西区の戦い
ひたすらに中央区に向けて足を走らせる俺
その心には『もう誰も失いたくない』という思いがあった
「兵士の方はいらっしゃいませんか!!」
俺は中央区に入った辺りで腹に力を入れて声を出した。
とは言え、今はまだ日が昇ってすぐくらいの時間である、巡回の兵士など見られないし豪華な家々の窓からは冷たい視線がいくつも俺を睨む、中には寝ぼけた顔で窓を開ける人も居たし…
「うるっせぇぞ! 何時だと思ってやがる!」
こうやって怒鳴り返してくる人もいる。
しかし今はそれどころではない、宿屋の女将さんや獣人の従業員の人の命すら掛かっている状況である。
まだ一晩ではあるがお世話になった方々が亡くなるという事態は避けたい。
俺はその後も時折大きな声で兵士を探しながら中央区を走り回った。
しばらく兵士を探していると、幾人かの兵士が俺の後を追いかけてきた。
「そこのお前、こんな朝早くから何を考えている」
恐らく詰所から来たのだろう、剣に手をかけているのが少し怖かったがそんなことも言っていられまい。
「助けてほしいんです! 西区で賊と民間人で大きな揉め事がありまして」
事情を話した途端、兵士は全員渋い顔をする。何故だ?
「坊主…西区から走って助けを求めに来たのだろうが…すまんがそれには応えられない」
どうして…市民を守るのが兵士じゃないのか…
湧き上がる怒りを抑えて、何故かと聞こうとする前に兵士の1人が教えてくれた
「あそこの連中は国に税を納めていない、故に王からあの区域に関しては手出しは無用だと、厳命されているのだ」
そんな…確かに武器屋のおっちゃんもそんなようなことを言っていた、だけどこの人達に良心が少しでもあるなら…大丈夫なはずだ。
「税金はきちんと国に納めます、未納の分も纏めてお支払いします
なので助けてください、皆さんも帝都の中で亡くなる方が沢山出るのは本望ではないでしょう?」
「だがな坊主、未納の額は莫大だ。
それを納めると言って納得すると思うか?
しかも見たところお前は余所者だ、信じられるわけがなかろう」
そう言えばまだ学校の制服のままだった、でもここで引き下がるわけにはいかない。引き下がったらお世話になった皆が危ない。
「なら今この場で前金をお支払いします、それならば問題はないですよね?」
「坊主何度も言うが税の未納額は莫大だ、それの前金って簡単に言うがお前に…」
俺は兵士の言葉を遮るように懐から金の出る小袋を取り出すと、思い切り袋を傾ける。
すると中からは案の定2000チェルが沢山出てきて俺の手のひらから幾つも零れ落ちる。
その場に居た兵士は一様に顎が外れそうなくらい口を開いて言葉を失ってしまった。
「このくらいでどうでしょう?
これなら動いていただけますか?」
兵士から返事がない、開いた口が塞がっていない。
全く早くしてほしいのに、仕方ないから俺は袋をしまって、金をその場に置くと兵士の人達の顎を押し上げて口を閉じるのを手伝ってあげた。
「はっ…これだけの額なら前金として成立するだろう
しかし坊主これだけの額をどこから…」
「質問は後です、事態は急を要します。
皆さんの力を貸してください!」
「おう、任せろや坊主、帝都屈指の強さを誇る中央区衛兵団の強さみせてやる」
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何とか兵士の方々の協力を得られることになり、心配で先に西区に向かって走り出していた俺は何人もの人が西区から逃げてくるのをみた。中には擦り傷や切り傷など軽傷を負っている人もいる。
だいぶ大規模な戦闘になってしまっているらしい。
「女将さんと従業員さん…無事で居てくれよ…」
まだうろ覚えな西区の道をとにかく走る。俺個人では戦うことは出来ない、しかし怪我人の介抱くらいなら…とにかく今は宿屋まで戻ることが先決だ。
大通りから狭い道に入り、そこを抜けると昨日見た風景。さらにそこから粗末な建物の並ぶ通りに入り、また狭い道に入る。しかしそこには…
「はぁ…はぁ…はぁ……」
とても苦しそうな表情で腕を押さえる青年の姿があった。
先を急ぎたいが苦しんでいる人を見殺しに出来るわけもなく、仕方なく声をかける。
「大丈夫ですか?」
彼の前に立って項垂れているその頭を持ち上げると、彼は真っ青な顔をしていた。
異星人とかそういうのではない、文字通り血の気が引いて毒でも盛られたかのような苦悶の顔だった。
「くそ…」
俺は彼を担ぎ上げ、大通りに出た。
昨日宿屋に行く途中で見つけた薬屋に運び込むためだ。あそこなら何か処置が出来るものがあるかもしれない。
青年は自分より体格がよく、結構重かった。走ることは出来なかったが疲労がたまった足を叩いて気合を入れ、彼をそこまで運び込んだ。そこまで遠くはなかったのが幸いだった、もっと遠ければへこたれていたかもしれない。
薬屋に入ると彼を抱えたまま崩れ落ちる。こんなことになるなら前世でもっと筋トレしておけばよかった…
「い…いらっしゃい」
なんと薬屋の店員は逃げずに店に居た、いや正確にはカウンターの裏で腰を抜かしていたといったところか。
「おじさん、この人の事頼んでもいいかな、俺すぐにでも向かわなきゃいけないところがあるんだ」
そう言って2000チェルを1つ置いてそこを後にする。
薬屋の主人は少しの間事態が把握できないで居たようだが、俺が振り返ると窓越しに介抱してくれている姿が見えたので安心した。
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俺が宿屋まで戻ると息切れしている女将さんがいて、その周りには気絶した賊が幾人も倒れていた。
「ああ、アンタ無事だったかい」
「女将さんお怪我はありませんか?」
俺が駆け寄りながら聞くと振り払われてしまった。
「好意はありがたいがね、それより頼みたいことがあってね
アンタに世話焼いてた獣人の従業員居ただろ?
あの娘フェレって言うんだけどね、ろくに体力もないくせして
ヤツらの集団の中に突っ込んでいっちまったんだよ
すまないが、あの娘を探して連れ戻してくれるかい」
「分かりました」
正直俺もここまで往復で走ったり、道中見知らぬ青年助けてたりで疲れきっていたが、気合を入れなおしフェレを探しに行くことにした。
大通りまで出ると既に中央区から駆けつけてくれた兵士が賊を一網打尽にし始めているのが見えた。
しかしその賊の大半は峰打ちで気絶させられていた。
中央区の…いやこの帝都の兵士は結構強い人ばかりなのかもしれないな。
彼らの戦いぶりを横目で見ながら俺は聞き込みをしながらフェレを探した。
大通りも端の方まで来ると、昨日話しかけてきた武器屋のおっちゃんの言いなりになってる痩せこけた男が居たので声をかけてみた。
「なぁちょっといいか?」
「うわわわわわ、なんだ昨日の兄ちゃんかい、アイツらかと思ったよ」
「あっちにある宿屋で働いてる獣人の従業員の娘見なかった?」
彼は少し考えこんだ後に何か思い出したようで教えてくれた。
「獣人だったかどうかは不確かだけどね、手に鋭い物を幾つもつけた女の子ならあっちに走っていったな
あの子とぶつかった時痛かったんだよ」
そう言うと彼は腕にできた傷を見せてくれた。
そんな大した傷ではなかったので血はあまり出てなかったが、確かにそれはメリケンの痕だった。
「ありがと、それはそうと早く治療した方がいいよそれ」
「いやーこのくらい唾つけときゃ治りますよ」
「これはお礼だよ、これで薬買ってつけておきなよ」
俺は昨日兵士からお釣りとしてもらっていた小さな銀の延べ棒を5本渡してその場からまた走り出した。
後ろの方からは何故か大泣きする彼の声が聞こえてきた。
次作から少し残酷な描写が入ってきます