おかえり。(他)
全身が酷く軋んだように痛む。泥沼の中にいるように体が上手く動かない。
ああ、時を超えた代償か――とアーベルは冷静な頭で理解をした。目を開けるのも億劫だった。
だが、周りが騒がしくて、渋々目を開ける。
「あ、兄上……!!」
視界のほとんどを埋め尽くすように、自分とそっくりな顔が映る。少し明るめの青色の瞳は、アーベルと目が合った瞬間、みるみるうちに薄い涙の膜が張った。そして、勢いよく抱き着いてくる。
「兄上えぇぇぇぇ!!お、俺は兄上が目を覚まさないかと……!!」
「うっ……」
抱き着かれた際に全身に痛みが走った。体が思わず硬直する。呻くアーベルに気付いて、すぐ下の弟は慌てて離れた。
「あ、兄上!!すみません!!」
「い、いや、……大丈夫」
大丈夫などではあまりなかったが、重い腕を持ち上げた。鼻水を啜りながら心配する弟の頭を撫でる。
「兄上……。ご無事で……っ!!」
「うん。ありがとう、レーヴェ」
アーベルよりもずっとずっと強い光の力を持ちながら、アーベルの事を誰よりも慕う――というか、ただの重いブラコンは袖で乱暴に涙を拭った。
「あら、アーベル、目が覚めた?」
先程見たよりも、少しだけ歳を重ねた母親がベッドへと近付いてくる。そっと額に乗せられた手が冷たくて、気持ちが良くて目を細めた。
「やっぱり熱っぽい……。全身冷やしておこうか。その方が筋肉痛は治りが早いから」
アーベルの能力は、無条件で時空を行き来出来る訳ではない。過去、あるいは未来の自分との入れ替わりという形で移動。滞在時間は1日のみ、魔力の消費も激しい。
それらに加えて、――使用後は全身が酷い筋肉痛に襲われる。
時空の行き来自体、自然な時の流れに歯向かうようなもの。体に大きな負担が掛かっているのは明白だった。最低でも3日は動けなくなるので、アーベルは使いたくはない。よっぽどの事がない限り。
冷たい水で浸した布が額に乗せられる。少しだけ落ち着いたらしいすぐ下の弟であるレーヴェは、枕元でグズグズと鼻をすすっていた。
「レーヴェ兄上……」
「レーヴェ兄さん、汚い……」
更に下の双子の弟であるルートヴィヒとメーベルトは、次兄の勢いに若干引いている。でも、この場に居るということは、レーヴェと同じようにアーベルを心配して居てくれていたのだろう。
レーヴェの勢いに押されているだけで。
「アーベル、お疲れ様。よくやった。流石私の息子だ」
片腕に末っ子である妹のエーファを抱きながら、父親は真顔で親バカ発言をした。ちなみに、今回の計画の考案者は父親であるローデリヒと祖父のディートヘルム。
アーベルはただの実行役にしか過ぎない。
2人共今と比べて、15年前はだいぶ若かっ――、いや、国王は逆に筋肉の付いた今の方が若々しい雰囲気かもしれない。
今の自身とそこまで変わらない歳の両親というのは、少しだけ接しにくさは初めはあったものの、結局は現在の両親と大差なかったようにも思う。
または、15年前と性格的には変わりないと言うべきなのか。
「本当にお疲れ様。アーベルが頑張ってくれなかったら、今頃どうなっていたか分からないわ。本当にありがとう」
「父様、母様……」
ふんわりと微笑んだ母親に笑みを返そうとしたのもつかの間。
「それにしても、1歳半のアーベル可愛すぎなんだよね……。エーファも可愛いのだけれど、もう2歳になっちゃって……。やっぱり赤ちゃん可愛いし、みんなで育ててくれるから、子育ての負担が重くないのが良いよね……」
流石王族、と続いた母親の言葉に、父親がギョッとする。
「ま、待て、アリサ……。女の子が産まれるまで、と言って5人だぞ?男子は4人もいる。もう充分じゃないか?」
さりげなく空いた腕で母親の腰を抱いた父親は、なんとか回避しようとしているらしかった。これから母親の話す事を。
アーベルは相変わらず仲の良い両親だとは思ったものの、思春期男子には気恥しいので視線を逸らす。すぐ下の弟のレーヴェはもちろん、5歳離れたルートヴィヒとメーベルトも微妙な面持ちになっていた。
何も知らないエーファは、父親の腕の中ではしゃいでいる。
「でも、赤ちゃんの足の裏、またスリスリしたくないです?歩き始める前までしかスベスベじゃないんですよ?」
「したいが……、これ以上の子供は安全に生まれる保証がどこにもないじゃないか」
「5人も生まれてますし、もう産めない歳でも全然ないと思いますけど……?」
「確かにそうだが……っ!」
父親は完全に押され気味になっている。どの道、父親は母親に弱いところがあるので、押し切られそうかもしれないな、等と思ったのはアーベルだけではなかったはずだ。
来年には弟か妹が増えているかもしれない。
「逆に安全に生まれる保証があった方がおかしいんですってば」
「……もっともだが……。アリサ、あとでしっかり話し合いが必要だな……」
はあい、と投げやりに返事をした母親は、思い出したように忘れてた!と声をあげる。
「アーベル。――おかえりなさい」
次々に家族から迎えの言葉を貰ったアーベルは、くしゃりと顔を崩す。
頑張った。とても頑張ったのだ。
「……ただいま」
全ては、この今に帰ってくるために。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました!!
また番外編は投稿しに来ますので、
引き続き宜しくお願いします!




