犠牲者
今作は少しだけ短いです
(全体的にパッと読み終わる長さにしてるつもりなんですけど、そのなかでも)
「フェレー! どこだー、返事してくれー」
俺は教えてもらった方角にただひたすらに走っていた、彼女を探すために。
道中には幾人もの賊と思われる男たちの亡骸が横たわっている。しかも皆一様に鋭利なもので殴られたような傷がある。
一体何が彼女をそこまで突き動かしたのだろうか。単に俺をかばってくれただけなら宿屋から飛び出していく必要なんかなかったはずだ、なのになんだってこんな遠くまで…
一体自分がどの辺りまで走ってきたのかはわからないが、気が付けば日は頭の上まで昇りきっていた。
思えば今日一日走りっぱなしだな…この一件終わったらゆっくり休もう…
西区の質素な家々が段々少なくなっていき、遂には小さな川についた。
川には石造りの橋が掛かっており、その橋の手前にも賊の亡骸が横たわっていた。
もうこんなの戦争と近しい何かだと思った、数時間のうちに何人の人が亡くなったのだろう。
あそこにいた兵士の人もあの場では峰打ちをしていたが、殺害を余儀なくされることもあったのではないか。
そんなことを考えていると橋の向こう側に何かが落ちているのが目に入る。
「宿屋の従業員が付けていたカチューシャだ!」
と言うことは彼女はこの近くにいるということではないだろうか?
俺はさらに足を進める。何故だか俺は必死になっていた。どこか智子と重ね合わせてしまっているのかもしれない、頼むから無事でいてくれ……
またしばらく進むと遂に見つけた、獣人の従業員、フェレを。何と自分より体格が大きな男を複数人相手にして勝っていたのだ。そいつらは力尽きてその場に突っ伏していた。
「フェレ! 大丈夫!?」
いきなり名前を呼ばれたからか、彼女はびっくりしたようにこちらを見て呆ける。
「あ……あの時のお客さん…もしかして私を探して?」
だいぶボロボロになった彼女に駆け寄る、それに対して彼女もまた力が抜けたようにその場に座り込む。
しかしその時であった、彼女の様子が変わりいきなり血を吐いた。何が起こったのか俺も理解するまでに少し時間を要したが、彼女の胸部辺りが段々赤く染まっていくのを見てようやく理解した。
力尽きて突っ伏していたはずの賊の1人が這いずって彼女に近づき刃物を刺したのだ。
俺は彼女を支えるより先に、怒りに任せて賊の顔を踏みつけた。何度も何度も踏んだ。既に賊は動かなくなっていたが、それでも踏むのを辞めなかった。
幾度も踏みつけたあと俺は我を取り戻しフェレに駆け寄る。
「フェレ! フェレ! 返事をしろ!」
しかし彼女は返事をしなかった、苦しそうに呼吸をしていたがその音も段々小さくなっていった。
「フェレ! 死ぬな! 女将さんが宿屋で待ってるぞ!」
「母さん…」
彼女はその言葉を最後に目を閉じた。
俺は彼女の体を抱えるように屈むとこみ上げる怒りと悲しみを声にして叫んだ。
「うわああああああああああああああああああああ」
涙も止まらない。
俺があの時彼女を呼ばなければこんなことにはならなかったかもしれない。いやそれ以前に俺自身が戦えるやつであれば、もっと体力があれば、力があれば…
智子も最後はこんな感じだったのだろうか…
俺の叫び声を聞いて人が次から次へと集まってくる。
「どうしたんだ………うっ…これは」
兵士とは違うが武装した人達が来て状況を見るや、傷口を布で塞ごうとするが。それを俺が止めた。
「もう、手遅れです」
フェレは息をしていなかった。それはその場にいた誰よりも俺自身が認めたくない事実であったが、現実を逃避することは出来ない。
「君、何があったか教えてくれるか? この人は知り合いかい?」
兵士が来るなり質問攻めにあう、が答える気力などない。
女将さんにはなんて説明すればいいのだろう。もういいや、考えるだけ気力の無駄だ。
俺の意識はそこで一度途切れた。
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次に目を覚ましたのは昨日も見た俺が使っていた一室のベッドの上、隣にはこの宿の女将さんが座っていた。
「目を覚ましたかい…気分は大丈夫かい?」
俺が目覚めるまでずっとここに居てくれたらしい、自分がここまでどうやって帰ってきたのか、フェレの遺体がどうなったのか、気になることは沢山あったが。
「すいません、女将さん、俺彼女を護れませんでした」
「気にしなくていいよ、これもあの子が考えて行動した結果なんだ
それなのに他人を責める、ましてやお客様を責めることなんて出来ないさ」
部屋の外からは複数の女性が泣く声が聞こえてきた、おそらくここの従業員の人達だろう。
仲間の死は彼女等にとっても計り知れないほど辛く悲しい出来事だったに違いない。
これは後から聞いた話だが、彼女だけで実に30人もの賊を葬ったらしい。とても可憐な少女の出来ることとは思えないが、それこそが人と獣人の違いなのだろうか?
「あの子の最後は…どんなのだったか聞かせてもらってもいいかい?」
俺は見たことを全部女将さんに伝え、再度謝罪した。
「俺があそこで彼女を呼ばなければ、こんなことにはならなかったのかもしれないんです
俺にこの宿に居る資格、いえ、帝都に居る資格すらありません」
そう言って起き上がろうとしたのだが、足に力がうまく入らない。というより足が痛い…何故だ。
「落ち着きな、無理して動くんじゃないよ
アンタここから中央区に行ってそれから一度戻ってきて北区まで行ったんだろう?
普段運動してなかったんだろうからその反動が来たんだと思うよ
軽く考えても全部で20キロ近いあるからね」
そんなにあったのか、必死すぎて脇腹が痛いのも忘れて走っていたから、どれだけ移動したかなんて考えてすらいなかった。
「それに私はここを追い出すつもりは毛頭ないさ
確かにフェレは死んじまったけどね、それでもよくあの子を見つけてくれたよ
それにね、アンタが中央区の衛兵たちを連れてきてくれなければ
正直あたしらも危なかったからね」
そうに言われて自然と涙が零れ落ちる。
「さてと、こんなことしてないで食事の準備をしなきゃね
戻ってこない客が多いとはいえ、残ってるお客様が居るわけだ」
食事…確かに俺朝から何も食べてないな…腹がへった。
「アンタも腹が減ってるだろう、もう少ししたら誰かの手を借りてホールまでいらっしゃいな
ここを統治してた賊に勝った祝いだ、パーっとやるよ」
部屋から出て行った女将さんの目には溢れんばかりの涙があった。
フェレちゃん…残念でしたね。
今後もこの程度の描写が幾たびも出てくると思います。