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幸せなのでしょう?

「つまりだな。ワシらはアーベルが最悪の未来を回避する為の最善の選択をしていると思っていた訳だが……、アーベルは自分のいる未来へ向かう為の過去を作りに来たのじゃ」


 バリバリとクッキーを頬張りながら、国王様は結論を出した。クッキーの破片がアチコチに飛び散っている。その行儀の悪さで国王やっているの大丈夫なんだろうか。

 父上汚いです、とローデリヒ様も同じような事を思っていたようで、ゴミを見るような目をしていた。


 あの後――、ローデリヒ様は後処理に奔走しつつ、私達は安全な場所らしい近くの貴族の豪邸にお邪魔している。

 なんで国王様がこんな所に居るかと言うと、光の速さで王城から飛んで来たんだと。意味がよく分からない。


「……祖父様の仰る通りです。僕は、自分のいる未来へ行くように過去を改変しました。最初にやってきた時も、全て計画の内でした」


 私の向かいのソファーに座っていたアーベルは、膝の上に置いた拳を握り締めた。


「過去に起こった出来事1つで、未来は簡単に変わってしまう……。だから、現在(過去)を変えたくなくて」

「アーベル。それは、お前とアリサの危険ですら必要だった事なのか?」


 海色の瞳がアーベルを真っ直ぐに見据える。いつもと変わらないローデリヒ様の無表情。眉間に皺を寄せているのもいつも通り。


 でも、ほんの少しだけ、纏う雰囲気が苛立っているように見えた。


「アーベルとアリサだけじゃない。お腹の子に、」


 そして小さく、ハイデマリー殿だって、とローデリヒ様は続ける。アーベルから視線を逸らした彼は、僅かに目を伏せた。


 怒っているのか、とも思ったけど違ったみたいだ。たぶん、彼のは自責に近い感情なのだろう。

 目の前で私とアーベルが攫われたのだ。私がローデリヒ様の立場だったら生きた心地がしない。無意識に私は傍に立っていたままのローデリヒ様に手を伸ばして、服の袖を小さく握った。


「……はい」


 アーベルは顔を歪めて俯く。

 そうか、とローデリヒ様は一拍置いて頷いた。服の袖を握っていた私の手に、自身のを重ねる。大丈夫、と言うように手の甲を撫でられた。


「随分と危ない事をしたから、これはお説教が必要かと思ったが――」


 ローデリヒ様は手を伸ばして、アーベルの頭に置いた。無造作にくしゃりと掻き回す。口元に緩やかな笑みを浮かべた。


「よく、頑張ったな。……ありがとう」


 優しい声でローデリヒ様が告げた言葉に、アーベルは堪えきれなくなったように目に涙をいっぱい溜める。


「……失敗、したらどうしようってずっと考えていて、でも、過去が変わってしまうから、誰にも話せなくて」

「ああ。背負わせてしまったな」

「だから、父様と母様が無事で良かったです……!」


 雑に服の袖で涙を拭ったアーベルを見て、私はソファーから腰を上げた。そして、アーベルの隣に移動して、思いっきり抱き着く。


「よく頑張りました!!」

「母様?!」


 私の行動にアーベルは目を丸くする。


「私からも、アーベル。助けてくれてありがとう」


 ローデリヒ様によく似ているけれど、ローデリヒ様よりも表情豊かなアーベルは、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。


「はい」


 本当にアーベルをカレルヴォに取られた時は、もう駄目かと思ったんだよね。だから、16歳のアーベル登場のタイミングは間一髪だった。非常事態だったっていうのは分かっている。分かっているけれど……。


「アーベル。ひ、人は、なるべく刺さないようにね……」

「いえ、いつもはそんなに刺していませんが……」

「そんなにって何?!」


 説教……とまではいかなくても、私の注意に何故かちょっと引き気味に答えられた。未来のアーベルが何をしているのか、今から心配なんですが……。


「……これからのアーベルの教育方針には沢山口挟ませてもらおう」


 アーベルに抱き着きながら、私はボソッと呟いた。ローデリヒ様はアーベルを挟んで隣に座る。少し考え込むような素振りを見せたローデリヒ様は、アーベルに訊く。


「最善の選択ではなくとも、アーベルが変えたくない未来、か。

 ――つまり未来の私達は、幸せだということだろう?」


 魔法の制約か、未来を変えたくなかったからか、アーベルは問いには答えなかった。

 でも、嬉しそうに笑った年相応の無邪気な表情が、全てを物語っていた。






「それで、この後の方針……といきたい所じゃが……。なんでワシも危険に晒されたのに、ローデリヒの話の中に入ってないんじゃ?ワシ泣いちゃう」

「父上はしぶとく生きそうなので。そんな事より話を進めて下さい」

「そんな事より?!」


 ローデリヒ様にバッサリ切られ、ぶつぶつと文句を言いながら国王様は渋々話を進める。


「王城ではエーレンフリートが反乱を起こしたのじゃ……。悪い奴ではなかったがのぅ……。あやつも不憫な奴じゃった」

「え?!エーレンフリート様が?!」

「そうじゃ」


 あのチャラそうな、ローデリヒ様の親戚が?!まだ若そうじゃなかったっけ……?私自身はそんなに仲良くもなかったけれど。

 関わりの深かったはずのローデリヒ様は知っていたのか、リアクションは特になかった。


「まあワシ強いし?エーレンフリートみたいな若造ボッコボコにしてやったわい。ワシ強いし」


 国王様が胸を張って語るんだけど、どうしよう、深刻さがない。国家反逆罪なはずなのに。子供同士の喧嘩してきたみたいな雰囲気なんだけど。


「処刑も考えたが……アレでも貴重な王族で、強力な光の属性持ちだ。辺境の地に監視付きで飛ばす予定じゃ。二度と辺境から移動させず、防衛を担ってもらおうと思う」

「……まあ、妥当ですね」


 ローデリヒ様は腕を組みながら、首肯した。つまり飼い殺し、という事かあ……。


「エーレンフリートなら辺境でも楽しんでそうで、罰を与えた気になれなさそうじゃがな……」


 国王がボヤいたけれど、話を続ける。


「カレルヴォとかいう今回の首謀者は情報を吐かせた後、処刑。その部下も処刑予定じゃ。アルヴォネン王国に潜伏している者共については、ルーカス国王が自ら処分するとの話をしておる」

「ルーカスが……?」

「そうじゃ。良い友を持ったのぅ」

「ええ」


 ルーカスもティーナも、ローデリヒ様から私を助けようとしてくれたくらい、私のことを大事にしてくれている。勘違いだったけれど。


「ルーカス国王は冤罪で罰せられた一族に、救済措置をとる予定だそうじゃ。まあ、アリサにその話も近いうちに来るじゃろう」


 国王様の言葉に、私は前のめりになった。


「そ、それって、私でも救済措置を行う事は可能ですか?!」

「うーむ。アリサはもうキルシュライトに嫁いで来ておるからなあ……。表立ってなどは難しいかもしれぬが……、ルーカス国王と話して、裏から援助という形でも出来るじゃろう。ま、アルヴォネン王国の話じゃ。ワシらは介入しづらいからのぅ……」

「ありがとうございます!ルーカスに手紙を送ってみます!」


 私のした事は許される事ではなかった。

 許されないだろうな、とも思っている。

 だけれど、カレルヴォみたいな人生を歩んできた人達が、少しでも元の生活に戻ってほしい。


 学校に戻れるように。雨風の凌げる温かい家に住めるように。取り上げられたお金や貴重品が手元に戻るように。仕事の取引先と、世の中の人達から迎えられるように。

 罪滅ぼしのつもりはない。

 あるべき場所に戻るだけ。


「そろそろ夜も更けてきたのぅ。難しい話は明日にして、今日はワシもう寝る。……そうじゃ、ハイデマリーが魔力切れで動けなくなっておるのじゃが……、16歳のアーベルが見舞いに来たらあやつも喜ぶじゃろう」

「え?僕がですか?」

「そうじゃ」


 キョトンとした顔でアーベルは国王に言われるがまま、連れて行かれる。

 そういえば、ハイデマリー様ってアーベルの事気にかけていたよなあ……。幼い頃のローデリヒ様も抱っこした事あるって言ってたし、ハイデマリー様はローデリヒ様を嫌ってはなさそうなんだよね。


 今度、小さいアーベルを連れてハイデマリー様の所に遊びに行ってみようかな。


「アリサ」


 名前を呼ばれて、我に返る。そうだ。今この場はローデリヒ様と2人きり。

 穏やかな海色の瞳が、私を優しく見つめていた。


「おいで」


 なんて言うものだから、私は距離を詰める。少し広げられた腕の中に収まろうと、おずおずと身を傾けようとした瞬間。


 ローデリヒ様が強い力で、私を抱き締めた。

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