の数が違うようだ。
そうこう考えている間に包帯の交換が終わった。
「治癒魔法が使える魔法使いが居れば、このくらいの傷なら簡単に治るんでしょうけど…
魔法が使える方は数少ないですし、その中でも治癒の魔法が使える方となると本当に一握りなので…」
「大丈夫だよ、フェレが手当てしてくれればすぐ治るさ」
彼女は少し顔を赤らめる、あれ?何かおかしいことでも言ったかな。
「そうだフェレ、その後どうなったか聞きたいんだけど…いいかな?」
昨日フェレに部屋まで連れてこられてからは一度も部屋から出ていないので、外の様子とかその後のこととか全く知らないままだ。
「まず昨日もお話ししましたけど、西区に住んでる多くの方からウーグ様は称えられています
宿屋の前にも幾人かの人がウーグ様に会いたくて押しかけていますね
それからウーグ様が勝手に衛兵の方とお約束された、西区の滞納金についてですが」
そこで一度彼女の口が止まる。あーそう言えばあの時は我を忘れてたけど、割と大変なことしたんだな俺…大丈夫かな。
そんな不安を抱いていると彼女が俺の動く方の手を取り。
「なんと帝王が気をきかせてくださり、今回捕らえられた賊を捕虜として帝都内で働かせることを条件に滞納金を今回に限り帳消しにしてくださったんですよ!
王曰く『立て直すにも資金が要るだろうからこの様な措置を取らせてもらった』だそうで」
王様、案外いい人じゃないか、都民に慕われているのもその人柄のお陰か?
その後の彼女の話を纏めると、次の通りのようだ。
まずこの宿屋の女将さんが西区の仮領主として名乗りを上げ、近隣の人もそれで納得しているということ。女将さんは仕事の合間を縫って領主としての仕事(主に書類作成や記名など)をやっているということ。そして最後に聞き流しがたいことを彼女は言った。
「ウーグ様は西区の名誉領主としてお母さんの2番手として動いていただくことが決まっています」
「ちょっと待った、人の承諾を得ないで勝手に決定されてるのそれ!?」
「だって名誉領主ですよ?
そう簡単になれるものじゃないですし良いじゃないですか」
口ではそう簡単に言えるけどね…俺はここにずっと滞在するつもりはなかったし、何しろこちらの世界に来てまだ3日目である、分からないことだらけのやつだ。そんなやつを2番手にたてるってのは…
「それにもうウーグ様の名前は名誉領主として近隣の人には知れ渡ってますね」
「もう手遅れだった!?」
どうやら諦めるしかないようだ、元の世界でも17年と少ししか生きていないのに、こちらの世界に来たとたん人を従えるわ、2番手扱いされるわ…大変だな、極力女将さんに采配を仰ぐとしよう。それから分からないことはどんどんフェレに聞いていかないとな。
そうこう考えながら彼女と話をしていると、いきなり廊下が騒がしくなり部屋のドアが叩かれた。フェレが応待しようとドアに近づくと…
「ウーグさんの部屋はここか!?」
どこかで見覚えがある青年がドアを勢いよく開け入ってきた、応待しようとしていたフェレは突き飛ばされるような形になって尻餅をついている。
しばらく言葉が出てこなかったが、頭から足まで何度か目を行き来させている間に思い出した。
昨日中央区から戻る時に西区の路地裏で倒れていた青年だ、俺の寝ているベッドに歩いて来ようとしたが、フェレが起き上がって青年の肩を鷲掴みにして、なんと床に叩きつけた。
「んぐぉぉ!?」
彼の口から声にならないような情けない声が聞こえ、直後に鈍い大きな音が響く。
「貴方は一体何なのですか、この方は西区の名誉領主のウーグ様ですよ?
不敬です、跪きなさい」
青年はかなりタフなようで床に叩きつけられてもすんなり起き上がり、俺に頭を下げてきた。
「昨日俺のことを助けてくれたのは貴方なのだろう?
どうしても直接礼をしたかったんだ」
「それだけですか、礼くらいなら私の同僚にウーグ様に伝えるように言えばよかったのでは?
とりあえず用が済んだのなら速やかに出て行きなさい、ウーグ様は療養中です」
それだけ言うとフェレは彼をつまみ出そうとする、さっきもそうだが、こうしてみていると彼女は獣人なだけに俺より全然力があるのではないだろうか?
種族によるものなのか、それとも単に鍛えてるだけなのだろうか、気になるところだ。
青年は部屋から出されようとした時に俺の予想外の言葉を発した。
「貴方も転生者なのだろう?」
「フェレ待って!」
俺の声で彼女の動きが止まり青年は彼女を押しのけて俺のところに来る。
「気のせいでなければ昨日貴方が着ていた服はどこかの高校の制服ではないか?」
「貴方もってことは、貴方も転生者なんですね?」
「その通りだ、俺は…そうだな、日本の田舎町に生まれたオタクとでも言おうか」
その辺りはどっちでもいいんだけど…日本人だと確認が出来た、初めて日本人の人と会えた。
色々聞きたいことがあるのでこのまま話たいと、フェレに告げてしばらく2人にさせてもらうことにした。
「まず貴方の名前から聞いてもいいですか?
お互いこちらの名前ではなく元の名前を教え合いましょう」
「俺は中田翔だ、今年で23歳になった。
こっちでは翔を音読みした読み方のショウと名乗っている」
「井田裕司です、ネットで使ってた名前を改変してウーグって名乗ってます」
俺たちが打ち解けるのは意外と早かった、最初は歳の差を気にしていた俺も、彼の気さくな接し方にすぐに打ち解けることが出来た。そして互いにこちらの名前で呼び合うことで承諾を得た。
「にしてショウはどういった経緯でこっちの世界に?」
「俺は前の世界で運が良過ぎちゃってね、簡単に言うなら俺が不快に思う人には何故か良くないことが起こることが多くてね
後から神様に聞いたんだけど、極まれに生まれて来ちゃう超能力持ちの人間だったらしい
それで神様がその様子見ていたらしくて、苦のある人生に興味はないかいって
その結果がこれさ」
なるほど、彼は死んで転生したわけではないらしい。
にしても苦のある人生を選ぶなんて、前世の彼は一体どんな感じだったのだろう。
「ウーグは…そんな異能力まで授けてもらうってことは前世がとても辛いことばかりだったの?」
俺はその質問を受け口が開かなくなってしまう。思い出される計り知れない不幸の連続、終いには自分が死ぬ間際の光景まで鮮明に頭に浮かび上がる。
「すまない、聞いちゃいけないことを聞いたね」
「ううん、気にしないで欲しい、ショウは悪くないよ」
とそこで何の前触れもなく部屋のドアが開いて、女将さんが入ってきた。
「仲良く話してるところ悪いんだけどね、ウーグにはこれから西区総会に出てもらいたいんでまた出直してくれないかね」
おおう、入ってきていきなりそれか。
ショウは頷くと俺に別れを告げて帰っていった。
「またいつでも来てくれよ!」
と言うかいきなり会議とか聞いてないんですけども…
完全に俺の意向はお構いなしであった。
次話から新章です