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慣れている?

 ローデリヒ様が居なくなった室内。

 馬小屋だとか犬小屋だとか散々言われた狭い室内に、一応3人はいる。


 ……居るんだけど、響くのはアーベルの寝息だけだった。


 あの後ハイデマリー様とアーベルと残った私なのだけれど、この沈黙。あまりにも地獄すぎるんだよね。

 ハイデマリー様は国王様の側室で、ローデリヒ様の義理の母親……。そして、私の義理の母親にも当たる事になる。


 夫の実の母親ですら、嫁姑問題とかあるのに、夫との仲も良くなさそうな義理の母親って、どうやって接したら良いのだろう……?!まず、ローデリヒ様の母親とハイデマリー様は同じ側室。国王様の子供を産んだローデリヒ様の母親に良い感情を抱いていないのでは……?


 それだけじゃない。前に後宮で色々とあったし……、私その時ヴァーレリーちゃんの名前を借りて、めちゃくちゃ嘘付いちゃった訳で。明らかに私の能力も知ってそうだし、それを分かった上で私をどうしようとしてたのか全く分からない……。


 内心あーだこーだと考えまくった末、もう何も考えない事にした。私の中での対応策が無かっただけである。

 無難な話題でいこう……。


「あの、ハイデマリー様。お茶でも淹れましょうか?」

「不味いから要らないわ」

「……えっ」


 小さく声を出した私に、ハイデマリー様はわざわざ言い直した。


「朝に飲んだけれど、ここのお茶は不味かったのよ。だから要らないわ」


 一瞬、私の淹れるお茶が不味いのかと思った……。


「あ、そ、そうなんですか……」とビビりながら、すごすごと引っ込む。ってか、ハイデマリー様に振舞った事すらなかったから、私のお茶が不味いか美味しいかなんて分かんないよね。ちょっと自意識過剰だったわ……。


 再度部屋に響くアーベルの寝息。


 この……この沈黙、果たして大丈夫なのだろうか?黙っていて大丈夫なの?私とハイデマリー様の共通の話題って……、国王様の話題とか?関係性微妙なローデリヒ様の話題って出しちゃマズいよねえ……。


「あ、あの、ハイデマリー様。朝御飯って召し上がりましたか?」

「不味いから要らないわ」

「あ、そ、そうだったんですか……」


 2度目の撃沈をして、私は再度すごすごと引き下がった。どうやって複雑な関係の義理の母親とコミュニケーションを取ればいいのだろうか。謎だ。


 再び地獄が訪れるかと思ったけれど、アーベルがベッドの上でモゾモゾと動き出した。寝返りを打ってこちらへ向く。寝ぼけた海色の瞳でボーッとこちらを向く。しばらく私とハイデマリー様を見ていたけれど、段々目が覚めてきたのかパチパチと瞬きをして起き出してきた。ベッドから抱き上げる。


「アーベル、おはよう」


 まだ完全に目が覚めていないのか、ぼんやりとしている。ぐたあ、と私の肩に頭を乗っけて脱力した。柔らかい髪の毛を撫でていたけれど、強烈に視線を感じて思わず手が止まった。

 ハイデマリー様が私達を見ている。じっと、なんて可愛いものでは無い。凝視だった。


「ハ、ハイデマリー様……?」


 見られることに居心地が悪くなって、思わず呼びかける。自分が凝視してしまっていた事に気付いたのか、フイっと素っ気なく顔を逸らされる。


「何でもないわ。気にしないで」


 いやいやいやいや、顔は逸らされてるけど、思いっきり目がこっち見てるじゃないですか……。

 ……なんて事、言える訳がなかった。凄まじい居心地の悪さを感じながら、必死で気付かないフリをする。


 あれ、ハイデマリー様ってもしかしてツンデレ……みたいな……?

 こっそり盗み見るが、目が合いそうになって慌てて目を逸らした。キツめの顔立ちの美女だが、ツンデレはあんまり想像出来ない。


 徐々に覚醒してきたらしく、私の腕の中でひとしきり動き回ったアーベルは、ハイデマリー様をジッと見つめた。

 そう、ハイデマリーさんもこっちをガン見しているんですよね。自然と2人の目が合うわけで。

 無言のまま、2人は視線の応酬を繰り広げる。


 先に動いたのは、アーベルだった。

 不思議そうな顔のまま、アーベルはハイデマリー様に向かって両手を伸ばす。私はすぐに抱っこして欲しいという意図だと察したが、ハイデマリー様に分かるはずがない。彼女は黙ったまま、両手を伸ばしたアーベルを眺めているだけだった。


 このまま抱っこしてもらうべきか……、いや、そもそもハイデマリー様って抱っこ出来るの?

 私がぐるぐると考えている間にも、アーベルはパタパタと手を伸ばす。とうとう耐えきれなくなったのか、ハイデマリー様がアーベルの手を顎で示す。


「これはどういう事なのかしら?」

「えーっと、ですね……」


 言い淀んだが、正直に答えるべきか……、と思考を放棄する。私にはお茶会の前科もあるしね……。


「……抱っこ、してもらいたいんだと思います。ハイデマリー様に」

「抱っこ?わたくしが?」


 眉を上げたハイデマリー様に、慌てて首を横に振る。

 この世界の王族って自分で子育てとかしないし、他の側室の孫にあたる子供を好意的に迎えてくれる訳ないよね……?!


「で、ですよね……!!ハイデマリー様がわざわざ」

「それくらいの事なら構わないわ」

「……え?」


 いいの?

 本当に良いのかな……、と思っていたけれど、ハイデマリー様が両手を私へと伸ばす。


「ほら、寄越しなさい」

「ちょ……」


 何故そんなに悪女っぽい言い方になるのだろうか。

 アーベルも行きたがっている事だし、とおそるおそるハイデマリー様にアーベルを渡した。

 意外と赤ちゃんって見た目の割にズッシリ中身詰まってるみたいに重いから、びっくりして落とさないかヒヤヒヤする。落とされてもいつでもキャッチ出来るように、手が勝手に前に出てしまっていた。


「随分と嬉しそうだこと」


 思い通りに抱っこしてもらえて、アーベルはご機嫌なのかニコニコしている。ハイデマリー様は形の良い唇を上げた。

 なんだか、随分と……。


「子供の扱い、慣れてます……?」

「別に慣れている訳ではないわ。でも、初めて抱っこしたという訳でもないわよ」

「そうなんですか?」


 私はこっそりと安堵の息を吐いて、前に出ていた手を引っ込めた。

 ハイデマリー様がふと考え込むように、一瞬瞳を伏せる。


「そうね……。これくらいのローデリヒ殿下を抱っこした事があるわ」

「ローデリヒ様をですか?!」


 今でさえアーベルはローデリヒ様をミニサイズにしたくらいそっくりだ。ローデリヒ様の小さい頃なんて……。


「絶対可愛いに決まってる……」


 思わず心の声が漏れてしまったが、ハイデマリー様は「ローデリヒ殿下にそっくりよ」とアーベルを見ながら頷く。


「ただ……、この子の方がよく笑っているわね。ローデリヒ殿下は静かな子供だったわ。わたくしにはほとんど微笑む事はなかったのよね」


 ローデリヒ様、子供の頃から無愛想だったのね……。なんとなく想像が出来る。


「まあ、わたくしが嫌われていたというのもあるけれど、あまりこの子と性格は似ていないみたいね。見た目はローデリヒ殿下にそっくりだけれど、中身は貴女に似ているのかしら?」

「……うーん。どうでしょうか……。こんなに誰に対してもニコニコしてる子供だったかな私……」


 16歳のアーベルを見ていたら、性格はローデリヒ様に似ていないのは分かるけれど。


「返すわ」


 ハイデマリー様は興味を失ったのか分からないが、あっさりと渡してくる。私よりも細い腕だから、抱き疲れたのかも……、なんて思っていたら、扉の外から男の人の叫び声が聞こえた。


 まるで断末魔、みたいな。


 一気に部屋の中の気温が下がった。いや、私の血の気が引いたからかもしれない。


「貴女達は隠れていなさい」


 いきなりハイデマリー様にぎゅうぎゅうと背中を押されて、アーベルと共に洗面所に押し込められる。


「な、何?!一体何ですか?!」

「ローデリヒ殿下の護衛がやられたわ」

「え?それは、どういう……?」

「追っ手がここまで来たという事よ。いい?わたくしが良いと言うまで、この扉は開けては駄目よ」


 眉間に皺を寄せ、黒目がちの瞳に剣呑な色を宿しながら、ハイデマリー様は洗面所の扉を閉めた。

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